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紙の雑誌が厳しい中で光文社とマガジンハウスが進めるウェブ絡みのブランディング

篠田博之月刊『創』編集長
光文社『STORY]とマガジンハウス『ブルータス』(筆者撮影)

出版界でのデジタル化、コミックと女性誌は

 新聞などと同じく出版界も紙媒体は苦戦しており、いろいろな形でデジタル化を進めつつある。コミックにおいてはデジタルの伸長が著しく、紙の雑誌の落ち込み分を補填したうえに全体として成長を続けているという現状だ。そのほかウェブに力を入れている雑誌として、例えば『FLASH』など、既にウェブ収入が紙の雑誌を上回っているという。

 特にデジタル化の波を受けているのは女性誌で、赤文字雑誌と言われた20代向けの場合は、ファッションもエンタメも情報をスマホで入手する時代になってしまい、紙の雑誌は厳しい状況だ。その象徴が光文社でかつて一世を風靡した『JJ』で、既に紙の雑誌は休刊、ウェブも昨年、国際事業部に移管となった。

 かつて「女性誌王国」と言われた光文社は、そうした状況を受けてウェブを使った新たな戦略に挑みつつある。

 またこの何年か、デジタル化に舵を切り成果をあげつつあるのがマガジンハウスだ。ここでは両社を中心に、紙とウェブのブランディング戦略とはどういうものか、見ていこう。

「女性誌王国」だった光文社の現状

 光文社は『VERY』『CLASSY.』『STORY』『美ST』などの女性月刊誌を発行し、かつては「女性誌王国」とでもいうべき陣容を誇っていた。雑誌が売れるうえに広告収入が入るため、『VERY』など号によっては3億の広告集稿と業界でも注目された。それがその後、紙の雑誌の売れ行きは落ち、アパレルを中心に雑誌広告が激減と、出版界全体で女性誌は厳しい状況に置かれてきた。

 光文社の場合、最も深刻な影響が表れたのは20代女性を読者対象にしていた『JJ』で、長い伝統を持ったこの雑誌は、紙の雑誌を不定期刊にしてウェブ中心のブランド展開を図ってきたが、2022年11月にCLASSY事業部から国際事業部に移管。装いを全く変えることになった。

 国際事業部とは、光文社が手がけるようになった韓国と組んでのK-POP関連のグッズや写真集などの輸入販売を行っている部署だ。その事業と『JJ』が対象としてきた層が近いというので移したらしい。

 光文社は2021年にも女性月刊誌全誌で「編集部」という名称を改めて「事業部」に変え、『Mart』をメディアビジネス局に移管させるなど大きな変革を行ったのだが、その後もそれは続いている。

 ただ厳しい中でもラグジュアリー中心に女性誌向けの広告が増え、デジタル広告が伸びているために、出版界全体で広告費が回復基調にあるようだ。光文社の場合も、2022年5月の決算で、広告収入が前年比115%、事業収入が109%と増加し、増収となった。

課題はブランド価値をどう作っていくか

 女性誌部門を統括する爲田敬取締役に話を聞いた。

「紙の女性誌が厳しい状況なのは変わりありません。2023年4月から弊社の4誌合同で増売キャンペーンを年2回行うなど、今後も対策は打っていきます。

 広告については、ラグジュアリーブランドを中心に、宝石やバッグなどの消費が堅調なようで、かなり回復の兆しは出ています。ただもっと伸ばしたいところですね。

 今、光文社が取り組んでいるのは、コンテンツだけでなくデジタルやイベントなどを通じて読者との向き合い方を新たに構築し、そこにクライアントに関わってもらうという試みです。VERYアカデミー、CLASSY.カレッジ、STORYエクスペリエンスなど雑誌ごとに読者とのイベントやコミュニケーションを行っており、この2年くらい取り組んできてようやく実を結び始めたという感触です。

 光文社の女性誌はもともと読者とつながりが深いとか、商品を紹介すると問い合わせがたくさん増えるとか定評がありましたが、それを数値化する必要があると思っています。そのために読者のコミュニティ化とか、IDをプールしていくことが必要で、クライアントに説明するのにも数値を示さないといけない時代だと思います。

 30代40代という消費のカギを握っている女性たちをどうつかんでいるかという点では光文社の雑誌は、読者にもクライアントにも信頼されていますから、それに応えてブランド価値をどう作っていくか。そこが問われているのだと考えます」

メディアビジネス局の取り組みとは

 光文社はこの何年か、デジタルやブランディングに力を入れているのだが、それを柱としつつ広告部門を担っているのがメディアビジネス局だ。大給近憲取締役メディアビジネス局長に聞いた。

「6月から今期に入っているのですが、広告収入は前年比111・2%です。そのうちデジタルの占める比率が約30%としっかりと伸長しつつ、一方で紙の広告も健闘しています。好調なのはラグジュアリーや美容系のクライアントですが、そういうブランドにおいてはプリントメディアへの信頼度が高いと言えます。

 最近は企業のパンフやウェブサイトのコンテンツを受注制作するという案件が伸びていて、金額がかなり大きくなっていて、伸び率で言うと対前年300%という状況です」

 そういう制作案件も主たる事業として担うのが2021年11月にメディアビジネス局に移管してきた『Mart』で、紙の雑誌を年4回発行してはいるが、他の女性誌とは異なる位置づけとなっている。それについては後述することにして、ここでは爲田取締役の話にあった、VERYアカデミー、CLASSY.カレッジ、STORYエクスペリエンスといった、雑誌のブランドを活用した新しい取り組みに触れておこう。

 例えばSTORYエクスペリエンスではスタイリスト養成講座を、CLASSY.カレッジではライター養成講座も開催しているのだが、そういうものにクライアントとの事業展開もありうるというのは、具体的にどういうことなのだろうか。

「もちろんスタイリスト養成講座などは、学びたいという方の要求に応えるというのが第一義的なのですが、『STORY』がそれをやることの意味を考え、今後は企業との接点を模索していくことになると思います。

 今は企業の方も雑誌に対して単に広告を出すだけのものというのでなく、企業が抱えている課題を解決するために、編集の知見とか読者の考え方をどう生かしてくれるかを求めてくるケースが増えているのです。

 その先鞭をつけたのがVERYアカデミーやVERY児童館です。そこに参加しているママたちがどう考えているのか、企業の課題解決の参考にしたいということで、クライアントがついたんですね。『CLASSY.』や『STORY』でもそういうことができないか、今後考えていくことになると思います。例えば『STORY』の場合は、思春期の子どもを持つママの味方という言い方で『Junior STORY』という新たなブランディングを行っているのですが、世代に応じたママたちの悩み解決を企業と一緒に考えていくというのも、雑誌の新しい役割として必要なのかなと思います」(大給取締役)

読者とどう向き合うのかが大きなテーマに

 光文社の女性誌はもともと、読者との結びつきが深いことで知られ、しかもどの世代のどういう読者を抱えているか雑誌ごとのターゲティングが明確なため、企業側も商品開発を行う際にその読者の意向や知見を参考にするために一緒に取り組むというケースが少なくなかった。そのあたりを各雑誌のブランド展開の中でどう考えていくかが課題だということなのだろう。

「読者とどう向き合うのか、結びついていくのか、その接点の持ち方を考え、ID登録のような形で可視化することを今、各雑誌で取り組んでいます。そのためのインフラのようなものはこの1年でほぼ整いました。読者とどう結びつき、それを読者サービスや企業の課題解決にどう反映させていくのか。読者に雑誌を買ってもらうというだけでなく、コミュニケーションや接点づくりの仕組みをどう考えていくのかが、大事なことだと思います。そのためにVERYアカデミーやCLASSY.カレッジをどう運用していくか、取り組みが続いています」(同)

『Mart』は例えば“週末”をテーマに

 企業が『VERY』など特定の雑誌やブランドを指定して制作案件を依頼してくる場合は各雑誌で取り組むが、光文社と協力して何かオウンドメディアで制作できないかという要望については、今のところメディアビジネス局に移行した『Mart』がその受け皿になっており、実際に取り組みを始めた案件も出てきているという。

「例えば今、『Mart』は“週末”をテーマに考えていこうとしています。もともと『Mart』は郊外型の主婦がターゲットになっていたのですが、コロナ禍で郊外に移り住んで出勤する時だけ都心に行くという人が増えています。それも東京近郊というより、たとえば栃木県とか山梨県に移住する人が増えているんですね。

 そういう若い夫婦にとって週末というのは買い物に行ったりキャンプをしたりと、特別な意味を持つんですね。中には週休2日でなく週休3日という人も増えており、その週末をどう使うのかというのが、ひとつの社会課題として出てきていると思うんです。その週末のための実用情報を展開し始めています。

 そういう新しいマーケットに商品展開を考えている企業と組んで、リサーチを行い、企業のコンテンツを制作することを考えているところです」(同)

『JJ』はこれからどうなる!?

 そういう戦略展開の中で、冒頭に触れた『JJ』は今後どうなるのか。かつて大きな影響力を持った雑誌のブランドをどう考えるのかについても大給取締役に聞いた。

「WEBサイトのみの展開となっているので、そこにしっかりと特色を出していくことが必要になります。コンテンツに韓流アイドルのものも取り入れていくということで、11月からその運用が、国際事業部に移行しました。若い女性向けのマーケットは今、いろいろな意味で難しいので、工夫しながら模索していこうと考えています」

 紙からデジタルへという大きな流れの中で、20代女性の市場は最も変化の激しい領域だ。そこを含めた従来の女性誌市場を今後どう考え、どう対応していくのか。光文社にとってそれは大きな課題になりつつあるようだ。

ウェブ広告急伸長のマガジンハウスの戦略

 さてマガジンハウスについてだが、全体の状況を片桐隆雄社長に聞いた。2022年9月末までの第69期の決算は増収増益で経常利益は12億前後、13期続く黒字決算となった。

「紙の広告収入の落ち込みがようやく底を打ったうえに、ウェブ広告がかなり伸びました。ウェブ広告は広告費全体のうち36・3%と大きなウエイトを占めるようになっています。各雑誌がそれぞれブランドとして存在感を持っていますから、それに立脚したウェブ広告ということでクライアントさんが注目してくれているようです。

 雑誌10誌のうち『クロワッサン』と『GINZA』がわずかな赤字ですが、『クウネル』を含めて8誌は黒字です。広告を含めて利益の大きい順に言うと、『アンアン』『カーサブルータス』『ブルータス』『&プレミアム』『ターザン』『ハナコ』『ポパイ』でしょうか。

 各雑誌の編集部もウェブには力を入れており、そのスキルを持った人を経験者採用したり、編集者がウェブに取り組むなどしてきました。今までは紙の編集をやりながらウェブもやっていたという感じでしたが、今は各編集部にウェブ専門チームができています。ただもちろんマガジンハウスとしては、紙の雑誌は大切だと思っています。

 この1年で言うと、『アンアン』が、W表紙と言いますが、2種類の表紙で発行するようになって売り上げを伸ばし、他の雑誌にもそれが波及しています」

 マガジンハウスは以前からカスタム出版といって、企業のパンフや出版物を請け負ってきたが、最近はそういう業務も紙よりもウェブ中心になりつつあるという。

「企業とタイアップして紙とウェブとイベントを企画するという部署をマガジンハウスクリエイティブスタジオ、略してMCSと呼んでいますが、ここの売り上げが対前年120%弱と非常に伸びています。ウェブ広告は各雑誌でも取り組んでいますが、“串刺し”と言って社内横断的に請け負う場合はMCSが対応しています」(片桐社長)

過去5年間でウェブ広告が5倍に

 マガジンハウスという社名からわかるように、元々同社は雑誌を主体とする出版社だった。このところ書籍も好調で、新書も始めたりしているが、各雑誌やそのブランドは同社の基盤と言ってよい。そのブランドを生かしたウェブ展開にこの何年か注力し、広告を含めた成果を上げ始めているわけだが、その陣頭指揮をとっている広告部門の西田善太取締役に話を聞いた。1年前までは『ブルータス』編集長だったのだが、現在は、広告局、クロスメディア事業局、ブランドビジネス局の3つを統括している。

 ブランドビジネス局は2020年にかつてのデジタル戦略室が改組されてできた部署で、デジタルを中心にブランドを育てるビジネスを展開している。

「この何年か、マガジンハウスのデジタル広告はかなり伸びています。過去5年で売り上げが5倍に伸び、マガジンハウスの広告収入の36・3%に達しています。特にこの2~3年、急速に伸びました。

 各雑誌のウェブへの取り組みは進んでいますが、絶えずリニューアルをかけており、ブランドビジネス局のサポートが入ります。こういうウェブにしていこうという目標を立てないとぶれてしまうので、編集部と話し合っていきます。

 また企業のウェブサイトのコンテンツや映像を作ってほしいという依頼も劇的に増えており、各編集部の対応だけでは間に合わないので、それもブランドビジネス局がサポートに動いています。

 それと僕は『デジタルはアナログだ』と言っていますが、この世界も全ては人なんですね。デジタルについては技術が専門化しているので、それに適した人を見つけてリクルートするのも僕らの仕事です。

 個性的なウェブを作るにはどうしたらよいか、いろいろな対策も立てねばなりませんし、紙の雑誌よりずっと変化が激しい世界ですから必死になって取り組んでいます。

 マガジンハウスは10の雑誌を含めて12のブランドがあるのですが、それは強みでもありますが、それぞれどう個性を持たせるか逆に難しさもあるのです」

『ポパイ』『ブルータス』の新たな取り組み

 各雑誌ごとの取り組みは今、どういう状態なのだろうか。

「最近は編集部によっては自走し始めているところも出てきていて、例えば『ポパイ』は2022年4月から3回実施していますが、『ポパイオンラインストア』といって、ポパイのロゴがついたスウェットやTシャツ、マグカップなどオリジナルグッズの販売をウェブで始めています。初回から驚くほどの売れ行きを見せました。そうした取り組みを通じて、物販も“雑誌のコンテンツのひとつである”という感覚も編集部に生まれています。『ポパイ』はポッドキャストも始めたんですが、編集部員にとって編集の表現の場として、紙とデジタルの垣根がなくなりつつある感じですね。

『ブルータス』は11月15日発売号からクリエイター支援としてBHIVEという試みをスタートしました。ある程度のお金を出してクリエイターと直接つながりイベントなどにも参加できる読者組織の発展形として12月20日から課金も始めています。

 あと『ターザン』は“チームターザン”という有料会員サービスがあります。2020年に始めたのですが、現在、月額2980円で、読者同士がコミュニティ上で交流し、編集部が定期的なオンラインイベントを企画しています。『ターザン』も自走しており、30代の若手2人の部員が次から次にアイデアを出しています。

『GINZA』は先日、新垣結衣さんがデザインしたフード付きのスウェットを売り出したのですが、大成功で、完売でした」(西田取締役)

 テクノロジーを駆使した新しい取り組みを次々と行うなかで、それに伴う新しい問題も出てくるのだが、それに対応するのがブランドビジネス局の役割だ。月に1回、各編集部のウェブディレクターがオンラインでいろいろな問題について話し合う会議も開いている。

 またクライアントからの依頼で6誌連動で広告展開を行うといったケースもあり、広告局が各編集部と協議しながら対応しているそうだ。

 2023年は、いろいろな編集部で映像を作る力をさらに強化していきたいという。

 以上見てきたように、特に女性誌においてはウェブと紙を連動させてブランディングをどう進めるかが、大きな課題になりつつある。その意味で光文社とマガジンハウスの取り組みは、出版界全体として注目されていると言える。

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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