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「表現の不自由展」が激しい街宣攻撃で会場変更、実行委が会見で「開催続行宣言」

篠田博之月刊『創』編集長
6月10日の記者会見(筆者撮影)

 2021年6月10日、「表現の不自由展・東京」(正式名称は「表現の不自由展・その後 東京EDITION&特別展」)の実行委員会が会見し、6月25日~7月4日に都内で予定していた展示が激しい街宣攻撃で会場変更を余儀なくされたこと、しかし不当な攻撃には屈せず、開催を続行することを宣言した。

「表現の不自由展」は、かつて公開中止など発表の場を奪われた美術作品を展示し、表現の自由について考えてみようという趣旨で、最初2015年に都内で開催され、それを見た津田大介さんの提案で2019年の「あいちトリエンナーレ」の1企画として展示された。しかし激しい抗議にあって開催3日で中止に追い込まれ、大きな社会問題になった。その後、関係者の尽力によって会期中最後の1週間に展示が再開した。

 そこで見られなかった人たちに見てもらうという趣旨もあって、その後、韓国や台湾で展示。2020年には東京など国内で展示が準備されていたが、コロナ禍の影響でようやく2021年6月25日から東京で、その後7月6~11日に名古屋、さらに大阪や他の地方でも展示が行われることになった。

 東京展開催がマスコミで報じられたのは6月3日。あまり早く発表すると不測の事態も予想されると、実行委員会としてはぎりぎりのタイミングで公表されたという。ところが、その3日後の6日から連日、会場に予定された神楽坂のセッションハウス・ガーデンに激しい街宣攻撃が行われたのだった。

発表から3日で会場に街宣攻撃が…

 10日の会見は、「表現の不自由展・東京」実行委員会のメンバーである永田浩三さんの司会で、岡本有佳さんと岩崎貞明さんが発言、集まった記者たちの質問に応えた。会場では「開催続行宣言 不当な攻撃には屈しません!」という文書が配布され、会場に予定されていたギャラリーのオーナーの「私の願い」という文書が読み上げられた。

 説明された一連の経緯はこうだ。

 6月6日日曜日の午前、街宣車3台、約10人が神楽坂の会場前に現れ、10~20分ほど「表現の不自由展・東京」の中止を呼びかけ、会場を貸さないように要求。その後、午後1時半には街宣車と普通車計6台、16人ほどが同様に抗議行動を展開した。展示をめぐっては昨年秋から実行委は地元の牛込警察署と話をしており、その現場にも警察官がいたのだが、説得するだけで街宣抗議の排除には至らなかった。実行委によると、現場は住宅街で一方通行の狭い道で、なぜ1時間ほども6台の車が滞留できたのかわからないとのことだ。

 大音量のマイクを使っての抗議行動だったため、警察が制止し、途中からマイクは使われなくなったが、大声で抗議行動が行われたという。そのギャラリーはもともと、「表現の不自由展」に出品している安世鴻さんの写真展が行われた場所で、そういう経緯もあって今回の展示にもオーナーが理解を示していた。しかし実際に街宣抗議が始まると、そこは住居兼用の建物で、付近は住宅街でもあるため、深刻な影響を及ぼしたようだ。2階にギャラリーがある建物の地下にはダンス関連イベントのスペースもあり、近々そこでバレエの発表会も予定されていた。

 オーナーは激しい街宣攻撃にその晩は一睡もできなかったと翌日、実行委に伝え、その後8日に第2回の街宣がかけられたこともあって、「もう身が持たない」と会場の使用中止を申し入れてきたという。

 実行委は8日に弁護士を伴って牛込警察署を訪れ、警備態勢の強化を要請した。そしてその足でギャラリーを訪れたところ、夕方6時ころから再び街宣が行われていた。最初は男女2人が車で乗り付け、男性が運転席から大声で叫び、女性は車から降りて大声で叫びながらスマホで中継。「開催を中止せよ~」「場所を貸すな~」「反日展示会をやめろ~」などと2時間にわたって抗議行動を行った。

 さらに7時過ぎには他の車2台も訪れ、降りてきた男性4~5人が拡声器を使って抗議行動。警察に制止されて途中で拡声器を使うのはやめたが、8時頃まで大声で叫び続けた。抗議する側は「慰安婦像を持ち込むな~」「天皇陛下を燃やした動画をやめろ~」などと叫んでいたという。ちなみに、今回は、平和の少女像は展示されるが、大浦信行さんの「遠近を抱えて」は版画のみで「あいちトリエンナーレ」で「昭和天皇を燃やした」と抗議された動画の展示予定は最初からなかったという。

 街宣攻撃は、会見の行われた10日にも実行されていた。連日の街宣に心労が重なったギャラリーのオーナーは、苦渋の決断に至った気持ちを「私の願い」という文書にしたため、会見会場で朗読された。以下、全文引用する。

ギャラリーのオーナーの「私の願い」

 この度は私どものギャラリーで6月25日から予定していた『表現の不自由展』に対して、開催を公表した直後から、右翼の多数の街宣車や抗議する者が連日現れ、マイクや大声で「展覧会に会場を貸すことをやめろ」などと連呼して、騒乱状態が発生し、近隣の方々や、セッションハウスに通うダンサーやアーティスト、スタッフたち、とりわけバレエを習いに来ている子どもたちに多大なる迷惑と恐怖を感じさせる事態となっています。

 セッションハウスは1991年の創設以来、30年ですが、何よりも培ってきた近隣の方々との信頼関係が壊されていくことで私たちに与えた衝撃は計り知れないものがありました。そして、このようなことが今後も繰り返されることが予測されるため、実行委員会の皆様にお願いして、不本意ながら当ギャラリーを今回の「表現の不自由展 東京」の展示会場として提供することが極めて困難な状況にあるということをお伝えしました。すでにご予約いただいている観客の皆様、出展アーティストの皆様、実行委員会の皆様には多大なご迷惑をおかけすることになりました。

 声高に言葉の暴力を使う者たちの傍若無人な言動には強い憤りを覚えていますが、近隣の方々への迷惑や、子どもたちや、来場者の方々にこれ以上の恐怖感、不安感を与えることは二度とあってはならないことです。そのための苦渋の決断だったことを皆様にもご理解くださいますようお願いする次第です。

 展覧会の出品作品というものは、いずれの場合にあってもそこに足を運び、見ていただく場所があってこそのものです。そして賛否両論を含めて、いろいろと語り合っていただくことが肝要なことです。

 今回、セッションハウスをそのような場所として活用していただくことは出来なくなりましたけれど、このプロジェクトが立ちはだかる困難を克服して、新たな形で継続、発展していくことを切に願ってやみません。

        2021年6月10日 セッションハウス 伊藤孝

東京での今後の開催は、そして名古屋は…

 10日の会見は、ギャラリーへの抗議行動を一刻も早くやめてほしいという伊藤さんの要請もあって行われたもので、9日夜にオンライン参加も含めて実行委員や出品予定の作家らが会議を行い今後の方針を決めたという。会見の時点で開催続行だけでなく、既に次の会場をあたっており、行けるという感触も持っていたという。ただ今回の事態を受けて、次の開催については、日程や会場の発表をどのタイミングでどんなふうに行うかなど検討はこれからだという。

 次に開催される会場にも街宣攻撃がかかる公算は大だから、警備態勢を含めて考えるべきことはたくさんある。日程についても、当初の予定と同じく今月下旬から7月初め開催となればよいが、そこは何とも言えないという。既に名古屋での「私たちの『表現の不自由展・その後』」が7月6~11日開催と発表されているから、それとの調整も必要だ。

 名古屋での開催も一層の警戒が必要なのは言うまでもないが、会場の「市民ギャラリー栄」は公共の機関だし、ビルの中にあるから、東京のセッションハウス・ガーデンに比べると攻撃は容易ではない。しかも名古屋においては、「あいちトリエンナーレ」開催を非難してきた勢力が県知事リコール不正署名問題で打撃を受け、気勢をそがれた感がある。    

 ただ東京の今回の事態で、名古屋や大阪などの開催についても緊張が高まっているのは確かだ。

 東京の展示は既に600ほど予約が入っているが、予約は一時停止、返金希望にも応じるという。出品予定だった作家や実行委を含め、いろいろな意見も出されており、大変な試練にさらされている状態だ。抗議の一方で、そういう事情を知って実行委に激励メールを送ったり、心配して会場に足を運ぶ市民も少なくないようだ。今回の事態は、攻撃する側の勢いを加速させたと思われるが、同時に市民などの展示支援の機運も盛り上がりつつある。

 10日の会見には、ヘイトスピーチ批判を行っているライターの安田浩一さんや、同様に街宣攻撃で一部の映画館で上映が中止になった映画『狼をさがして』の配給会社「太秦」の小林三四郎社長なども会場に姿を見せた。安田さんは「今回の事態は、レイシズム・差別の発露であり、被害を受けているのは日本社会であることをもっと明確に打ち出した方がよい」と提案した。太秦の小林社長は「映画や展覧会といった垣根を越えて協力する必要があるし、表現する人たちだけの問題ではない」などと発言した。

市民社会がこの事態にどう反応するかが肝要だ

 攻撃の仕方を見ても明らかなように、6日以降の街宣は、展覧会をつぶすことを明確に狙ったものだ。実行委など主催者とやりあうのでなく、会場側を攻めて貸与させないようにする、しかも開催前に早めにつぶすという戦略だ。今回の素早い攻撃には、警察も「こんなに早く動くのは予想外だ」と言っているようだが、攻撃する側も「あいちトリエンナーレ」騒動を教訓化しているのだろう。

 あいちトリエンナーレ事件では、脅迫めいた抗議を行っていた人物が特定されて逮捕されるなどしたことも攻撃への抑止になったが、今回は開催前だったこともあって実行委が法的措置に訴えるのは簡単ではないという。しかし、実行委としては、法的手段も辞さずという方針で臨むという。

 昨年、「あいちトリエンナーレ」に関わった津田大介さんが東京で「表現の不自由展」が開催されるらしいとツイートしたところ、「ガソリンを持っていく」とリプライした者がいた。それについて、実行委の求めに応じて、既に警察が強要未遂容疑で捜査を進めているという。

 今後、今回と同様の攻撃を防げるとしたら、実行委や作家たちだけが事態に立ち向かうのでなく、いかにして市民の支持を得られるかがポイントだろう。少数の関係者だけが暴力に立ち向かうというのでは明らかに限界がある。展示が無事に開催されるには、警察などとの協力だけでなく、「批判するのは自由だが、表現を暴力でつぶすのには反対だ」という市民の声を結集していくことが必要だ。

 あいちトリエンナーレは前述したように、中止されていた「表現の不自由展・その後」が最終局面で再開されるという劇的な決着となった。私も再開直後に現場を訪れ、運よく抽選にあたって「表現の不自由展・その後」の会場に入ることができた。今でも印象深く覚えているのは、「昭和天皇を燃やした」と抗議の対象になった大浦さんの動画が20分ほど会場で上映された時、終了した瞬間に会場で見ていた市民たちから拍手が沸き起こったことだった。

 大浦さんの表現はやや難解だから、映像に感動して拍手が起きたというより、あれだけ攻撃され封印されていた表現がそうして復活し、自分の目でそれを観ることができたことを喜ぶ拍手だったと思う。会場に入るための抽選に並んだたくさんの市民たちも、表現を自分の目で観たいという思いで全国から集まっていた。

 平和の少女像にしろ、大浦さんの作品にしろ、賛否はもちろんあると思うし、批判はおおいにすればよい。しかし、暴力でそれをつぶすというのには反対する。それが民主主義の基本だし、戦後の歴史を経て、それは市民社会に一定根をおろしている。そうした市民の思いを現実にどう反映させるかが、今回のような局面を打開する鍵だと思う。

 映画「靖国 YASUKUNI」や「ザ・コーヴ」など過去に映画が上映中止になるといった大きな事件に私は関わってきたが、映画「靖国」など全映画館が上映中止という事態になった時点で、マスコミが大きく報道し、それに対する危機感が社会全体に広がった。明らかに空気が変わり、上映を支援する動きが一気に拡大した。社会全体の意思や対応が、事態打開に大きな意味を持つというのが、これまでの教訓だ。今回も今後の行方を左右するのはそういう動きだと思う。

 ともあれ、事態は緊迫した局面を迎えている。これをどう打開するか。実行委や関係者にとっては大変な試練だが、それだけでなく市民社会全体、その民主主義のあり方が問われているのだと思う。

 実行委のホームページは下記だ。画面の下の方にツイッターやフェイスブックのアイコンもある。ぜひ多くの人が関心を持ち、声を上げてほしいと思う。

https://fujiyuten.com/

[追記]その後6月18日、実行委は東京展の新しい会場が決まったことを正式に発表した。しかも会期は6月25日(金)~7月4日(日)と、当初の予定と変わりない。ただ会場がどこかについては直前まで公表できないとしている。実行委にはたくさんの人から激励のメッセージが届いており、それについてもホームページで公開されている。

 名古屋についても同じ会場で「表現の不自由展」に反対するグループが同時期に展示を予定するなど様々な動きが出ている。事態はまだ予断を許さない状況だ(追記部分は6月21日執筆)

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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