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「表現の不自由展・京都」開催!街宣抗議の緊迫と内部の静謐、そして「表現の自由」をめぐる大きな意義

篠田博之月刊『創』編集長
「表現の不自由展・京都」会場の「平和の少女像」(筆者撮影)

「表現の不自由展・京都」が8月6・7日両日、京都市内で開催された。当日券なしの予約者のみの入場にするとか、会場がどこかは予約者以外には伏せられるなど、警備態勢を意識しての開催だったが、それでも情報をキャッチした右翼団体が6日の朝から街宣車を連ねて抗議に押し掛けた。

 安倍元首相銃撃事件の後だけに、京都府警も不測の事態を恐れて強固な警備態勢を敷いたようだ。警備態勢については実行委員会が弁護士団体や警察とも連携し、事前協議を続けてきたのだが、元首相銃撃事件を機に警察の対応が一変し、当日も入場者のカバンは受付で預かる、受付をすませるまでは建物の中に入場者を入れないなど、これまでの「表現の不自由展」以上に厳重な警備となった。

「本当は静かな環境で観てほしいのに」と実行委

 私は初日6日土曜の朝10時の最初の回に会場を訪れた。会場は京都市の中心街にあるのだが、すぐ前の通りは街宣車や抗議行動のデモの入場を制限、京都府警もかなりの警官を動員していた。右翼団体の街宣車は、少し離れた通りを走り回ったのだが、会場に近い交差点では大音量で「表現の不自由展をすぐにやめろ!」「反日極左は日本から出て行けえ!」などと絶叫した。

会場付近を警備する京都府警(筆者撮影)
会場付近を警備する京都府警(筆者撮影)

右翼団体の街宣車が連なる(筆者撮影)
右翼団体の街宣車が連なる(筆者撮影)

厳重な警備にあたる京都府警(筆者撮影)
厳重な警備にあたる京都府警(筆者撮影)

 ただ抗議の部隊が会場付近に近づくことは警察が規制したため、会場内は静かで、まさに美術を楽しむという雰囲気。東京や大阪の展示会場と比べるとこぢんまりとしたスペースだったが、じっくり鑑賞するには良い環境だった。

 実行委メンバーは「本来、静謐(せいひつ)な環境で美術展として行いたいというのが私たちの望みでした。京都には京都精華大や京都芸大もあり、美術を志している若い人たちにもぜひ来てほしいと思っていました」と語る。

 確かに「表現の不自由展」というと、右翼団体などとの攻防戦ばかり報道される傾向があるのだが、本来は、検閲によって展示を制限された美術品を実際に観てもらい、「表現の自由」について考え、議論するという目的で行われているものだ。それが2019年の「あいちトリエンナーレ」の「表現の不自由展・その後」を始めとして毎回、激しい妨害行為にさらされ、昨年は中止や延期も相次いだため、そのことも含めて「表現の自由」を考える場になっているという、ある意味で皮肉な現実が続いている。

今後、名古屋、神戸でも開催

「あいちトリエンナーレ」の「表現の不自由展・その後」が開催3日で中止となり、会期末の約1週間のみ開催となったことを受けて、その時に観る機会がなかった多くの人に観てもらおうという趣旨で各地の市民グループが巡回開催を続けているのだが、昨年の紆余曲折を経て、今年は4月に東京展が成功。それに続いて、今回の京都のほか、8月25~28日には昨年爆破物騒ぎで途中で中止された名古屋、さらに9月10・11日には新たに神戸と、「表現の不自由展」は各地に拡大しつつある。特に今回の京都は、これまでの東京、名古屋、大阪と別の新しい地域での開催になるだけに、これが成功するかどうかは大事な意味を持っていた。

京都会場内部。右奥は趙延修さん「償わなければならないこと」(筆者撮影)
京都会場内部。右奥は趙延修さん「償わなければならないこと」(筆者撮影)

 各地の「表現の不自由展」は、実行委同士が互いに情報交換を行い、経験を共有するなど協力関係にあるが、運営母体はあくまでも別だ。いわば各地の市民自身が「表現の自由」を実践していくというムーブメントになっている。その意味で、春の東京展に続く、この夏から秋の京都、名古屋、神戸の「不自由展」がどうなるかは、この日本において「表現の自由」がどういう状況に置かれているかを測るバロメーターとも言えよう。

「Requiem―鎮魂歌」など新たな展示も

 京都展がどういう経緯で実現に至ったか紹介する前に、今回の展示について触れておこう。各地を巡回している「表現の不自由展」は、それぞれ会場スペースも異なるし、展示内容が少しずつ異なる。

大浦信行さんの版画「遠近を抱えて」(筆者撮影)
大浦信行さんの版画「遠近を抱えて」(筆者撮影)

 今回の京都展も、「平和の少女像」や大浦信行さんの「遠近を抱えて」など主な作品は他の会場と同じだったが、例えば「平和の少女像」に呼応する作品として森妙子さんの「Requiem―鎮魂歌」が新たに展示されるなど、独自のものもある。「紙紐、和紙、針金によるインスタレーション」と目録には記されているのだが、インスタレーションとはインストール=設置からきた言葉で、鑑賞する人も体験することによる表現手法だという。百聞は一見にしかずだから、今後「表現の不自由展」に行く方はぜひ体験してほしいのだが、「鎮魂」をイメージした和紙の白い蝶々が会場に置かれており、それを鑑賞者が針金に結わえ付けていくという作品だ。

「平和の少女像」の背後で蝶を結び作る人(右側)筆者撮影
「平和の少女像」の背後で蝶を結び作る人(右側)筆者撮影

「Requiem―鎮魂歌」に結びつけられた蝶々(筆者撮影)
「Requiem―鎮魂歌」に結びつけられた蝶々(筆者撮影)

 それが「平和の少女像」と呼応するように飾られているのだが、考えてみれば「平和の少女像」自体も、鑑賞者が少女の隣に腰掛けるという設定の作品だ。それに鑑賞者が蝶を結び付けるという「Requiem―鎮魂歌」が重なって、雰囲気が実にいい。恐らく今後の「表現の不自由展」でも大きな目玉になると思う。

 開催前日、会場設営をした後、スタッフの一人が「Requiem―鎮魂歌」をバックにした「平和の少女像」の写真をスマホで撮って送ったところ、作者のキム・ソギョンさんも喜んでいたという。

タブーにされた美術作品を展示

 新作と言えば今回初めて展示された「花ばぁば」もそうだし、そのほか、岡本光博さんの「表現の自由の机」や小泉明郎さんの「空気」など、シリーズの中での新しい作品も展示された。

クォン・ユンドクさん「花ばぁば〈苦しまないで〉」(筆者撮影)
クォン・ユンドクさん「花ばぁば〈苦しまないで〉」(筆者撮影)

 小泉さんの「空気」は、目には見えないが空気のように浸透している存在としての天皇をテーマにしたもので、今回展示されたのは「空気#19」と「空気#20」だ。小泉さんは「あいちトリエンナーレ」会場でのトークで、天皇をモチーフにした一連の作品を企画した経緯や思いについてその一端を語っていたが、これがなかなか興味深いものだった。

岡本光博作「表現の自由の机」(筆者撮影)
岡本光博作「表現の自由の机」(筆者撮影)

 天皇やそのタブーについて表現したものと、慰安婦問題というのは「表現の不自由展」の大きなテーマなのだが、いずれも日本社会において賛否両論、いろいろ意見が分かれるテーマで、反対や抗議の声を上げる人が存在するのは当然といえよう。ただ、自分が反対だという理由で、展覧会そのものを潰してしまえというのは「表現の自由」に反するわけで、その意味ではこの展覧会の開催をめぐる状況がまさに現在の日本における「表現の自由」のあり方を反映していると言える。

京都展より白川昌生さん「群馬県朝鮮人強制連行追悼碑」(筆者撮影)
京都展より白川昌生さん「群馬県朝鮮人強制連行追悼碑」(筆者撮影)

昨年末から開催までの経緯

 さて、8月下旬開催の名古屋展は、昨年も開催されたもので、もともと「あいちトリエンナーレ」での「表現の不自由展・その後」が中止されたことに抗議して集まった市民グループが開催母体であることは知られている。では、今回の京都展はどういう人たちがどういう経緯で開催にこぎつけたのか、実行委メンバーにお聞きした話を紹介しておこう。

京都展会場のメッセージボードに残された参加者の感想(実行委提供)
京都展会場のメッセージボードに残された参加者の感想(実行委提供)

 開催については昨年12月頃から動きが出始め、正式に実行委員会が作られたのは今年の1月8日だという。京都市民や、以前から美術家を中心に存在した「京都アピールの会」の人たちが声をかけあってできたもので、当初は7~8人、開催時には12~13人のメンバーになったという。もちろん開催当日に関わったのは弁護団やボランティアなどそのほかにも多数いる。会場の展示についても、美術館の元学芸員が総監督を務め、会場の展示にストーリー性を持たせるなど工夫したという。

定員枠720は予約で完売

 6日と7日の両日とも入場は1時間ずつ区切り、定員は各回40人。それが18枠で総定員は720人。事前予約で全ての枠の定員は埋まっていた。前述の通り、警備上の理由からチケットは全て事前予約制とした。チラシ配布は7月8日からで、予約を受け付け始めたのは9日だった。ちょうど予約受付を開始した時に安倍元首相銃撃事件が起きて、警察などの警備態勢が一変したという。

 チラシは2案作ったが、どちらを採択するか決めあぐね、両方採択したという。確かに2案ともなかなか良いチラシだ(写真)。

「表現の不自由展・京都」のチラシ(筆者撮影)
「表現の不自由展・京都」のチラシ(筆者撮影)

 会場申し込みを行ったのは実行委が正式に発足した1月8日。昨年の大阪や、今年の東京開催の経験により、民間のギャラリーではなく、公共施設を会場にすることは最初から決まっていたという。その後、行政や、指定管理を受けている会場側と、実行委による三者協議を重ねてきた。

 今回は京都市の中心街とも言える会場だったし、周囲には商店街もあって、右翼の街宣車が走り回って騒然とした状況をめぐってはいろいろな声もあがったようだ。実行委は本当に大変だったと思う。幸い行政も開催に一定の理解を示したようだし、京都府警の取り組みもあって開催は無事になされたが、「表現の自由」を守るためには、相応の努力をしなければいけないという現実も改めて示された。そのことも含めて、「表現の不自由展」開催めぐる事態は、日本の今の「表現の自由」がどういう状況にあるのかを映し出していると言えるかもしれない。

 東京などの場合、クラウドファンディングで資金を集めたが、これはただ寄付を募るというのと違って寄付をした人に何か見返りを提供したりと様々な作業が必要になるため、今回はそこまで手が回らず行わなかったという。ただ名古屋の方は、既にクラウドファンディングを立ち上げ、応募を募っている。

 今のところ名古屋と神戸の告知はSNSが中心となっているようだ。通常、こうしたイベントの告知は新聞が強いと言われるが、会場を伏せていたり、様々な事情で、京都展の場合、新聞の事前告知は制限したという。名古屋と神戸については今後どうなるかわからないが、とりあえずツイッターを紹介しておこう。

https://twitter.com/saikaiaichi

「表現の不自由展・その後」をつなげる愛知の会

https://www.facebook.com/fujiyu.kyoto.kobe/

表現の不自由展Kyoto&Kobe

 最後に、筆者はこの何年か、「表現の不自由展」をめぐっては相当数の報告記事を書いてきた。昨年から今年にかけての大阪と東京について書いたものを下記に示しておくので関心ある方はご覧いただきたい。

https://news.yahoo.co.jp/byline/shinodahiroyuki/20220402-00289602

「表現の不自由展・東京」国立市で開幕。街宣抗議の中、警察官100人以上が警備態勢に

https://news.yahoo.co.jp/byline/shinodahiroyuki/20210718-00248590

「表現の不自由展かんさい」緊迫の中で無事開催!この持つ意味はかなり大きい

【追補】この記事を書いた後、「表現の不自由展・京都」の美術展としての展示内容やその構成について責任者を務めた仲野泰生さんにお話をうかがい、下記記事を書いた。ぜひご覧いただきたい。

https://news.yahoo.co.jp/byline/shinodahiroyuki/20220812-00309994

「表現の不自由展・京都」で作品はどう呼応し何を語りかけたのかー展示構成した仲野泰生さんに聞いた

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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