秋篠宮の「肉声」を伝えた本

 5月11日に出版された書籍『秋篠宮』が話題になっている。著者はこの3月に毎日新聞社を退社した江森敬治さんで、かつて宮内庁担当記者だった。秋篠宮との関わりは、奥さんが学習院大学の川嶋辰彦元教授、つまり紀子さんの父親の研究室に出入りしていた関係で知り合い、長年親交を保ってきたのだそうだ。『秋篠宮』を書くにあたり、5年間で37回も秋篠宮本人に面談を重ねたという。

 江森さんは1998年に『秋篠宮さま』という本を毎日新聞社から出版しており、今回の本はそれを踏まえて、改めて秋篠宮の人物像を社会に伝えようという意図で書かれたものだ。もちろんそれをこの時期にというのは、天皇の代替わりや眞子さん結婚騒動などの経緯があって、秋篠宮が週刊誌などで取り上げられる機会が増えていたからだろう。秋篠宮の実像を伝えようという意図で、秋篠宮本人の同意を得たうえで出版準備を進めていたわけだ。

『週刊ポスト』5月20日号(筆者撮影)
『週刊ポスト』5月20日号(筆者撮影)

 この本が大きな話題になったのは言うまでもなく、眞子さん結婚騒動の経緯を、秋篠宮本人がどう見て、どう語っていたかを、本人の肉声としてカギかっこつきで紹介しているからだ。おおまかな経緯は既に報道されてきたものと変わりないが、秋篠宮がそれをどう受け止めていたかを、本人の言葉で伝えているというのが大きなポイントだ。

 週刊誌やワイドショーでは、もっぱら眞子さん結婚騒動の部分のみ取り上げられているが、実は全7章のうちのその部分は第1章で、その後は秋篠宮の生い立ちや天皇代替わりを含めた皇室のあり方などについて様々なことが書かれている。象徴天皇制について秋篠宮がどう考えているのかなど、そちらの部分にこそ興味深い記述があるのだが、それについては後述するとして、まず今回の本をめぐる様々な波紋について紹介しておこう。

アマゾンのレビューに酷評があふれ投稿制限

 週刊誌で最初に大きくこの本を取り上げたのは『週刊ポスト』5月20日号「秋篠宮の告白」だった。『秋篠宮』の出版元が小学館だから、これは当然のことだろう。しかし、それ以上に話題を広げるのに貢献したと思われるのは、『週刊文春』5月19日号「秋篠宮『肉声』の衝撃」と『週刊新潮』5月19日号「前代未聞の告白 『秋篠宮』が打ち明けた『小室問題』」だった。

『週刊文春』5月19日号(筆者撮影)
『週刊文春』5月19日号(筆者撮影)

 どちらも巻頭の特集記事で、特に『週刊文春』の扱いはかなり大きかった。その発売と同じ時期に朝のワイドショーも取り上げたから、これは大きなプロモーションで、もうベストセラー確実といえた。もちろんそれだけの扱いをされる内容をこの本は持っているのだが、プロモーションが非常にうまくいったとも言えるだろう。売れ行きが伸びていくタイミングで小学館も大きな新聞広告を打って、勢いを加速した。

 特筆すべきは、その初期の段階で逆の動きもあったことだ。発売直後からアマゾンのレビューに「読むに値しない」といった趣旨の酷評が次々と書き込まれたのだ。本の評価を示す星の数も異様に低く、出版に対する攻撃が意識的になされていることをうかがわせる印象だった。

 アマゾンの新刊レビューは最近、そんなふうに攻撃を加える目的で使われる例が目につくのだが、この場合はあからさまだったので、アマゾン自身が危機感を抱いたようだ。

「通常ではない投稿状況が確認された等いくつかの理由により、この商品のレビュー投稿は制限されています」とアマゾンが投稿制限の措置をとった。そのこともネットニュースで報じられ、話題になった。

 酷評を書き込んだのは明らかに眞子さん結婚騒動で、小室夫妻を批判し、眞子さんがあのようになったのは秋篠宮の放任教育のせいだと秋篠宮家を非難してきた人たちだろう。その意味で、眞子さん結婚騒動をめぐる応酬がそのままこの本や出版への評価に持ち込まれたわけだ。

『週刊新潮』の秋篠宮批判

 秋篠宮家バッシングということでは『週刊新潮』が急先鋒だが、5月19日号はある意味でパブリシティに乗った記事だったので、秋篠宮への評価と別に本の内容を取り上げていた。ところが翌週の5月26日号の見出しは「”公務嫌い”『佳子さま』を指導できない『秋篠宮』」。佳子さんが公務に熱心でないのではという声を紹介したうえで、それは秋篠宮の「自主性重視」の教育方針によるものだと批判する内容だ。

『週刊新潮』5月26日号(筆者撮影)
『週刊新潮』5月26日号(筆者撮影)

 同じ木曜発売の『週刊文春』5月26日号は「秋篠宮vs.小室圭 断絶は隠し録音で生まれた」と前号に続いて本の中身を紹介。眞子さん結婚騒動における秋篠宮と小室圭さんの「断絶」に焦点をあてている。

 この本についてはもちろん女性週刊誌も取り上げているが、週刊誌にとって皇室ネタは部数につながるものだ。その背景には、このところの皇室に対する市民の関心の高まりがあるのだが、その意味では『秋篠宮』は良いタイミングで出版されたと言えるだろう。ただこれまでの眞子さん結婚騒動における秋篠宮家バッシングがそのままこの本にもぶつけられるなど、皇室をめぐるこれまでのややねじれた現象がそのまま反映されている印象を受ける。

秋篠宮は「ジェンダー平等」の人なのか

 さて前述したように私自身もこの本には随所に興味深い記述を見出したのだが、一番興味深かったのは第4章の「平等な社会へ」という部分だ。著者の江森さんは、秋篠宮を「ジェンダー平等」の考え方の人として紹介しているのだ。男性職員と女性職員を人事や職制においても差別しなかったといった例があげられているのだが、そてはよいとして、この本では「彼は、女性の社会進出にも理解がある」とも書いている。

 この話が興味深いのは、皇室とは言うまでもなく皇室典範が依拠する、ある意味で男尊女卑の世界観に則っており、それを前提にしたうえでジェンダー平等といっても根源的矛盾から逃れられないことだ。この間伝えられてきたことは、眞子さんと佳子さんはその中で息苦しさを覚え、そこから脱出するには結婚による皇籍離脱しかないと考えていたということだ。眞子さん結婚騒動はそういう観点からとらえ直すと違った様相を呈することになる。

 そして『週刊新潮』が批判しているのは、まさにその点だ。前出の同誌5月26日号も、佳子さんも姉と同じ考えを持っているとして、こう末尾を結んでいる。

「姉に倣って佳子さまが『叛乱』を起こされる日は遠くなさそうである」

 女性が後継男子を産む存在としてしか認められず、女性にとっての自由が保障されていない皇室から離脱する、そういう可能性を「叛乱」と表現しているのだが、『週刊新潮』がこの間、一貫して眞子さんや秋篠宮家を批判してきたのは、それが天皇制を危機に陥れるものだという見方だった。

 眞子さん結婚騒動をある意味で当事者として見ていた秋篠宮は、そういうことをどんなふうに感じているのか。『秋篠宮』で江守さんが描いたように秋篠宮がジェンダー平等に理解を持っていたとしたら、眞子さんや佳子さんの「女性としての自立」の思いを父親としてどう見ていたのだろうか。

背後に控えた象徴天皇制の矛盾

 江森さんは秋篠宮を「ジェンダー平等」の人と描きながら、そこまで踏み込んでいない。いや、そもそも江森さんのそういう捉え方に秋篠宮自身は同意していたのかどうか、この本では曖昧なのだ。恐らく出版前に秋篠宮自身もゲラを読んでいると思われるのだが、江森さんの捉え方に秋篠宮本人はどこまで同意していたのか。あくまでも著者は江森さんだということで、秋篠宮は多少ニュアンスの違いを感じても敢えて異論をはさまなかったのか。特にジェンダー平等についての記述の部分は、象徴天皇制の本質にかかわるところなのだが、記述は曖昧で、この記述はあくまでも著者の見解であって秋篠宮とは違うと考えるべきなのか、よくわからない。

 あるいは、それをつきつめて議論すると、秋篠宮に象徴天皇制そのものを語ることを求めることになってしまうので曖昧にせざるを得なかったということなのかもしれない。

 そのあたりは眞子さん結婚騒動を考えるうえでとても大事なところなのだが、この本を読んでいて気になった点だ。数年にわたって続いた眞子さん結婚騒動は、皇室内部の女性が天皇制という枠組みの中でその置かれた立場について悩んでいることを浮き彫りにした点で興味深いのだが、『週刊新潮』などバッシング派に「叛乱」を予見され牽制されている佳子さんは、これからどういう生き方をしていくのだろうか。