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千葉県の女児殺害事件報道に、あの奈良女児殺害事件と同じ危うさを感じる

篠田博之月刊『創』編集長

逮捕された容疑者が、殺害された女児の小学校の保護者会会長だったという事実に多くの人が衝撃を受けた千葉県の女児殺害事件だが、最近の報道を見ていると何とも危うさを感じるので、ここで敢えて問題提起をしておきたい。

というのも私は2004年に起きた奈良女児殺害事件の小林薫死刑囚(既に執行)と深く関わった経緯があり、今回の事件報道がその時と似通っているからだ。逮捕された容疑者が小児性愛者であることを強く匂わす報道がなされており、小児性愛者の情報を公開すべきだというミーガン法待望論が出始めてもいる。警察も小児性愛を疑っているのは、家宅捜索でエロ本などが押収され、児童ポルノと言えるようなものも含まれていたという報道が一斉になされていることからも明らかだ。

私がここで危ういというのは、奈良女児殺害事件の時にも一斉に容疑者を小児性愛者とする大報道が展開されたのだが、その報道にかなり間違いが多かったことを、当時、小林薫本人に聞いていたからだ。例えば当時も、逮捕された小林容疑者について、大人の女性とつきあえず性的関心が専ら女児に向かっていたという報道がなされたのだが、本人に確かめてみたら事実と違っていた。

ちなみに奈良女児殺害事件については、拙著『ドキュメント死刑囚』に詳しく書いたし、ヤフーニュースにも何度も記事を書いている。例えば最近で言えばこの記事だ。

https://news.yahoo.co.jp/byline/shinodahiroyuki/20161117-00064547/

小林薫死刑囚が奈良女児殺害事件に至る以前にどんな性犯罪を起こしていたかについてはこの記事に書いた。

https://news.yahoo.co.jp/byline/shinodahiroyuki/20151114-00051453/

そもそもなぜ私が小林容疑者に接見しようと考えたかといえば、当時、週刊誌などでおどろおどろしい小児性愛者報道がなされていたため、そんなに異常な小児性愛者とはどういう人間なのか会ってみたいと思ったからだ。彼が逮捕されたのは2004年12月30日だが、その後鑑定を受けるために奈良から東京拘置所に身柄が移送され、私は手紙を書いて、2005年11月に本人に接見したのだった。

それまで報道されていた病的なイメージと本人は違っていたし、報道がかなり間違っていることもわかった。そもそも彼自身、週刊誌報道などをほとんど見ていなかったので、私が差し入れた報道記事を見て、本人が驚いていたほどだ。彼の知人と称して匿名で証言している人物の多くが心当たりのない人だったり、週刊誌に登場して彼と関係があったと告白していたフィリピン女性など、本人は「全然知らん女だ」と言っていた。

そもそも後になって思えば、当時、小林薫被告に会って本人にそういう事実を確かめたマスコミ関係者が私以外にいなかったというのも、驚くべきことかもしれない。ただマスコミ関係者の名誉のために言っておけば、小林被告にアプローチしていた新聞・テレビの記者はいたのだが、小林被告はマスコミ不信が根強く、取材依頼をほぼ断っていた。私は大手マスコミとはスタンスが異なることもあって、たまたま会うことができたと言えるかもしれない。

さて、今回の千葉の事件報道で気になるというのは、その奈良女児殺害事件報道の時も感じたのだが、マスコミが報じる小児性愛者のイメージがいささかステレオタイプで、そのイメージにあわせて素材を拾っているような気がするからだ。ワイドショーなどでも、容疑者が、小さな女の子がよだれを垂らすのを見て興奮すると言っていたなどという匿名証言をそのまま放送しているが、それは本当に確かな証言なのか。小児性愛と言われていますが心当たりはないでしょうか?と記者に何度も聞かれて無理やり思いついたようなコメントが、報道の方向性にあうからと確証もなしに報道されているように思えるのだ。

例えば4月18日の朝日新聞は、15日の家宅捜索の結果を報じた記事で「容疑者宅から児童ポルノ押収」という見出しを掲げている。しかし、記事をよく読むと「児童ポルノとみられるものもあった」と書かれている。ポルノが押収されたのは確かだろうが、それが児童ポルノだったかどうかは大事な問題だ。「児童ポルノとみられるものもあった」という記事に見出しで「児童ポルノ押収」と謳うのは、明らかにある種の思い込みが感じられる。いったい押収物の中身は具体的に何だったのか。「児童ポルノ押収」という見出しを見れば読者は、容疑者は小児性愛者で間違いないと確信してしまうだろう。

いや朝日のこの記事はましなほうで、夕刊紙などはもっとおどろおどろしい見出しが躍っている。ここで思い出されるのは、冤罪が後に明らかになった足利事件の菅家さんが、逮捕時の家宅捜索でやはりエロ本などが押収され、当時同じような報道がなされていたことだ。菅家さんもそうした報道によって小児性愛者のイメージをもたされていたのだが、結果的には逮捕自体が確証のない冤罪だった。

さらに言いたいのは、今回の容疑者が仮に小児性愛者だったとしても、今マスコミに流布されているそのイメージがあまりにも安直なものである気がするのだ。前述したように、私は小林薫被告と会ってから、その後約1年間にわたって、密な接触を続けるのだが、小児性愛というものをどう考えたらよいか戸惑うことが多かった。彼は鑑定で小児性愛者と認定されるのだが、世間に流布されている小児性愛というイメージと現実の彼とはかなり異なっていたのだ。

考えてみれば、薬物依存でも精神障害でも、世間に流布されたイメージと現実が違っていると感じることは多いし、私が10年以上つきあった幼女連続殺害事件の宮崎勤死刑囚(既に執行)にしても、マスコミでは精神が崩壊したモンスターのような描かれ方をすることがあるが、現実の宮崎死刑囚とはかなり違う。そもそも小林死刑囚自身も、自分が鑑定によって小児性愛者と認定されてからも、それを決して認めようとしなかった。

私がこの何年か、再び奈良女児殺害事件を思い起こすことが多いのは、この事件が、性犯罪者に対する治療プログラムが刑務所に本格導入されるきっかけになったためだ。2015年に、その10年後の成果が発表されたのだが、治療プログラムを受けた性犯罪者は再犯率に大きな影響が出ているという内容だった。その実効性の認定のしかたに疑問を呈する声も少なくないのだが、ただ性犯罪者を刑務所に一定期間閉じ込めて再び世に放り出すというそれまでの名ばかりの矯正を改める努力がなされていること自体は評価すべきだと思う。

その2015年の発表データについては、当時ヤフーニュースで記事にしている。

https://news.yahoo.co.jp/byline/shinodahiroyuki/20151114-00051453/

薬物事件についても2016年6月から刑の一部執行猶予を導入するなど、処罰一辺倒から治療へという流れができつつある。性犯罪については今の国会で刑法の一部改正案が成立する見通しだが、これを機会にステレオタイプの理解でなく、もっと踏み込んだ社会的議論が起きてほしいと思う。

私もこの1年ほど、そうした気持ちもあって、性犯罪者と接触する機会が増えた。昨年ヤフーニュースで紹介し、大きな反響を呼んだのは、元ヒステリックブルーのナオキのケースだった。

https://news.yahoo.co.jp/byline/shinodahiroyuki/20160706-00059689/

実はこのナオキの手記公表をめぐってちょっと考えさせられることがあった。ヤフーニュースの解説では割愛したのだが、雑誌『創』2016年8月号で私はこう書いた。

《ナオキの場合は、生きがいだった音楽活動の行き詰まりといった事件の背景があると思われるから、性犯罪といっても事情は異なる。》

これに対して、ナオキと別に接触していた性犯罪服役者から、篠田さんはまだ性犯罪というものがわかっていない、という指摘を受けた。精神的な行き詰まりや何らかのトラウマから性犯罪を犯すというのは、決して例外ではなく、そういう事例は少なくないというのだ。これについては私の認識不足を率直に認めたいと思う。性犯罪というものにそうした面があるからこそ、精神的な治療プログラムによって実効性があがるということにもなるのだと思う。

もちろん性犯罪といってもいろいろなケースがあるのは確かだろう。しかし、マスコミに流布されている小児性愛者のイメージは、もうその性癖は治療しようもなく、出所後もその情報を公表して社会から隔離してしまえという乱暴なものだ。

薬物犯罪については、ようやく最近になって、社会的病理という側面もあるので処罰だけでなく治療が必要だという認識が広がりつつあるように思えるが、性犯罪をめぐってはあまりにステレオタイプな議論だけが繰り返されている気がしてならない。

もちろん性犯罪が許されないものであることは明らかだ。殺害に至らない事件でも、被害者には深刻な精神的傷を負わせる。今回の千葉の事件も、被害女児の映像がテレビで映されるたびに胸がしめつけられる思いにかられる人は多いだろう。だから報道もやや過熱する傾向はあるのだが、ただ奈良女児殺害事件がそうだったように、事実と異なる報道がなされたり、あまりにステレオタイプなキャンペーンがなされることは、決して現実を良い方に変えていくことにはならないと思う。

足利事件の菅家さんの冤罪が明らかになった時、逮捕当時の報道を見て唖然とした。家宅捜索で小児性愛をうかがわせるエロ本やビデオが押収されたとマスコミが大々的に報道していたのだ。今回、それとよく似た報道がなされているのを見て、危うさを感じずにはおれなかった。千葉県の事件についていえば、1日も早く真相が解明されることを望むのみだ。

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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