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映画界の性暴力告発『週刊文春』連載の発端をめぐる、ある意味衝撃の舞台裏事情

篠田博之月刊『創』編集長
『週刊文春』3月17日号(筆者撮影)

映画界性暴力告発のきっかけとなった事情

 映画界の性暴力告発、#MeTooが大きな社会問題になった経緯は記憶に新しい。言うまでもなく『週刊文春』の報道が大きな役割を果たしたのだが、同誌に情報提供がなされた興味深い経緯については断片的にしか知られていない。同誌の連載でもそのへんの事情は少しだけ書かれてはいるのだが、先頃、当事者である俳優/アクティビストの石川優実さんに詳しい事情を聞いた。

告発があれだけ拡大していったのは、ある意味で「時代の風」が吹いたからだが、最初の小さな問題提起が大きくなって『週刊文春』に話が持ち込まれるに至る経緯そのものにも、その後の展開を予感させる興味深い要素がいろいろある。『週刊文春』に連絡した時点で、同じ監督の性被害にあったと連絡をくれた人は30人にものぼっていたという話など、ある意味で衝撃だ。その後、『週刊文春』の連載が始まってからも名乗り出る人が続々と出て、まさに#MeTooとして広がっていったわけだが、当初の経緯も、ぜひ多くの人に知ってほしいと思うので、ここに石川さんに語ってもらった話を公開する。

話を聞いたのは月刊『創』(つくる)7月号の座談会「映画・演劇界の『性暴力』告発の大きな動き」の場で、石川さんの話だけでなく演劇界の性暴力についてもいろいろな議論がなされたのだが、ここでは石川さんの告発の発端となった経緯に絞って紹介する。

映画界の性暴力告発の経緯については、これまでこのヤフーニュースに何度も記事を書いているので下記を参照いただきたい。

https://news.yahoo.co.jp/byline/shinodahiroyuki/20220330-00289110

是枝裕和監督らが声明を発表、『週刊文春』告発で映画界に#MeTooの大きな波紋

https://news.yahoo.co.jp/byline/shinodahiroyuki/20220403-00289614

女優たちの性暴力告発の波紋広がる。映画「ハザードランプ」公開中止、NHKドラマも修正

https://news.yahoo.co.jp/byline/shinodahiroyuki/20220417-00291831

園子温監督めぐる報道、著名作家の声明など、社会全体に波紋広がる芸能界の性暴力告発

では以下、石川さんの話だ。『週刊文春』に情報を持ち込んだご本人だが、どういう経緯でそうなったかを詳細に語っている。途中で発言が出てくる小川というのは、フリーライターで性暴力の問題を追い続けている小川たまかさんだ。

最初はブログに反応がなくて絶望的になった

――『週刊文春』の報道に端を発した映画界の性暴力告発と#MeTooですが、きっかけは石川さんの問題提起だったわけですね。そこからお話しいただけますか。

石川 2月11日に「日本の映画界には地位関係性を利用した性行為の要求が当たり前にあったな、という話」というタイトルのブログを書きました。私はいま映画界での性差別をテーマにした映画を作ろうとしているのですが、一緒に作っている人たちと、実際どういうことが映画界にはあるだろうねという話になったんです。その中で性暴力の問題をめぐって改めて榊英雄監督のことを考えたのが一つのきっかけでした。

 2017年から私は#MeTooについて発言するようになったのですが、かつて榊監督の作品に出演した時に望まない性行為をして、しかもそれが地位関係性を利用した要求によるものだったなと思い返して、悲しい気持ちになったのです。でもその気持ちにふたをして過ごしてきました。だから今回、それについて書いたんです。望まない性行為だったということだけは形にして残しておきたいと思ったのです。

 そこでは榊監督の実名も出していないし、自分の中での整理のつもりで書いたものでした。ただ見る人によっては、これは榊監督だとすぐにわかるような書き方をしました。私が出演した映画作品を調べたらわかるし、誰か見てくれたらいいなという気持ちで書いたんです。

 でも書いて10日くらい経っても反応がなかったんです。#MeTooって声をあげても聞いてもらえないんだなと絶望感を感じました。

榊監督最新作が性被害をテーマにしていると聞いて…

石川 けれども、その私が出演した作品の撮影カメラマンだった早坂伸さんが、私のブログに辿り着いたらしくて問い合せがきたんです。伸さんは、榊監督の『蜜月』という最新作の撮影カメラマンもしていました。

 そしてもうすぐ公開になるその『蜜月』が性被害をテーマにした映画であることを教えてくれました。「石川さんの書いたことが本当だとしたら、性被害の加害者が性被害をテーマに監督作品を撮っているなんて笑えません」ということで、これはなんとかしないといけないという話でした。

 私もそこで初めて榊監督の次の作品が性被害をテーマにしたものだと知って、これは自分の整理のためだけに留めておくべき話じゃないと思い、『週刊文春』に連絡をし、たまかさんにもその時に相談したんですね。

小川 あの時に優実さんが、一体どういうふうに告発したら潰されないか、潰されなくても小さい話題で終わっちゃうんじゃないかとか、被害者バッシングに遭わないかなど、すごく気にしていらっしゃったことを覚えています。

石川 2016年、私が#MeTooをするちょっと前なんですが、やはり榊監督について『週刊大衆』に情報提供があったようなのです。でも、結局出た記事では榊監督は匿名にされたし、全然話題にならなかったんです。榊監督が動いた結果そうなってしまったらしいのですが、そういう潰され方をしたら嫌だなという思いがありました。

小川 それで、そうならないように証言してくれる方を他にも探して、声が集まってきたので一緒に告発しようということになったのですね。

榊監督の映画がたてつづけに公開中止

石川 告発は結果的に映画を潰すことになってしまうので、悪者にされがちじゃないですか。結果的に『蜜月』は公開中止になったし、その後の榊監督の公開作品『ハザードランプ』も結局公開中止になったわけですね。だからいろいろ悩んだのですが、今回は私たちだけじゃなくて、『蜜月』という作品のスタッフが声をあげたことも大きかったと思います。

 早坂さんが私の書いたブログをシェアしてくれて、関係者とか、今まで榊監督の作品に出た人も目にするようになり、連絡が来るようになったのです。やはり『蜜月』が性被害をテーマにした作品だったことは大きかったと思います。

 脚本家の港岳彦さんと早坂さんは10年ほど前からこのテーマに取り組もうと考えていたようです。だからスタッフ側は、性被害について考えてもらうための意味のある映画として作ろうとしていたんです。逆に言うと、だからこそ榊監督の作品として公開はできないなという判断がなされたんだと思います。

――『週刊文春』の記事を受けて、新たに被害を名乗り出た人もいて翌週に第2弾が掲載された。次々と被害者が名乗りをあげたことが、今回大きな社会問題になっていった要因でした。

石川 『週刊文春』も最初の記事に登場した女性たちは、取材された日は別々でしたが、私か早坂さん、あるいは両方に連絡が来た人たちで、発売された当時、既に互いに連絡を取り合っていました。

被害を受けた人からの連絡は30人にものぼった

石川 実は連絡をくれた人たちはもっとたくさんいて、全部で30人くらいは来たのです。ただその中には、自分の被害について話を聞いてほしいが公表まではしたくないという人もいました。内容は詳しく書いてありましたが、連絡先を教えてくれない人もいました。その中から話を公にしていいという方や、連絡先を書いてくださった方にこちらからコンタクトしたのです。

 でも被害を受けたという人だけで30人くらいいて、さらにそのほかに被害を受けた人に話を聞きましたという情報提供も何人かいたので、被害者はすごい数にのぼるのだと思います。

『週刊文春』でその後も名乗りをあげた人は、私に連絡が来た人もいますし、編集部に連絡してきた人も多かったですね。被害者の数がそんなに多いのがわかってからは、今回の告発がないまま何もなくいっていたら被害はさらに増えていくだろうし、本当にやばかったなと思いました。

 被害者もきっかけがないと声をあげられないし、多くの人がうっすらと知っていたけれど証拠がないから動けなかったんですね。私は2017年に#MeTooして映画界から離れたし、私自身のケースは性被害ではあるけれど性犯罪とは言えないので、他の被害を受けた人たちが告発してほしいと思っていました。でも考えてみればこの5年間、映画界の内部から告発する動きが全く出てこなかったわけですね。そこをなんとかできなかったのかという気持ちはあります。被害者に負担がかからない形で何かすることはできなかったのか。そこは残念だなと思います。

声をあげた人たちの問題は何も解決されていない

石川 映画監督とかが声明を出してくれているのはありがたいことなんですが、声をあげた人たちの問題は何も解決されていない。同意をとったと言っているけれども、どういう同意をとったのか、どの言動が同意のつもりなのか。詳しく詰めていったら絶対に同意なんて取れていないと思うんですけど、このままだと明らかにならないまま収束してしまう怖れもあります。声を上げたうちらは今宙ぶらりんで、むしろ仕返しされないかとか、めっちゃ怖いです。

――大学などではセクハラの訴えがあった時に調査する委員会がありますよね。でも今回問題になった映画界も演劇界も、そういう機関が存在しない。プロデューサーや監督に権限が集中するという業界の構造的問題がある限り性被害はなくならないからと、監督たちも声をあげ、具体的な取り組みをすべきだという話になっています。調査する第三者機関を作るというのも必要なことかもしれませんね。

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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