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「松居一代劇場」はスキャンダルジャーナリズムに予想外の影響を及ぼすかもしれない

篠田博之月刊『創』編集長

夫・船越英一郎さんへの復讐劇とも言うべき女優・松居一代さんのブログや動画を使っての一連の暴露騒動、いわゆる「松居一代劇場」がピークに達しつつある。動画にバックに音楽を入れるなど劇場の演出自体は高度化しているのだが、一方で第三者の手紙を差出人の実名も含めて公開してしまうといったやり方に、度を超えていると反発する声が増えている。さらに彼女が動画で非難していた『週刊文春』『女性セブン』などの週刊誌も、7月13日発売号で「松居一代『虚飾の女王』」(週刊文春7月20日号)「松居一代がひた隠す『7つの嘘』」(女性セブン7月27日号)などと、松居批判を鮮明に打ち出している。今後は松居さんに逆風が強まっていくのだと思う。

ただ、この騒動、少し視点を変えてみると、スキャンダルジャーナリズムに結構大きな波紋を投げた気がしないでもない。これまで週刊誌、スポーツ紙、ワイドショーによって形成されてきた芸能マスコミが今後考えるべき問題点を提示したような気がするのだ。

「松居一代劇場」について簡単にたどっておこう。というのも、松居さんのブログや動画など専らネットを見てこの騒動に入っていった人たちと、週刊誌やスポーツ紙など既存メディアから入っていった人の間で、意識のズレがあるような気がするからだ。

松居さんがブログで船越さん断罪を始めるのは6月27日から、動画を使い始めたのは7月4日からで、それをスポーツ紙やワイドショーが取り上げることで騒動に火が付いた。

そもそもの発端は4月に松居さんが自殺を図るため、別居していた夫の船越さんの家に入ったところ、2冊のノートを発見したのがきっかけだった。松居さんが後に「恐怖のノート」と呼ぶそれを読んで、彼女は「死んでる場合じゃない」と思ったという。夫が不倫をし、相手女性と一緒に松居さんの財産を奪い取ろうとしていることがわかったというのだ。

そこで松居さんは5月に『週刊文春』編集長に手紙を書いて夫の不倫のネタを持ち込んだ。そして記者とともに不倫相手とにらんだ知人女性がいるハワイに渡って取材を敢行。しかし、確証は得られなかった。      

『週刊文春』は船越さん側にも取材して、結局7月6日発売の7月13日号に「船越英一郎が松居一代に離婚調停全真相」という記事を掲載。同日発売の『女性セブン』7月20日号も「松居一代へ船越英一郎が突きつけた離婚調停申立書」と、両誌が6月28日に船越さんによって離婚調停申立がなされた事実を報じたのだった。離婚申し立ての理由が松居さんによるDVだという説明もなされていた。

松居さんも夫の動きを知っており、それに対抗して不倫疑惑を告発しようとしたのに、いわば週刊誌に意に反した記事を出されたというわけだ。松居さんは、『週刊文春』校了日の4日、事前に内容を教えるという約束がなされていたとして編集部にアプローチしたのだが、それを拒否され、「『週刊文春』は私をだました」と動画で激しく非難したのだった。

その後、松居さんは動画を次々と公開し、それがテレビなどで紹介されることで反響を拡大していった。『週刊新潮』7月20日号によると、動画は、松居さんの息子の友人で、ベンチャー企業で映像クリエイターを務めている人物が制作していたという。

その人物の家に松居さんは身を寄せていたようだが、『週刊新潮』が嗅ぎつけて直撃。松居さんが早朝、コンビニに買い物に出た姿を隠し撮りして掲載した。居場所をつきとめられたことを知って、松居さんは既にその家を後にしたという。報道によると、それを通じて、動画を制作する「松居チーム」もメンバーが変わったらしい。

ちなみに松居さんの言う「恐怖ノート」の中身が騒動の核心のひとつだが、『週刊文春』7月20日号は「松居一代『虚飾の女王』」と題する記事で、その中身に具体的に言及している。このノートはいわば船越さんのスケジュール帳で、会う予定の相手がNなどのイニシャルで書かれているのだが、それが松居さんが夫の不倫相手と目する女性のイニシャルと同じであるため、松居さんはストレートに女性との密会と解釈してしまう。しかし、『週刊文春』によると、それは主観的な読み込みであって、決して不倫の確証にはなっていないというわけだ。そして結論として、『週刊文春』は、「恐怖ノート」の記述は不倫の証拠と言えるようなものではないと書いている。

船越さんと意を通じてこれまで自分を付け回していた、と松居さんが動画で非難していた『女性セブン』も、7月27日号で「松居一代がひた隠す『7つの嘘』」と題して、松居さんの受け止め方はかなり思い込みによるもので事実に反すると、具体的事例をあげて反論している。

スポーツ紙なども、松居さんが不倫の証拠として船越さんのパスポートまで持ち出していることなどを批判的に報じるなど、既存メディアにおいては松居さんに逆風が吹き始めている。

「松居一代劇場」に対して既存メディアでは明らかに逆風が吹き始めているのだが、冒頭にこの騒動の影響について言及したのは、夫の不倫疑惑を妻や場合によっては不倫相手の女性が週刊誌に持ち込むというこれまでのパターンがうまくいかなかったために、松居さんが独自のメディアで発信を始めた、というこの経緯だ。スキャンダルを週刊誌に持ち込んで公開するという流れが頓挫したことで、今回は従来と異なる展開をたどり、しかもそのネットでの暴露をワイドショーが取り上げ拡散していくという形で爆発的な広がりを見せた。

この回路がもし、今後も繰り返されるようになると、スキャンダルジャーナリズムのあり方を変えるかもしれない気がするのだ。今回は松居さんの周辺にたまたまネットに精通し、彼女のコンテンツをメディアに載せる役割を担う人がいたために、それが成功したのだが、そういう環境というのは、昔ほどハードルが高くなくなっているように思う。

実は週刊誌の側も、そういう環境ができつつあることは自覚しており、それゆえに『週刊文春』『週刊新潮』もそうだし、小学館の「NEWSポストセブン」にしても、従来は紙の誌面で専ら公開していたコンテンツをどうネットと組み合わせて展開していくか、本格的に考えるようになった。かつてはネットはあくまでも誌面のPRという位置づけで、スクープもせいぜい紙の雑誌の発売1日前にネットに上げていたのだが、最近は発売2日前の校了日には速報を打つことが珍しくなくなった。動画との連動ももちろん研究されている。

今回は松居さんが『週刊文春』とトラブったことで、結果的にそうした週刊誌の力を借りることなく「松居一代劇場」が展開されていった。これは、もしかするとスキャンダルジャーナリズムにとって、象徴的なことかもしれない。もちろん今回は、松居さんが名誉毀損で提訴されることも恐れず、失うものは何もないとばかり「無敵の人」状態になっていたことなど特殊な事情が多い。しかし、従来のスキャンダルと違った回路ができたことの意味は小さくないような気がするのだ。

同時に考えねばならないのは、既存メディアが長い歴史で形成してきた、プライバシー侵害や名誉毀損に対する距離の取り方や、裏とりによって情報に客観性を付与するといったシステムが、「松居一代劇場」では作動しないことになった。このことの持つ意味も小さくない。「松居一代劇場」の破壊力や突破力は、そうしたこととの諸刃の剣でもあった。

たぶんこれから松居さんのやり方に対する反発が高まり、松居劇場にブレーキがかかっていくと思うのだが、それも含めて今回の騒動、考えてみるべき問題は多いような気がするのだ。

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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