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津田大介さんが会見で語った「表現の不自由展・その後」の「再開の条件」とは

篠田博之月刊『創』編集長
9月2日の外国特派員協会での津田大介さんの会見(筆者撮影)

 「表現の不自由展・その後」中止事件をめぐっていろいろな動きが起きている。9月2日に外国特派員協会で行われた津田大介さんと実行委員会の会見など大きな意味を持っていたといえるが、その内容に触れる前に、いま全体の状況はどうなっているのか俯瞰図を示しておこうと思う。

 一言で言えば、「あいちトリエンナーレ2019」問題は、いま第2幕に入っている。第1幕は、「表現の不自由展・その後」中止が8月3日に決定され、様々な抗議の声があがったけれど、愛知県としては何とか事態を収束させ、芸術祭全体を無事に運営させようと検証委員会を立ち上げて幕引きを図った、という8月下旬に至るまでの動きだ。

 検証委員会が発足することで、津田さんも実行委員会も調査・検証の対象になった。9月に中間報告が出て、最終報告が恐らく10月だろう。それまでには「あいちトリエンナーレ2019」が終了する。愛知県としては「表現の不自由展・その後」を中止にして安全を図り、芸術祭全体をつつがなく終わらせることを最重要課題にした。

海外作家らの反乱で事態は第2幕に

 しかし、それが思惑通りにいかなかったのは、「表現の不自由展・その後」以外の「あいちトリエンナーレ2019」出展作家から次々と抗議の動きが出始めたからだ。展示変更だけでなく展示を中止する作家もいるから、これがなだれを打って進行すると、芸術祭全体が崩れていくことになる。検証委員会が9月に作家や市民を交えての討論の場を設定したり、津田さんたちが展示中断に至った海外作家たちに会って話し合いを行っているのも、そういう崩壊に至りかねない動きを何とかして止めようという意思に基づくものだろう。

 最初に反応したのは韓国の作家だったが、現在までに抗議の意思表示をしている多くは中南米の作家だという。それらの国においては美術が検閲や弾圧にさらされており、そういうものと闘うことが芸術家として当然の反応なのだろう。今回も河村名古屋市長や維新などの政治家、菅官房長官らが相次いで展示内容に介入する発言を繰り返したことが展示中止のきっかけだから、彼らはそれを検閲的な動きと敏感にとらえたのだろう。

 そうした動きに呼応して日本の作家たちにも、「表現の不自由展・その後」中止について、これを現代美術に関わる問題としてとらえようという動きが始まっている。つまり愛知県としては問題になった「表現の不自由展・その後」という、全体から見れば1コーナーといってよい展示を中止することで収束を図ったのだが、それが現代美術のあり方を問うという、もっと大きなテーマに火をつけてしまったわけだ。それが現在、起きていることだ。「少女像」や「天皇像を燃やす」という話に端を発した事件は、今やもう少し大きなステージに至っていると言ってよいと思う。

 これが今後どういうふうに進展するか。このまま事態が収束していくのか、あるいは逆にもっと深刻な状況になっていくのか。予断を許さない状況だ。

津田さんが示した「再開」のための条件

 実行委員会はもちろん一貫して「表現の不自由展・その後」の再開を求めているわけだが、ここへ来て津田さん自身も再開についての話を強調し始めている。海外作家たちと個別の協議を精力的に行う過程で、海外作家たちから展示を再開するなら自分たちも納得するという意向が示されているからだろう。「あいちトリエンナーレ2019」全体をうまく着地させるためには、なんらかの形で「表現の不自由展・その後」を再開して芸術祭全体のフィナーレを飾ることはできないかというのを、全体の運営に関わるような立場の関係者が考え始めているのだろう。

実行委員会の会見。左からアライさん、岡本さん、小倉さん(筆者撮影)
実行委員会の会見。左からアライさん、岡本さん、小倉さん(筆者撮影)

 2日の会見で津田さんは、再開のための条件という話にも触れている。また9月4日には渋谷のロフト9のトークイベントに津田さんはサプライズで登場していろいろ話したのだが、大きな特徴は再開についての言及が明らかに増えていることだ。恐らく津田さん自身も意識的にそうしているのだろう。ただ無防備に再開宣言などしようものなら再び抗議が殺到するし、愛知県との擦り合わせも大きな課題で、そのあたりは状況をみながら手探りをしているという印象だ。

 ロフト9のイベントの後、津田さんと立ち話をする時間があったので、私は「もし再開できたらこれは歴史に残る出来事になるよ」と言った。何とかそれを実現してほしいと思うが、ただそれは簡単なことではない。何よりも多くの人が知恵を働かせ、意思を結集させる必要があると思う。

 さて今現在がそういう第2幕とも言うべき状況であることを踏まえて、9月2日の会見の中身に幾つか触れておきたい。なかなかすごいと感心したのは、会見の動画がたくさんアップされているだけでなく、例えばヤフーの「THE PAGE」のサイトが速攻で会見内容を全文文字起こしして公開するといった試みが見られることだ。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190902-00010003-wordleaf-soci

 関心が高くてニーズがあるからそうなるのだろうが、会見直後からウェブ上でいろいろな工夫をこらした発信がなされているのを見て、いささか驚いた。新聞やテレビのジャーナリズムではできなかったことだ。

 そんなふうに報じられている会見内容全文から、幾つか注意してみるべき点を指摘しよう。

 

実行委員会の会見を見守る津田さん(手前金髪。筆者撮影)
実行委員会の会見を見守る津田さん(手前金髪。筆者撮影)

 まずそもそも2日の会見が、最初に津田さんの会見、そして次に実行委員たちの会見と、同じ場所で別々に行われたことだ。この間の、津田さんと実行委員会の微妙な対立を見てきたものからするとさもありなんだが、そうでない人には奇妙に映るだろう。しかも津田さんの会見会場に実行委員メンバーは来ており、実行委員会の会見もまた津田さんが会場から眺めていた。普通に考えれば、なぜ一緒に会見しないのかという疑問が湧いて当然だろう。でもこの会見のあり方こそ、芸術監督と実行委員会の関係を象徴的に示していたと言えよう。

芸術監督と実行委員会が別々に会見

 津田さんは会見の中で、8月22日の私たちが開催した緊急シンポジウムでの実行委員メンバーの発言について、これは事実と違うなどと言及した。8月1日から脅迫が始まったのに、検証委員会報告によると警察への届けが受理されるまでに日数がかかりすぎている。小倉利丸さんが8月2日にそれを指摘して疑問を呈したのだが、津田さんは、それをサボタージュがあったかのように言うのは事実と違うと言明した。

 この一件については私もシンポを開催した者として会見で発言せざるをえなかったのだが、要は芸術監督と実行委員会の間でも個々の事柄についてこんなふうにディスコミュニケーションが生じているということだ。だからこの会見は、双方が同席する形でいろいろな事柄が解明されたという意味では大きな成果があったといえる。

 まず第1に、8月2日から3日の中止決定に至るまでにどんなやりとりがあったのかについて、この会見で初めて細かな経緯が明らかになった。具体的な内容は会見の文字起こしや動画で確認してほしいが、2日の深夜に津田さんから一度、中止の意向が伝えられた。しかし実行委員会が突っぱね、いったん白紙に戻されて再びやりとりがなされ、何往復かの後に、最終的に大村知事と津田さんが中止を決定して3日17時からの会見で発表した。中止決定が発表されたことは実行委員会には寝耳に水だが、津田さんにしてみれば幾つかのやりとりを経て、これはもう決断せざるをえないと判断したということのようだ。

 そして第2に、大量の抗議電話や脅迫について細かな分析が進められており、現状で判明したのは、抗議電話などがかなり組織的に行われていたことだという。組織的というのは何かひとつの組織がというのでなく、ネットを通じて指示が出回り、そのある種のマニュアルに沿って攻撃が行われたということだ。組織的な脅迫メールが発信元を隠すためにどんなことをやっていたかなど、細かい分析が行われているという。

 そのほかにも2日の会見で大事なポイントは幾つかあるが、割愛して最後に津田さんが、「表現の不自由展・その後」の再開について言及した部分を紹介しておこう。今後の展開をめぐって大事なポイントだ。

《津田 再開の可能性。これは多くの記者の方が聞きたいことだと思います。やはり、再開ができるとしても再開を目指すとしてもまずクリアしなければいけないことがたくさんあると思っております。脅迫のFAXの犯人は捕まりましたけれども、770通の大量の脅迫のメールのほう、こちらの捜査はまだ進展していません。

 また、実際にこれを再開するとなったらば、会場の一層の警備態勢の強化が求められると思います。強化をするときのコストをどのように負担するのかという問題も横たわっています。そして何より一番解決が難しいのは、この苛烈な電話抗議、脅迫、そしてまたおまえの名前は何だと名前を聞いて、聞いた名前をネットに、Twitterに書いてさらすといったこういった攻撃、この対策ということをどのように行えばいいのかということも考えなきゃいけません。

 そしてガバナンスの問題も含めた、この検証委員会の中間報告、これも僕は待つべきだと思います。先ほど岡本さんのほうから知事との協議ができていないというお話だったんですけれども、僕自身は「不自由展」の方々と協議を始めたいと思っています。そして「不自由展」の実行委員会だけではなくて、「不自由展」に参加された作家、実行委員会、そして「あいちトリエンナーレ」に参加している作家、ボイコットしている作家もボイコットしていない作家も含めた作家、そして何より愛知県民その他有識者等も含めたオープンなディスカッションの場を複数設けて、話し合いが必要だと思っています。

 これらを経て次の段階に進めるということ。ただし、やはり会期が残り限られているわけですから、このハードルをクリアするのが難しいということで、実質的に再開ができないのではないかというふうに報道するメディアもあれば、再開に向けて動いているというふうに考えるメディアもあるということ、これなかなか僕の立場では明言することもできませんし、また僕の一存で決めることもできないというところが非常に難しいところです。

 ただ、1つお伝えしたいのは、もともと僕はこの企画を2015年に見て非常に感動したんです。これをきちんとパブリックセクターで説明しながら議論のきっかけとしてやることに大きな意味があると思ってやったことなので、僕自身が75日間この企画を見たかったので、やはり3日で終わったということ、この結果にはまったく納得していません。だから、その意味ではきちんとこのハードルをクリアして会期中への再開を目指したいとは思っています。しかしそれに対して僕が今、明言することはできないという状況です。》

 関心ある方はぜひ動画を全部再生して見るか、起こしたものを全文読んでほしいと思う。

様々な動きが一気に進行しつつある 

 日々起きている動きを伝えるために多くの努力がなされている。

 例えばこの間の、「美術手帖」のウェブサイトは、海外作家たちの動きを逐一報告しており、かなり参考になる。

https://bijutsutecho.com/magazine

 8月22日に私たちが主催して500人近い人たちが参加して大きな集会が開かれたことは既にヤフーニュースでも報告した。

https://news.yahoo.co.jp/byline/shinodahiroyuki/20190824-00139607/

「表現の不自由展・その後」中止事件の作家たちが自ら声をあげた意味は大きい

 その内容に大幅加筆して総特集を組んだ月刊『創』10月号が9月6日に発売。ぜひ読んでほしい。

https://www.tsukuru.co.jp/gekkan/2019/09/201910.html

  その号の表紙写真は、8月3日、中止決定直後に展示現場にいたスタッフが少女像に「表現の不自由展・その後」の冊子を持たせた光景だ。あたかも少女像が中止決定に抗議しているように見えるそのシーンを綿井健陽さんが撮影した。

 ひとつの社会的事件をめぐってこんなふうに熱い議論や報道が継続されるケースも珍しいかもしれない。

 それだけこの問題が重要だということだろう。

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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