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新幹線殺人事件容疑者の追いつめられた末の犯行にあの事件を思い出した

篠田博之月刊『創』編集長
6月9日の事件は大きく報道された(筆者撮影)

 6月9日に起きた新幹線殺人事件は日本中に衝撃を与えた。新幹線の安全性といった問題に焦点が当たっているが、私としてはこれまで関わってきた幾つかの事件との類似性が気になった。

 それは最初に小島一朗容疑者の供述として報じられた「むしゃくしゃしてやった」「誰でもよかった」というステレオタイプなフレーズに象徴されている。通り魔的な殺人事件では必ずこのフレーズが出てくるのだが、これはそれぞれの事件の犯人が同じことを語っているというより、調書を書き取る警察官が、よく理解できない容疑者の話をパターン化されたフレーズに押し込めてしまうためだろう。

あるいは最初に報道された、容疑者が発達障害だったという言葉も、これは母親が語ったコメントからとられたものだが、実態はよくわからないまま病名が独り歩きし始めている感がある。

 引きこもり、不登校、親との確執、家出、自殺願望、そしてそれが他者ないし社会への攻撃に向かう。母親は「自殺することはあってもまさか他殺するなんて思いも及びませんでした」と語っているが、自殺を覚悟した人間が他殺に向かう事件はこれまで何度もあった。引きこもりの末に他人を殺害して死のうと考えたという土浦事件の金川真大元死刑囚(既に執行)の犯行もその文脈だった。

 今回の事件で特徴的だったのは、事件直後から父親と祖母が積極的にマスコミの取材に応じたことだ。『週刊文春』6月21日号で父親は、なぜマスコミの取材に応じているのかと問われ、こう答えている。

 「取材を受けることが僕の贖罪です。親の責任として受けた」

 父親が語った息子との関係は、彼が実の子を「一朗君」と他人のように語ったことが、家族が崩壊していたことを象徴していた。ただ、それを語ることが親としての社会的責任と語る父親には、敬意を表すべきだと思う。私が12年間もつきあった埼玉連続幼女殺害事件の宮崎勤元死刑囚の父親は投身自殺を遂げたし、今面会を続けている相模原障害者殺傷事件の植松聖被告の親はいっさい取材に応じていない。親が社会から激しく責任を問われ、死ぬしかないような状況に追い込まれるのが、日本での凄惨な事件の多くのケースだ。今回の事件でも『週刊文春』の記事によると、母親は知人に「私は生きていていいですか」と漏らしているという。

 そういう日本社会の現状で、今回の事件の父親と祖母があれだけ取材に応じているのは、ある意味で異例なことだし、事件の解明のためには大きな意味があることだと思う。父親の語り口や息子を他人のように語ることに当初、批判も起きたようだが、その父親の語り方そのものも、この事件を考える重要なカギだと思う。

 私が今回の事件で思い起こしたのは2012年から13年にかけて起きた「黒子のバスケ」脅迫事件だ。殺人にこそ向かわなかったが、自分自身と自分が置かれた状況に絶望して死のうと思い、その際に他者に一太刀浴びせて死のうと、社会的成功者のシンボルである人気マンガ家への脅迫という犯罪を執拗に行った。もちろん今回のとは別の事件だから相違点はたくさんあるが、「黒バス脅迫事件」の渡邊博史受刑者の冒頭意見陳述を読み返してみると、今回の事件を考えるヒントがつまっているように思える。

 当時、この冒頭意見陳述は、死を覚悟すれば何でもやれると思い立った「無敵の人」が今後増えていくという社会への警告として大きな反響を呼んだ。

 その犯人が逮捕前から私宛に手紙を送ってきたことが縁で、私は彼の裁判での陳述を、公判ごとにヤフーニュースにアップし、事件の持っている社会的意味を提起していった。その全貌と犯行の詳細は『生ける屍の結末 「黒子のバスケ」脅迫事件の全真相』(渡邊博史著/創出版刊)という本にまとめられているからご覧いただきたい。ここではその冒頭意見陳述の主要な部分を紹介しておこう。

「何かに復讐を遂げて自分の人世を終わらせたい」という動機

 《動機について申し上げます。一連の事件を起こす以前から、自分の人生は汚くて醜くて無惨であると感じていました。それは挽回の可能性が全くないとも認識していました。そして自殺という手段をもって社会から退場したいと思っていました。痛みに苦しむ回復の見込みのない病人を苦痛から解放させるために死なせることを安楽死と言います。自分に当てはめますと、人生の駄目さに苦しみ挽回する見込みのない負け組の底辺が、苦痛から解放されたくて自殺しようとしていたというのが、適切な説明かと思います。自分はこれを「社会的安楽死」と命名していました。

 ですから、黙って自分一人で勝手に自殺しておくべきだったのです。その決行を考えている時期に供述調書にある自分が「手に入れたくて手に入れられなかったもの」を全て持っている「黒子のバスケ」の作者の藤巻忠俊氏のことを知り、人生があまりに違い過ぎると愕然とし、この巨大な相手にせめてもの一太刀を浴びせてやりたいと思ってしまったのです。自分はこの事件の犯罪類型を「人生格差犯罪」と命名していました。》

 《自分の人生と犯行動機を身も蓋もなく客観的に表現しますと「10代20代をろくに努力もせず怠けて過ごして生きて来たバカが、30代にして『人生オワタ』状態になっていることに気がついて発狂し、自身のコンプレックスをくすぐる成功者を発見して、妬みから自殺の道連れにしてやろうと浅はかな考えから暴れた」ということになります。これで間違いありません。実に噴飯ものの動機なのです。

 しかし自分の主観ではそれは違うのです。以前、刑務所での服役を体験した元政治家の獄中体験記を読みました。その中に身体障害者の受刑者仲間から「俺たち障害者はね、生まれたときから罰を受けているようなもんなんだよ」と言われたという記述があります。自分には身体障害者の苦悩は想像もつきません。しかし「生まれたときから罰を受けている」という感覚はとてもよく分かるのです。自分としてはその罰として誰かを愛することも、努力することも、好きなものを好きになることも、自由に生きることも、自立して生きることも許されなかったという感覚なのです。

 自分は犯行の最中に何度も「燃え尽きるまでやろう」と自分に向かって言って、自分を鼓舞していました。その罰によって30代半ばという年齢になるまで何事にも燃え尽きることさえ許されなかったという意識でした。人生で初めて燃えるほどに頑張れたのが一連の事件だったのです。自分は人生の行き詰まりがいよいよ明確化した年齢になって、自分に対して理不尽な罰を科した「何か」に復讐を遂げて、その後に自分の人生を終わらせたいと無意識に考えていたのです。ただ「何か」の正体が見当もつかず、仕方なく自殺だけをしようと考えていた時に、その「何か」の代わりになるものが見つかってしまったのです。それが「黒子のバスケ」の作者の藤巻氏だったのです。ですから厳密には「自分が欲しかったもの」云々の話は、藤巻氏を標的として定めるきっかけにはなりましたが、動機の全てかと言われると違うのです。

 自分が初めて自殺を考え始めてから今年がちょうど30年目に当たります。小学校に入学して間もなく自殺することを考えました。原因は学校でのいじめです。自分はピカピカの1年生ではなくボロボロの1年生でした。この経緯についてここで申し上げても詮ないので、詳細については省略します。自分を罰し続けた何かとは、この時にいじめっ子とまともに対応してくれなかった両親や担任教師によって自分の心にはめられた枷のようなものではないかと、今さらながら分析しています。

 自分は昨年の12月15日に逮捕されて、生まれて初めて手錠をされました。しかし全くショックはありませんでした。自分と致しましては、「いじめっ子と両親によってはめられていた見えない手錠が具現化しただけだ」という印象でした。

 自分は犯行の最終目標を「黒子のバスケ」の単行本とその他の関連商品全ての販売中止とアニメの放映の中止と関連イベントの中止と定めていました。ただし永久に脅迫を続けることもできませんから、それを一瞬でも達成できたら、犯行終結宣言を出して、事件を終わらせようと思っていました。「黒子のバスケ」が自分の人生の駄目さを自分に突きつけて来る存在でしたので、それに自分が満足出来るダメージを与えることで自分を罰する「何か」に一矢報いたかのような気分になりたかったのです。それを心の糧に残りの人生を無惨に底辺で生きて行くなり、自殺して無惨な人生を終わらせるなりしようと思っていました。ですから自分はとても切実な動機で事件を起こしているのです。いじめられっ子である自分が、いじめっ子の「黒子のバスケ」の暴力から必死になって逃れようとしていたというのが、自分の主観的な意識です。》

「覚悟して事件を起こしたから反省はないが責任はとりたい」

《これだけの覚悟をして事件を起こしたのですから、反省はありません。反省するくらいでしたら、初めからやりません。また謝罪も致しません。もし謝罪するのでしたら、それこそ尾てい骨の奥から罪悪感がとめどもなくあふれ出て来て、全身から力が抜け、目の前が真っ暗になって、前後不覚に陥るような状態にならなければ、謝罪しても意味がないと考えます。残念ながら、自分は逮捕されてからそういう心理状態に一瞬たりともなったことがありません。自分はサイコパスと呼ばれるタイプの人間なのかもしれません。あと自分の犯罪の力が足りず「黒子のバスケ」というコンテンツに大してダメージを与えられなかったと自分は思っているからです。

 ただ責任は取りたいと思っているのです。反省・謝罪と責任は違います。》

《自分としては、犯罪によって一生をかけても払いきれない損害を生じさせたら、それはもう首を吊るしかないと考えております。実刑判決を受けて刑務所での服役を終えて出所して、できるだけ人に迷惑をかけない方法で自殺します。また自分の死が広く伝わるような手段も取ります。やはり「犯人が死んだ」という事実は、自分が起こした犯罪によって迷惑を被った方々に対して一定の溜飲を下げさせる効果はあるでしょうし、何より再犯がないと安心して頂けると思うのです。自分にはこのようにして「感情の手当」を行うしか責任を取ることができません。ただ同時に、自分の命の価値など絶無であって、自分の死も大して意味がないことも充分に理解しております。

 自殺についてですが、自分は自己中心的な動機でも自殺したいのです。自分の連行に使用される捕縄を見るたびに首を吊りたくなります。この瞬間でも自殺させて頂けるのでしたら、大喜びで首を吊ります。動機も男として最もカッコ悪い種類の動機ですし、それが露見してしまったので、もう恥ずかしくて生きていたくないのです。それに自分は「負けました」と言って自分の人生の負けの確定を宣言したのです。つまり自分の人生は終わったのです。それなのにまだ生き永らえていることに我慢がならないのです。留置所と拘置所と刑務所は自殺が禁止された空間です。自分は下されるであろう実刑判決の量刑の長さを「自殺権を剥奪され、自殺をお預けにされる期間」と理解します。》

「失うものが何もないから罪を犯すことに抵抗もない」

 《いわゆる「負け組」に属する人間が、成功者に対する妬みを動機に犯罪に走るという類型の事件は、ひょっとしたら今後の日本で頻発するかもしれません。》

 《そもそもまともに就職したことがなく、逮捕前の仕事も日雇い派遣でした。自分には失くして惜しい社会的地位がありません。

 また、家族もいません。父親は既に他界しています。母親は自営業をしていましたが、自分の事件のせいで店を畳まざるを得なくなりました。それについて申し訳ないという気持ちは全くありません。むしろ素晴らしい復讐を果たせたと思い満足しています。自分と母親との関係はこのようなものです。他の親族とも疎遠で全くつき合いはありません。もちろん友人は全くいません。》

 《そして死にたいのですから、命も惜しくないし、死刑は大歓迎です。自分のように人間関係も社会的地位もなく、失うものが何もないから罪を犯すことに心理的抵抗のない人間を「無敵の人」とネットスラングでは表現します。これからの日本社会はこの「無敵の人」が増えこそすれ減りはしません。日本社会はこの「無敵の人」とどう向き合うべきかを真剣に考えるべきです。また「無敵の人」の犯罪者に対する効果的な処罰方法を刑事司法行政は真剣に考えるべきです。》

 今回の新幹線殺人事件の容疑者が、どんどん追い詰められ、犯行に向かうプロセスを報道で見ながら、こういう事件を防ぐために、この社会は何をすべきなのだろうか、と考えざるをえない。捜査の進展とともに事件がきちんと解明されていくことをぜひ願いたいと思う。

 なお「黒子のバスケ」脅迫事件については、ヤフーニュースの下記をご覧いただきたい。あまりに記事の本数が多いので主なものだけ挙げておく。服役中の渡邊史受刑者の著書も紹介しておこう。

https://news.yahoo.co.jp/byline/shinodahiroyuki/20131022-00029127/

「黒子のバスケ」脅迫犯から私に届いた手紙

https://news.yahoo.co.jp/byline/shinodahiroyuki/20131023-00029155/

「黒子のバスケ」脅迫犯から届いた2通目の手紙

https://news.yahoo.co.jp/byline/shinodahiroyuki/20140313-00033522/

『黒子のバスケ』脅迫事件初公判で渡辺被告が主張した犯行動機

https://news.yahoo.co.jp/byline/shinodahiroyuki/20140315-00033576/

「黒子のバスケ」脅迫事件の被告人意見陳述全文公開1

https://news.yahoo.co.jp/byline/shinodahiroyuki/20140718-00037501/

「黒子のバスケ」脅迫事件 被告人の最終意見陳述全文公開

「生ける屍の結末」渡邊博史著
「生ける屍の結末」渡邊博史著
月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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