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レスリング伊調選手のパワハラ騒動をわかりにくくしているメディアの責任

篠田博之月刊『創』編集長
リオ五輪での伊調馨選手と栄監督(写真:Enrico Calderoni/アフロスポーツ)

 女子レスリングの伊調馨選手へのパワハラ問題が騒動になっている。週刊誌界が真っ二つに分かれて代理戦争の様相を呈しているのだが、それも含めてこの騒動の報道のありようは、いろいろなことを考えさせる。

 騒動の発端は、3月1日発売の『週刊文春』3月8日号が「伊調馨悲痛告白『東京五輪で5連覇は今のままでは考えられない』」と告発したことだった。

 もともと1月に内閣府に告発状が出されていたのだが、提出した弁護士が同誌に語ったところによると「内閣府は『参考にする』と言うのみで、一カ月以上経っても調査に動く気配すらありません」。恐らく、それゆえ告発状を提出した側が週刊誌に話を持ち込んだのだろう。

 『週刊文春』は伊調選手のコメントはもちろん、告発された栄和人氏のコメントもとり、「週刊文春デジタル」にはその動画も流した。

 記事によると、伊調選手はアテネ五輪、北京五輪を連覇した後の2009年、恩師である栄氏のもとを離れて自分なりの練習を行うようにした。それが栄氏のメンツを潰したととられ、パワハラを受けるようになった。今は練習の場所も確保できない状態だという。一方、栄氏はパワハラを全面否定。双方の主張は真っ向から食い違っている。  

 『週刊文春』は翌週3月15日号で「伊調馨告発第2弾『パワハラかどうか、“加害者”が決めるのはおかしい』」と続報を掲載。伊調選手は、日本レスリング協会を加害者側だと批判した。

「週刊文春」と「週刊新潮」が対立。著者撮影
「週刊文春」と「週刊新潮」が対立。著者撮影

 騒動がやや複雑になったのは、ライバル誌『週刊新潮』が3月15日号に「パワハラ騒動に栄和人強化本部長が反論!『私は伊調の従兄弟に謀られた』」という記事を掲載し、告発に対する栄氏の全面反論を展開したからだ。

 それによると、今回告発に関わったのは日体大OBで、女子レスリング界で一強体制を誇る栄氏のいる至学館に日体大勢が揺さぶりをかけているのだという。また騒動の仕掛け人は伊調選手の従兄弟という男性で、いわくつきの人物だと批判している。『フライデー』3月23日号も「栄和人監督に仕掛けられたワナ」と題して同様の見方を記事にした。

 対する『週刊文春』は3月22日号で「栄氏の教え子からの『#MeToo』の声が続々寄せられた」として、暴行を受けたという他の選手たちの証言を掲載している。一方、『週刊新潮』や『フライデー』は相変わらず全く逆の立場から続報を行っている。週刊誌界が二つに別れて、双方の代理戦争のような状態が続いているのだ。

 

 今回のパワハラ騒動は、昨年の大相撲暴行事件に構図がやや似ている。日馬富士の暴行を受けたとして告発を行った貴乃花親方は、相撲協会の体質そのものに問題があるとして協会に非協力の態度を取り続けた。

 その騒動が不幸な結末をたどったのは、新聞・テレビがその後も基本的に相撲協会側の主張を報じるという対応をとり続けたことだ。一方の当事者である可能性が高い協会の主張をマスコミが増幅することで、結果的に貴乃花親方を追いつめることになっていった。

 貴乃花親方の主張は週刊誌を通じて伝えられたから、結果的に新聞・テレビと週刊誌の報道とが著しく乖離していった。今回のパワハラ騒動は、伊調選手が協会も加害者だと批判していることもあって、新聞・テレビは多少、協会に距離を置いた報道をやっている。どちらの主張を紹介するのにも消極的になっているため、報道そのものが先細りになっているのだ。

 考えてみれば、大相撲暴行事件だけでなく、眞子さま結婚延期騒動も、今回のレスリングパワハラ騒動も、新聞・テレビが、何が問題なのか双方の主張を取り上げつつ解説をするという機能を果たしていない。眞子さま結婚延期騒動など、そもそも新聞・テレビは宮内庁の発表内容を伝えるだけで、週刊誌で報じられたような内容にいっさい触れようともしていない。その結果、騒動がわかりにくいまま放置されてしまう結果になっているといえる。

 結論的に言えば、どうも最近のこういう状況は、新聞・テレビなど大手マスコミの力が弱くなっていることの反映と思えてならない。発表内容を伝えるだけでなく、その背後で何が起きているのか、独自に取材して解説するといった機能を、以前はもう少し新聞・テレビが果たしていたような気がするのだ。 

  『週刊文春』の最初の記事で評論家の玉木正之氏が、伊調選手のパワハラ問題は、師匠と弟子という古い感覚が日本スポーツ界の悪しき伝統になっていることが背景にある、と解説していた。たぶんマスコミのすべきことは、今回の告発をきっかけに、そういう背後にある問題を提示することなのだと思う。そういう役割がこの間、幾つかの騒動について全く果たせていないのはどういうことなのかと思ってしまう。

 膠着状態になりつつある今回のパワハラ騒動だが、メディアの果たすべき役割はもっとあるのではないかと思う。

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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