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昨年末の朝日新聞のSMAP応援広告がすごい試みだったと改めて思う理由

篠田博之月刊『創』編集長
SMAP意見広告と、左下は読者からの感謝の手紙

発売中の『創』4月号新聞特集の取材で1月中は各紙を取材して回った。模索する新聞各紙の現状を見ていろいろ思うところは多かったが、なかでもすごい話だと思ったのが昨年末の朝日新聞のSMAP応援広告だ。惜しまれつつ解散するSMAPという強力な素材があったればこそだが、紙とデジタルの新しい可能性を示したという意味でもっと論じられてよいと思う。

きっかけは、昨年末、3人のSMAPファンが朝日新聞社を訪れて、意見広告を出したいと申し出たことだった。なぜ朝日新聞を選んだかというと、ファンたちが署名運動を行っていることなどを同紙が大きく報道したりしたのを見ていたからだという。しかし、対応したお客様オフィスの担当者と話してみて、予想以上に意見広告には多額の費用がかかることを知り、3人は「これは無理だ」と失意に包まれたという。その時、朝日側が提案したのが、同社が取り組んでいるクラウドファンディング「A-port(エーポート)」だった。

「A-port」の成功事例としては映画「ふたつのクジラの物語」が1824人、2325万円の製作費を集めたケースが知られている。しかし、そのSMAP応援プロジェクトでは、それをはるかに上回る1万3000を超える人から約4000万円を集めたのだった。昨年末に解散するSMAPに感謝し応援する意見広告を朝日新聞に掲載するという試みだった。その経緯を朝日の「A-port」を開発したメディアラボの堀江隆室長がこう語ってくれた。

「そこで12月20日から1週間かけて目標1000万円を集め、朝日新聞紙面に広告を打とうということになりました。それまで私たちの成功事例としては映画『ふたつのクジラの物語』があったのですが、これは何カ月もかけてお金を集めていますから、果たして1週間で1000万円が集まるのか、正直、不安もありました。

でも実際にやってみると2日で目標額を突破し、1週間で1万3000人もの人から4000万円弱の金額が集まったのです。国内の購入型クラウドファンディングでは史上最多支援者数とされています。もちろんSMAPファンの熱い思いがあったためですが、1000円と3000円と金額を小口にしたことも良かったのだと思います。

反響も大きく、電話やハガキ、ツイッターなどで感謝のメッセージもたくさん届きました。ツイッターでも記録的な数の反響があり、ほとんどが好意的な内容でした。ツイッターでは朝日新聞社に対して厳しいお叱りを目にすることが多かったものですから、ありがたかったです。

紙面は12月30日に東京本社だけでなく全国で8ページの別刷りを挟み込み、3000円の支援をした方全員のお名前を載せたのですが、紙面掲載後も反響は広がりました。どこで新聞を入手できるのかというツイートもたくさんありました。駅の即売も通常の倍以上の売れ行きだったといいます。『紙面になったのを見て涙が止まりませんでした』といった感謝の言葉もいただきました。紙として残ることに価値を見出した方が多かったようで、普段新聞を読んでいない若い人たちに紙の媒体の魅力を知ってもらったことは大きなことでした」

クラウドファンディングが予想外の威力を、しかも短期間に発揮したというわけだが、もうひとつのポイントは、お金を出した人の名前が紙の新聞として残るということだった。

多くの人の意思を集めるためのウェブを使った仕組みと、記録性という紙の媒体の価値が結合して大きな化学反応を起こしたのだった。

「新聞を販売店に買いに行かれた人も多かったようで、販売店員に開口一番、『SMAPですか』と言われたとツイッターに書いている人もいました。なかには震災で亡くなった友人の名前を見つけ調べたら、その友人のご家族が代わりに応募したというツイートもありました。

目標金額1000万円で全面広告を目指す起案でしたので、4000万円だから4ページ広告と考えたファンの方も多かったようですが、敢えて8ページにしたのは朝日新聞社としてもこの試みを応援しようという気持ちが働いたからです。ウェブと紙が連動してこれだけ大きな反響を巻き起こしたという意味では特筆すべきことだったと思います」(堀江室長)

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朝日新聞社にはいまだにファンからのお礼のメッセージが届いているそうで、メディアラボの部屋にその一部が飾られている。新聞という媒体はいまや若い人は読まないし、高齢者や知識人の読むメディアと思われつつあるのだが、この試みのすごいところは、圧倒的な庶民に新聞が支持されたということだ。これはもちろんSMAPファンの熱い思いがあったからで、例えば紙面広告の上部にある★マークが5つ半(写真下部)。この半分の★は、途中でグループを辞めた森且行さんを表しているのだという。朝日新聞紙面にこういう感覚が具現化されるという違和感というか新鮮さというか、新聞が庶民感覚と重なった事例だろう。

もちろんSMAP解散という大きな出来事が背景にあったゆえの特殊な事例なのだが、このケースには今後のメディアのありようを考えるうえでヒントになるいろいろな要素が含まれているような気がする。紙かデジタルかという二者択一で語られることの多かったこの何年かだが、そういう二者択一とは違う可能性がこの事例には感じられるのだ。

この話を聞いて、朝日新聞社には、この事例はもっとアピールしてよいと思いますよ、と提案しておいた。同社がめざす未来のメディアというのがこの間、デジタル技術を駆使したものになっており、アピールの方向がいささか高尚になりすぎているとこの何年か感じていたが、このSMAP応援広告は極めてわかりやすくて示唆に富んでいると思うのだ。

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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