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『君の名は。』大ヒット後も続く劇場アニメブームは何を意味するのか

篠田博之月刊『創』編集長
大ヒット『君の名は。』C2016「君の名は。」製作委員会

2016年は劇場アニメ映画のヒットが目立った年だった。何と言ってもすごかったのが『君の名は。』で、興行収入が2017年3月21日現在で247億円。『千と千尋の神隠し』の308億円に次いで日本映画史上歴代2位の記録を打ち立てた。しかも、公開から半年たった今でも公開されており週ごとの興収ベスト10に入ったりしている。驚異的な実績なのだ。

その後、公開されたマンガ原作の劇場アニメ『聲の形』もヒット、さらにこれもマンガ原作の『この世界の片隅に』も異例の大ヒットとなっている。『この世界の片隅に』は、これまで子どもが対象とされたアニメには難しいとされた戦争をテーマにしたもので、それがこれほどヒットしたのは、アニメをめぐるこれまでの常識を塗り替えたとも言われている。

その後、2017年に入ってからも、『ドラえもん』『名探偵コナン』などの劇場アニメが大ヒットしているだけでなく、『モアナと伝説の海』『SING/シング』などのディズニーアニメも予想を超えるヒット。これは世界的な傾向なのだという。

一方で、テレビアニメはゴールデン帯からどんどん撤退しつつある現実もある。この何年か、キッズ向けのアニメは、フジテレビの『ONE PIECE』や日本テレビの『アンパンマン』など、ゴールデンタイムや夕方枠から次々と撤収し、午前の時間帯へ移っていった。  

そうした流れを象徴する出来事が最近話題になった。毎日放送/TBS系が日曜午後5時に設けていたアニメ枠、いわゆる「日5(ニチゴ)」が廃止になったのだ。この枠は全国放送でクオリティも高く、アニメファンからは高い評価を得ていた。これまで放送された番組も『マギ』『ハイキュー!』『七つの大罪』『アルスラーン戦記』『僕のヒーローアカデミア』など強力なラインナップで、「日5」でアニメ化されるとヒットすると言われてきた。

そのアニメファンに定評のあった枠が突然廃止された。そして2016年4月からその「日5」で放送されていた『僕のヒーローアカデミア』の第2期が何と、読売テレビ/日本テレビ系の土曜夕方にこの4月から放送されることになった。アニメの1期と2期が異なる局から放送されるという、これは極めて異例の事態だった。

いったいアニメをめぐって、いまどんな事態が起きているのか。

発売中の月刊『創』5・6月合併号「マンガ・アニメ市場の変貌」は、マンガのデジタル化や映像メディアとの連動や、アニメをめぐる最近の動向について50ページにも及ぶ特集を掲載したものだが、ここではその中から劇場アニメをめぐる動きについて紹介しよう。

『君の名は。』興収目標20億の映画が250億になった背景とは

まずは『君の名は。』を製作した東宝の市川南取締役に話を聞くことにした。新海誠監督は根強いファンも抱えていたから、『君の名は。』はもちろん東宝としても期待していた作品だが、そうはいってもこれだけの大ヒットは予想していなかったという。

「私たちは興収目標を20億と立てていました。20億でもりっぱなヒットですよ。でも実際は最終的に250億まで行きそうです。

今となっては後付けでここが良かったといった感想を多くの人が語っていますが、昨年は公開時期についても私たちはもう少し弱気で、アニメ映画の競争が激しい夏休みを避けて6月か9月にしてはどうかといった協議をしていました。

実際には結局、8月末公開にしたのですが、最初は20代前後の、アニメを日常的に見ている人が足を運んでくれて、それがティーンエージャーに広がり、その後、キッズからシニアまで全世代に広がりました。宮崎アニメやディズニーアニメなどと同じ客層の広がりですね」

新海監督と東宝の関わりは前作の『言の葉の庭』からだが、『君の名は。』は公開も300館で、前作に比べると東宝としても大きな取り組みをしたといえる。

「新海監督はコミックス・ウェーブ・フィルムという会社を川口典孝さんというプロデューサーと、もう十数年もの間、二人でずっとやり続けてきたんです。前作の『言の葉の庭』は公開館数も少なく、興収1億5000万でしたが、東宝の映画企画部の川村元気プロデューサーが企画を進めていき、『次はもうちょっと大きくやりましょう。10倍は行かせないと』 『じゃあ、15億を目指そうか』と話していたんです。それまで関わっていた映像事業部だけでなく、公開規模の大きい作品を手掛ける映画営業部が配給を担当しました」(市川取締役)

前作の10倍という、当時としては大きな目標を掲げたものの、実際にはさらにその10倍以上の興収になったわけだ。その背景には劇場アニメをめぐる環境の変化もあったという。

アニメ映画の客層が一気に拡大したという世界的な傾向

「アニメ映画の客層が広がったというのは昨年指摘されましたが、実は以前からそうだったのが顕在化したということかもしれません。

特に昨年、異例だったのが『この世界の片隅に』で、シニアのお客さんがあれだけ足を運んだというのは画期的だったと思います。考えてみればジブリアニメは全世代が永年観てきた訳ですから、今のシニア層はアニメと実写を区別なく楽しむ時代になっているわけなんですね」(同)

劇場アニメが活況を呈しているというのは、そのほか『ドラえもん』や『名探偵コナン』が興収記録を塗り替えていることでもわかる。

「確かに昨年は『ドラえもん』が36作目で興収41・2億、『名探偵コナン』が20作目で63億と、いずれも新記録でした。シリーズ20年を超えた映画がもう一度数字が上がっているということで、自分が子どもの頃に観たものに親になってもう一回、子どもを連れて行っている、二世代目に入っている、ということでしょうね。それと『名探偵コナン』などは中高生で来ていた人が大人になっても卒業せずに、ずっと観に来てくださっている。そういう現象が起きているんです。

そういうファミリー向けのアニメだけでなく、アニプレックス配給の『ソードアート・オンライン』なども2月に公開して興収20億を超えるヒットです。もうマニア向けアニメとは言えないでしょうね。

洋画のアニメについても、3月公開の『モアナと伝説の海』『SING/シング』も大ヒットしています。『アナと雪の女王』をピークに、子ども向けというよりデートで行く映画になっています。アニメを見る層がそれだけ拡大しつつあるというのは世界的傾向のようですね」(同)

アニメにとって追い風なのは、日本のアニメが海外でも定評があり、大きなビジネスになりつつあることだ。『君の名は。』も海外展開が成功したという。

「海外でも126カ国に配給しました。公開した日本を含むアジアの6カ国でそれぞれ興収1位を記録しています。中国、韓国、台湾などですね」(同)

以前から『少年ジャンプ』作品を筆頭に、テレビのアニメシリーズが海外でも大きな人気を博している。

「東宝も映像事業部内のTOHO animationが製作を手がけています。代表的なのは『僕のヒーローアカデミア』と『ハイキュー!』ですね。両方『少年ジャンプ』原作ですけれど、そういう番組は海外でもよく売れ、社内でも急成長部門になっています」(同)

昨年、日本映画の大ヒットといえば『君の名は。』と『シン・ゴジラ』で、両方とも東宝の自社制作なのだが、ゴジラは今年、劇場アニメが公開予定だという。

アニメ界の常識を覆した『この世界の片隅に』

こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会
こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会

昨年異例の大ヒットとなったもうひとつの劇場アニメが『この世界の片隅に』だ。『君の名は。』の興収には及ばないが、もともと3億を目標としていたら10億を超えるヒットとなった。アニメで戦争をテーマに掲げるという、それまではヒットするとは思われていなかった常識を覆したという点で特筆すべきケースといえる。

真木太郎プロデューサーの話の一部を紹介しよう。

「プロデューサーというのは基本的に資金を集めるのが仕事ですが、僕のところに話が来たのは2013年1月でした。そこから1年半くらいはなかなかうまくいかず、2014年秋頃に、もうこれは腹くくってやるしかないと思ってクラウドファンディングを立ち上げました。

当時はまだクラウドファンディングも今ほど知られていなかったので、とりあえず目標2000万円を掲げて始めたのですが、それが8日間で集まってしまった。支援してくれる人がそんなに多くいることを知って、これは何とかなるんじゃないかと思いました。映画館でもテアトル新宿と渋谷のユーロスペースが、映画が出来上がってもいないのに『自分の劇場にかけたい』と言ってくれました。

最初に支援してくれたのは、原作のこうの史代さんのファン、片渕須直監督のファン、これは間違いないんですが、それだけでこんなに集まるのかな、と当時不思議でした。クラウドファンディングは3月から5月までで終わり、7月頃に、監督のトークがあったりするイベントをやったんです。3374人の支援者の中の1000人ぐらいが来てくれたのですが、どうも、こうのさんファン、片渕ファン以外の人がいる感じがしました」

「映画は昨年9月に完成して11月公開でしたが、テアトル新宿は連日立ち見で『入れない』と評判になりました。63館のスタートで宣伝費も6000万でしたから、TVスポットはほとんど打てないんですが、SNSでのつぶやきが爆発的になって、どんどん口コミが広まっていく。今年1月7日時点で公開は200館近くになっており、300館を超える勢いでした」

「コアなアニメファンというのは、実はあまり来ていないですね。コアなアニメファンというのは、ファンタジーだったりロボットだったり、いわゆる萌え系だったり、そういうものに惹かれていく要素があるわけですが、この映画にはそういう要素がありません。お客さんは幅広い層がまんべんなく来ていますが、中心は30代、40代、50代じゃないでしょうか。60代のシニアも10%弱います。

もちろん戦争が背景になっているのですが、僕らはあまり『戦争映画』とか『反戦映画』とかって言い方はしていないんです。ファンの心を捉えたのはやっぱりすずさんという主人公の日常ですよね。どんな世代でも心の中にある不安とか期待とか喜びといった琴線にうまく触れたんだと思います」

「僕たちのもともとの目標は興収3億円だったんです。『10億行ったら奇跡だね』『目指せ、奇跡の10億』なんて言っていました。実際には既に10億を超えています。ただあまり興収のことを言うのはこの映画にそぐわないと思い、動員数を言うようにしています。『100万人超えた』とかですね」

大人がアニメを観に映画館へ大勢足を運ぶという光景は、従来は考えられなかった。その意味では興収は『君の名は。』に及ぼないとしても、『この世界の片隅に』がアニメ映画の歴史にもたらした影響は極めて大きいといえよう。映画を観に行った大人たちは、アニメを観るというより、戦争をテーマにした感動的な映画が公開されているという評価を聞いて足を運んだのだろう。今の日本社会が何やらきな臭い方向、息苦しい方向へ向かっているのではないかという気持ちが恐らくこの映画の評判を波及させたのだろう。その意味でもこの映画のヒットは特筆すべきと言えよう。

前述したように劇場アニメとテレビアニメは少し異なる状況だが、テレビアニメについても映画など他のメディアとの連動が活発に行われるようになっている。特にフジテレビやテレビ東京などのアニメの展開は戦略的だ。それらのテレビ局のアニメ事業の責任者の話なども加えた『創』のレポートの全文を下記のヤフー雑誌に公開している。関心ある方はぜひそちらもご覧いただきたい。

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170508-00010000-tsukuru-soci&p=1

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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