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『日本会議の研究』販売差止め取り消しは大事なニュースだが、今の報道はわかりにくい

篠田博之月刊『創』編集長
問題箇所を黒塗りして販売されている『日本会議の研究』

昨年出版されてベストセラーになった『日本会議の研究』(菅野完著)の販売差し止め仮処分決定が3月31日に取り消されたことが報道された。出版の自由をめぐる大事なニュースなのだが、報道の扱いは小さいし、しかもこの報道ではわかりにくい。

取り消された仮処分決定とは今年の1月6日に東京地裁から出されたもので、『日本会議の研究』の発行元である扶桑社が不服申し立てを行っていた。その結果、同じ東京地裁の別の裁判官が判断し、1月の決定を取り消したものだ。本に書かれた記述について差し止めを求めていた男性は、今回の取り消し決定を不服として東京高裁に抗告するというから、今度は高裁で判断がなされることになる。

ややこしいのは、『日本会議の研究』が発売されたのが昨年4月末。販売差し止めの仮処分申し立てが行われたのは昨年5月4日だった。発売から1年近くたって仮処分が問題になっていること自体が異例のことなのだ。問題とされた本の記述については、実は本訴と言われる名誉棄損の民事訴訟が既に昨年10月から始まっている。本来は、その名誉棄損裁判で判決が出るまで時間がかかるので、緊急を要するものとして仮に処分をくだすというのが仮処分の趣旨だ。

ところがこのケースは、その決定が出るのに時間がかかり、民事訴訟の裁判と仮処分の審尋が何カ月も並行して行われているという異様な状態だ。ちなみに仮処分の販売差し止めは扶桑社に対してなされたものだが、本訴は著者の菅野完さんに対してなされている。このケースで訴訟の対象に出版社が含まれていないのも異例と言ってよいかもしれない。

ではこうした経緯の過程で本そのものはどうなっているかというと、扶桑社は、差し止め決定が出た後の1月14日、問題の一文を黒塗りにした第7刷を1万3000部発行した。その後2月10日には決定を受けてあとがきも変更した第8刷6000部が発売された。今回の森友学園騒動で菅野さんは話題になっているし、そもそも森友学園騒動自体に日本会議が関わっているから、『日本会議の研究』は累計20万部をうかがう売れ行きになっているようだ。

この問題が大事なニュースと冒頭に書いたのは、そもそも本訴の民事訴訟で争っているのだし、発売から約1年もたっているから、この1月6日に販売差し止め仮処分決定が出たこと自体、異様だったからだ。今回の新たな決定を見れば、名誉棄損訴訟で争うべき事案で仮処分で販売を差し止める必要はないと判断されたわけだ。

もともと販売差し止めの仮処分というのは、憲法の出版の自由にかかわるとして、申し立ては行われるが差し止め決定が出ることはあまりない「伝家の宝刀」と言われたものだった。裁判で名誉損にあたるかどうか結論が出る前に販売を差し止めてしまうというものだがら、簡単に適用されては困るものなのだ。1月の差し止め決定に出版団体などが抗議声明を発したのはそのためだ。

ただ、この20年ほど、差し止め決定が出るケースが目につくばかりか、メディア訴訟の賠償金も高額化した、こうした流れは明らかに、法曹界のメディアに対する評価が厳しくなっていることの表れだ。背景にはメディアに対する社会の評価が厳しくなりつつあるという流れがある。

月刊『創』は、マスメディアに対しては比較的厳しく検証を行う「メディア批評誌」だし、私自身も日頃、メディアについては厳しく批評をしている方だと思う。しかし、そういう立場から見ても、東京地裁のこの1月の決定には危うさを感じざるをえない。司法の独立と言っても裁判所も権力機関の一翼を担っており、言論出版の自由については慎重に対応してほしいと思うのだが、あの1月の決定は、これが判例となるなら今後、差し止めの仮処分がかなり増えてしまうのではないかと思われるものだった。

だから今回の差し止め決定の取り消しは妥当だと思うのだが、まだ問題は決着していない。今は高裁の判断を待つしかないのだが、この問題、もう少しきちんと議論されるべきだと思う。

販売差し止めが社会的に大きな話題になった事件としては、2004年3月、田中真紀子さんの長女のプライバシーに関する『週刊文春』の記事に対して東京地裁が販売差し止めを認めたケースがある。この時は、文藝春秋側の異議申し立てが却下されて東京高裁に抗告。高裁は販売差し止めの仮処分にしなくても後の訴訟で名誉回復は可能として仮処分を取り消した。

この時は社会を巻き込んだ大きな議論がなされた。今回はそれに比べて、報道も小さいし、議論がそれほど大きくなっていない。そのことがいささか気にならざるをえない。

この問題については発売中の月刊『創』4月号に「『日本会議の研究』差し止め決定の大きな波紋」という記事を書いている。それはヤフーニュース雑誌に全文を公開しているので、参考のために下記からアクセスして読んでいただきたい。そしてこの出版差し止めについて、考えてほしいと思う。

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170308-00010000-tsukuru-soci

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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