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再審法改正をめざす大きな動きが始まりつつある!5月27日に大集会も

篠田博之月刊『創』編集長
2019年の「再審法改正をめざす市民の会」結成集会(筆者撮影)

あの袴田事件の感動の瞬間からもう8年も

 下に掲げた写真は2014年春、静岡地裁で再審開始の決定が出て釈放された袴田事件元被告の袴田巖さんが釈放後初めて、いや1966年に逮捕され死刑判決を受けてから初めて大勢の人の前に姿を現わした瞬間だ。

2014年、釈放後初めて大勢の市民の前に登場した袴田巌さん(筆者撮影)
2014年、釈放後初めて大勢の市民の前に登場した袴田巌さん(筆者撮影)

 日本弁護士連合会(日弁連)主催の報告集会で巖さんの姉のひで子さんが発言することになっていたのだが、巖さん本人も来ているからと姿を現わした。恐らく集会現場に行ってみて登壇できそうなら登壇してもらうという段取りだったのだろう。姿を見せた巖さんは、話す内容は意味不明だったが、そんなことは関係なく、会場には割れんばかりの拍手と歓声が湧き起こった。

 死刑台から冤罪被害者が生還したという事実に加えて、無実の死刑囚も信念をもって冤罪を訴え続ければ、真実が認められる日が訪れるのだという希望に、会場にいた全員が高揚した。私ももちろん会場にいたのだが、感動の瞬間だった。

 この時の決定は歴史に残る素晴らしいものだった。再審開始決定と同時に袴田巌さんを釈放しただけでなく、巖さんを犯人に仕立て上げた過程で証拠の捏造が行われた可能性も示唆したものだった。

 しかし、その感動の瞬間から何と既に8年が経過。再審開始により無罪がすぐに明らかになると思われていたのに、いまだに巖さんは死刑囚のままだ。検察が抗告を行い、再審開始を妨害しているためだ。

 こういう不条理は袴田さんのケースだけではない。名張毒ぶどう酒事件にしても、狭山事件にしても、大崎事件にしても、冤罪事件の可能性が社会的に浸透しているにもかかわらず、再審開始となっていない事件が数多くある。無実である人が誤った捜査や裁判によって罪を着せられるようなことに対する救済の制度であるはずの再審制度が、きちんと機能していない現実があるのだ。

 そうした再審の制度をめぐって、旧態依然の法制度を改めるべきだという「再審法改正」をめざす動きがいま、急速に広がっている。大きな動きとしては、日弁連が本格的な取り組みを始めたこと、そして各政党の間でもそれに取り組もうという気運が生まれつつあることだ。

 私も運営委員の一員である「再審法改正をめざす市民の会」の3周年記念集会が5月27日正午から衆議院第一議員会館大会議室で開催される。そこには日弁連の副会長や、国会議員も参加予定で、この集会は大きな流れのひとつのステップになる可能性がある。集会の詳細については下記の公式ホームページを参照いただきたいが、YouTube配信も行われる。

https://rain-saishin.org/

再審法改正をめぐる日弁連の本格的取り組み

 月刊『創』(つくる)6月号で再審法改正をめぐる大きな特集を組んでおり、その巻頭の座談会の全文は下記のヤフーニュースで公開している。ただ長い記事なので、全文読むのが大変だという人のために、ここにその主な部分を紹介し、再審制度をめぐって今どんな動きが起きているのか紹介しよう。コンパクトにするために、あちこち文章の一部を割愛したりしていることをお断りしたい。

いま求められている再審めぐる歴史的改革  鴨志田祐美/木谷明/周防正行/江川紹子

https://news.yahoo.co.jp/articles/d0925aa33c4c2d0a891468cae282adbd161b918c

 ついでに前述の袴田事件の再審をめぐる争点については、弁護団の間光洋弁護士の話を下記のヤフーニュースに公開しているので参照してほしい。

袴田事件再審で争点の5点の衣類の「色」  間光洋[袴田事件弁護団]

https://news.yahoo.co.jp/articles/26e4ad3d16721f192e77fd5ff5ebfa30918290c3

 まず日弁連がいまどんな取り組みをしつつあるかだが、このところ各方面で注目を浴びている大崎事件弁護団の鴨志田祐美弁護士の発言を紹介しよう。

《鴨志田 4月6日に、日弁連の小林元治・新会長の就任初会見が行われ、日本経済新聞で報じられているのですが、その中で会長が「再審法改正に取り組む」と語ったとされています。ようやく再審法改正について日弁連が本気を出して動き始めたということですね。

 そもそも日弁連は、1991年(平成3年)までは4度にわたり再審法改正案を提示していたのですが、そこから30年ぐらいその活動が低迷し、個別の再審事件の支援に軸足を置いてきました。

 そこからの転換点となったのが2019年の人権擁護大会で、再審法改正、とりわけ再審請求手続きにおける全面的な証拠開示と、再審開始決定に対する検察官による不服申立ての禁止という、この2つを柱として速やかに再審法改正を求めるという決議を満場一致で採択したわけです。

 これを受けて2020年3月に「再審法改正に関する特別部会」が日弁連に設置されて、約2年間、再審法改正に向けて、一つは改正法案を作成する、もう一つは国会対策として国会議員にこの件を働きかける、さらにわかりやすい広報ツールを作って政治家や一般市民にアピールをするという、3つの活動を柱にやってきました。

 ただ40人弱の部会で予算もあまり使えないし、コロナ禍で院内集会など大きなイベントもなかなかできないという状況でした。そういう中で、小林元治弁護士が、再審法改正を公約の一つに掲げて日弁連の会長選挙に立候補し当選したわけですね。

 そして会長就任後初となる正副会長会(執行部による会議)が4月5日に開かれたのですが、そこに私が呼ばれて説明を行いました。そして会長は、再審法改正の実現本部設置、これは会長が本部長となって日弁連全体として取り組むというものですが、この実現本部化に意欲を見せています。まだ正式に決定はしていませんが、日弁連が本腰を上げたというのはとても大きいことです。》

あまり知られていない再審をめぐる根本矛盾

 ただ再審については以前より市民の関心が高くなっているとはいえ、わかりにくいというのが多くの感想だろう。それについてジャーナリストの江川紹子さんがこう語っている。

 江川さんは『創』5月号に、先頃の名張毒ぶどう酒事件の再審をめぐる決定についてレポートしているが、名張事件をずっと追ってきたジャーナリストだ。

《江川 鴨志田先生のお話にあった再審法改正へ向けた動きですが、それをどう実現していくかという時に、国会と、そして世論が大事になってくると思うんです。一般国民の再審請求審についての見方をもう少し整理して、そこにもっと働きかける必要があると思います。

 裁判所についての見方というと、対立する両者を公平にジャッジするというふうにイメージされがちで、確かに通常審はそういう形になっているのですが、再審請求審はそうではなくて、検察も裁判所も確定判決を守ろうという立場なんですね。裁判所自体が、再審を求める人たちの前に立ちはだかる壁になっているわけです。

 しかも、その壁が同時に門番も兼ねており、開けるかどうか、壁の一部が決めるという形になっている。通常審における裁判所の役割とは随分違っているわけです。だからこそ、きちんとした整備が必要なんですが、そこがいまひとつ一般の国民に伝わっていない。

 名張事件については、私はずっと見ているんですが、一度は再審開始決定が出ているわけですね。今回も随分、期待が寄せられていたのですが、結局、叶いませんでした。これまで裁判所が出した決定を、今回のことを機に読み直したんですが、5次から10次の再審請求で、弁護士さんたちがいろんな新証拠を出しているわけです。それに対して検察側がいろいろケチをつけて、これだけではダメだと言うわけですが、でもそれまでに出された証拠はものすごく積み上がっているわけですね。それ全体を見たらどうなのかという発想が裁判所になくて、これはダメあれもダメとバラバラに切り離して、一つ一つケチをつけて否定するという感じなんですね。

 そういう裁判所の発想があると、なかなか突破することは難しい。私が一番問いたいのは、通常審でこの証拠を全部見ていたら、あなたは死刑判決を書けますか?ということなんですね。再審請求審が通常審と違うことはわかりますが、これはいくらなんでもひどすぎないか、と。

 それから名張事件も含めて、科学鑑定が再審請求審で重要な証拠として出されることが多いのですが、その中身を裁判官が理解しないまま決定を書いていることが結構あります。通常審であれば、その鑑定書を書いた人を呼んで証言をしてもらい、裁判所もわからないところは尋ねるという形になるんですけれども、今回の名張事件の棄却決定のように、再審請求審ではそういうことはやらず、結局裁判所が勝手な解釈をして、それに基づいて棄却することがあります。きちっと証拠や証言を聞いて理解するという手続きになっていないんですね。》

 それに対して鴨志田弁護士がこう補足する。

《鴨志田 袴田事件は、再審を取り消した決定をやり直せと最高裁が破棄差し戻しにしたわけですけれども、名張事件の今回の決定を見てもやはり思うのは、請求人や弁護人側に無罪の証明を求めている。本当は「疑わしい時は被告人の利益に」という鉄則が再審にも適用されると白鳥決定と財田川決定は言っているわけですが、実際には、新証拠それ自体に無罪の強力な立証を求めるような、白鳥決定が否定したはずの孤立評価という手法にだんだん先祖返りしています。

 しかもその明白性判断というのは、新証拠それ自体で完全無罪とまでは言えなかったとしても、新旧全証拠の総合評価によって、「疑わしい時は被告人の利益に」の原則に照らして、確定判決の有罪認定が揺らいだらそれをもって明白性を認めていいんだということになっていたはずなのに、まさに現実は江川さんがおっしゃったように分断なんですね。それぞれの証拠の価値を切り離して、それじゃあ揺らがないよねという判断を別々にやって、総合して揺らぐかどうかの判断をしていない。それが最近の再審の判断です。開始方向の決定も多いのですけれども、開始決定がひっくり返されるケースも多く、それがほぼ今のような理屈です。

 袴田事件だって、少数意見としては今すぐ再審を開始して確定させるべきだと非法曹出身の2人の裁判官は言ったわけですね。でも司法畑の3人が、もう一回高裁で5点の衣類の色の変化を科学的に解明しろ、と突き返した。結局、5点の衣類が犯行着衣ではないという証明を請求人・弁護人に求めているわけです。》

元裁判官が明かす裁判所の情けない現状

 続いて元裁判官でもある木谷明弁護士が、再審をめぐる裁判所の現状をこう語る。

《木谷 裁判所にもいろいろありましてね。最高裁まで行って有罪が確定している事件を今さらひっくり返すなんてとんでもない、再審なんてよほどのことがない限りダメ、シャットアウトするというふうに凝り固まっている人がいっぱいいます。

 そういう人は、なんとかかんとか理屈をつけて新証拠を排斥する。だけど一方には、確定していてもおかしい判決はおかしいんだから、救済すべき者はきちんと救済すべきだと考えている裁判官もいることはいるんです。でも、残念ながらそういう裁判官は少数派だから、せっかくの再審開始決定が上でまた取り消されることにもなる。そういう嘆かわしい状況なんですね。

 袴田事件については、もともと確定第1審の、再審段階で出された新証拠が何もない状況で、私の研修所時代の友人だった熊本典道くんが無罪の心証を取ったんですね。それで無罪だという意見を述べたんですが通らなかったと、後になって告白しています。

 名張事件についても、やはり1審では無罪だったんですね。新証拠が何もない段階で無罪判決が出ていた事件について、再審請求段階で極めて重要な多くの新証拠が出されているにも拘わらず、いまだに再審が開始されないというのは、どう考えてもおかしいですよ。科学的証拠について、科学に素人の裁判官が、十分な審理もしないまま、素人判断でその証拠価値を否定するようなことが横行していますが、こういうことは、何とかしてやめさせなければならないと思います。

 袴田事件について、静岡地裁の村山浩昭くんのした決定は、再審を開始して、死刑とそのための拘置まで取り消すという画期的なものだったんですね。それを高裁の大島隆明くんが取り消してしまって、再審請求を棄却した。ちょっと絶望的な感じがしましたが、最高裁がなんとかそれを取り消すというところまでは全員一致した。しかし取り消して再審開始するのではなくて、高裁に差し戻すというのが多数意見になってしまったわけですね。大変残念な結果です。

 最高裁で検察官の特別抗告を棄却して再審開始決定を確定させることに何の問題もなく、当然そうすべきだったと思います。現時点では検事が着衣の色について反論して、新しい実験の結果を提出しているということで、まだ時間がかかるようですけれども、巌さんやお姉さんの年齢を考えて、もういい加減にしてほしいですね。そう思っています。》

周防監督「裁判所も裁かれる当事者だという理解を」

 映画監督の周防正行さんも司法のあり方などについて頻繁に発言しているが、再審法改正についても積極的に取り組んでいる。座談会での発言を引用しよう。

《周防 このところずっと考えていたことがあって、例えば大崎事件の最高裁の決定は、ニュースとしては「再審請求棄却」として広まるわけですよね。そうすると一般の人は最高裁がそう判断したのならばきちんとした理由があってのことだろうと、漠然とそういうものだと受け取るんですよ。ところが実際に決定を読んでみると、先ほど鴨志田先生がお話しされたように明確な理由はない。俺がそう思うから棄却なんだと言っているに過ぎない。

 逆にはっきり読み取れるのは、だったら真犯人は誰だと弁護団に訊いているわけですね。それが証明できないなら他に犯人は考えられないからやっぱりこいつらだという、無茶苦茶な決定なんです。でも一般の人は、最高裁がそんなことを言っているとは多分思わないですよ。やっぱりそれなりの裁判官の「証拠に基づいた論理的判断」があって棄却されているんだと思ってしまう。でも実際には全く違う。

 袴田事件にしても、名張事件にしても、結果だけ見て、裁判所にはそれなりのきちんとした理由があるんだろうと思ってしまう。そこが悔しいですね。

 僕が刑事裁判に興味を持って調べ始めた時に感じたのが、判決文をきちんと読まないとだめだなということです。通常審でもとんでもない理屈で有罪を認定している例があるんですね。「という可能性も否定できない」は本当によく目にする表現で、要するに「被告人がやった可能性も否定できない」として有罪判決を書く。そんな理屈があるのかと、素人の僕が見ても驚く例がいくつもあります。

 今の裁判所は理屈にならない理屈で有罪判決を書き、再審請求に対しても同じなんですね。そのことを何としても多くの人に伝えたいですね。特に再審事件については、さっき江川さんがおっしゃったように、裁判所も裁かれる当事者なんだという理解は必要だと思います。

 裁判官は、形のうえでは一人ひとり独立した存在だとなっているから、なかには自分できちんと判断して再審開始決定を出す人もいるけれど、多くは裁判所という組織の一員なんです。自分たちが築いてきた歴史を含めて、組織として考えるから、再審開始というのは、自らが裁判所を批判することだと考えるわけですね。批判される当事者としての裁判所が、自らジャッジするという、非常に理不尽な状況になっています。

 今僕たちは再審法改正を求めていますが、最終的に本当は、再審をジャッジする場は違うところに作らないといけないはずです。裁判の検証は、裁判所と違うところでやらないと、構造的には公平でも公正でもなくなってしまうと思います。江川さんが言われたように、裁判所も裁かれる当事者だというのは、再審の難しさを象徴していると思います。

 だから裁判所がきちんと自分たちの過ちを認めるというのは、DNA鑑定によって無罪が明らかになった時とか、真犯人が見つかった時とか、そういう場合に限られてきたわけです。鴨志田先生が言われたように、それ以外の場合は、無罪の立証が弁護側に求められる。裁判所に対する社会の漠然とした信頼感があるから、再審法改正の必要性をなかなか理解してもらえない。裁判の現実、どれほどひどいことが行われているかをきちんとデータで示していかないといけないですね。再審法改正のためには、裁判の現実を伝えていかないといけません。》

 以下議論は続くのだが、関心のある人は先に示したようにヤフーニュースにアクセスして全文を読んでいただきたい。5月27日の集会では鴨志田さんや周防さんなども登壇して発言予定だ。今再審法をめぐってどんな動きがあるのか最新情報が得られるはずだ。

 YouTube配信は下記から視聴できる。

https://youtu.be/68WRFkmkT_M

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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