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論争が続く日弁連「死刑廃止宣言」採択の舞台裏を当事者に聞いた

篠田博之月刊『創』編集長

11月11日、熊本で死刑囚に刑の執行がなされた。金田勝年法相就任後の初の執行となった今回、さる10月7日に「死刑止宣言」を採択した日本弁護士連合会(日弁連)が抗議声明を出したほか、その宣言に批判的な「犯罪被害者支援弁護士フォーラム」も見解を発表。幾つかの新聞もそれぞれ論評を行うなど、「死刑廃止宣言」を機に死刑論議が活発になっている現状をうかがわせた。

この間、「死刑廃止宣言」を批判する立場からキャンペーンを展開しているのが産経新聞だ。死刑廃止宣言に対しては10月12日の「主張」で「死刑廃止宣言 国民感情と乖離している」と反対を表明。11月9日には関東弁護士会連合会と九州弁護士会連合会のアンケートデータを「死刑廃止 過半数達せず」と報道。実は弁護士会でも死刑廃止は過半数に達していないとして、「宣言の妥当性が改めて問われそうだ」と批判した。

確かに日弁連内部にも死刑廃止宣言に反対の弁護士はおり、採択した10月7日の人権擁護大会でも激論がかわされた。採決に参加した弁護士は786人だが、10月8日付産経新聞は「3万7000人中、786人で多数決」と見出しを掲げ、採択自体に疑問を呈した。

論争が続く、この死刑廃止宣言をめぐって日弁連でどんな取り組みがなされてきたのか、その検討会の委員長を務めてきた加毛修弁護士に話を聞いた。インタビュー全文は発売中の月刊『創』(つくる)12月号に掲載しているので関心ある人はぜひ読んでいただきたいが、ここで主な部分を紹介しよう。

賛否両方の激しい議論の末に採択

――今回の「死刑廃止宣言」に至るまでに日弁連でどんな議論がなされてきたのか、経緯を教えて下さい。

加毛 日弁連の人権大会というのはどういうものかといいますと、人権をめぐる重要な問題について会員同士が語り合い、討論し、一つの声明を出していく、そういう機会です。

一部の報道では、日弁連の会員は3万数千人いるのに人権大会の出席者は800人ぐらいだから、ごく一部の人たちがこの宣言を通したのではないかという誤った見方がなされています。

日弁連がこの人権大会の宣言に至るまでどういう手続きを重ねてきたかというと、ちょうど1年前に、人権大会のシンポジウム実行委員会で、2016年のテーマをどうするか、各種委員会から5つのテーマが提出され、採用されるテーマは3つでした。その中で、死刑廃止と刑罰規定の改革というテーマが3番目で採択されました。

そして死刑廃止検討委員会が中心となって、死刑問題について全国の弁護士会や市民グループ、様々な人たちに呼びかけて討論を重ねてきました。半数を超える弁護士会から死刑廃止の方向性が示され、シンポも開催されてきました。

それを受けて、今年の5月から8月の間に、弁護士会の会長や幹部クラス約80名で組織する日弁連の総会に次ぐ議決機関である理事会で、討論のうえで宣言案をまとめました。そして理事会で、出席理事のうち8割を超える多数の賛成で宣言案が可決されたのです。

そういう経緯を経て、私たちは8月になって、やっとひとつ芽が見えてきたかな、と感じました。これまで日弁連というのは、死刑問題について態度を表明するのを避けていました。今の刑法で死刑制度が110年間も見直しもされずに来たわけですが、この非近代的な刑法の刑罰規定をなぜそのままにしておくのか。特に冤罪がたびたび明らかになり、例えば袴田巌さんが釈放されて、テレビでその姿を見た時に、いかに日本の死刑制度が残虐・残酷であるか、多くの国民も我々弁護士も思い至ったと思うのです。

今回の宣言が出たからといってすぐに死刑が廃止されるわけではありませんが、死刑廃止のための大きな一歩にはなると思っています。

――大会では宣言について賛否両方の意見が闘わされて白熱したと言われますね。

加毛 福井の人権擁護大会は10月7日でしたが、その前日に3つのテーマに分かれてシンポジウムが行われました。私たちはその第3分科会で「死刑廃止と拘禁刑の改革を考える」というテーマで議論しました。それぞれパネルディスカッションが行われたのですが、その時に、会場から意見や質問を求めて、パネリストの方々に回答して頂くという機会があったのです。

そして7日の大会で、そのシンポジウムを踏まえて、死刑廃止宣言案について討論しました。約20名前後の方々が意見を表明しましたが、宣言に反対する人の発言のほうが若干多かったと思います。賛成、反対と次々発言しました。できるだけ多様な意見を、ということで、長時間、活発な議論がなされ、中身はすごくよかった、と私は思っています。

シンポジウムは3つの会場に分散して行いましたが、人権擁護大会は福井市の一番大きい体育館でやりました。3つのテーマについての宣言案を順番に討論していったのですが、死刑廃止宣言は3番目で、午後2時半頃から約3時間、一番時間をかけて議論したことになります。例えば宣言案に反対している岡村勲先生が熱弁を振るって、それに対して賛成派の西嶋先生が発言する、といったように、原則として交互だったんですけど、二人三人続けて反対意見ということもありました。

そして5時半頃、それまでの議論を踏まえて採決したんです。人権大会の出席者約800人のうち採択に参加したのが786人、うち7割弱の546人が賛成、反対が96人、そして棄権が144人ということで可決しました。

採決は挙手によって行い、日弁連の事務局がブロックごとに手分けをして、賛成・反対・棄権と数えました。通常はそこまでやらずに、拍手してもらって「賛成多数で可決しました」とやるんですが、今回は厳密でした。やはり重要な問題である、という執行部の意向だと思います。

死刑廃止へ向けた今後の取り組みは

――2020年までに死刑廃止をめざす、と宣言したわけですが、今後どういう取り組みがなされるわけですか。

加毛 これまでは、私が5~6年委員長を務めてきた死刑廃止検討委員会で議論してきました。この委員会というのは、全国の弁護士会から集められた100人規模の弁護士で構成していました。今後は、これをもっと大きな組織に衣替えをして、質量ともにさらに拡大して活動していく予定です。

今後は、例えば死刑廃止実現本部だとか、委員会から本部に格上げすることになると思います。それについては、日弁連の承認手続きが必要なので、我々としても執行部にお願いをしていこう、と考えています。死刑廃止も重要ですが、同時に犯罪被害者の救済も重要だと思うので、それについても今後対応していくべきだと思います。

また当然、弁護士会内部だけではなくて、外へ出ていかなくてはいけません。マスコミあるいは宗教界、国会議員、市民、研究者、いろいろな人々と意見交換するという中で、死刑制度やその問題点を知って頂く。宣言をしただけでは何も変わりませんので、国民各層の方々、もちろん弁護士会の人たちも含めて、死刑に関する問題点を提起しながら、死刑廃止を目指していく活動をいっそう強める、ということですね。

最終的に死刑廃止を決めるのは国会議員ですから、議員の間で死刑についての認識を共有してもらうことも大切だと思います。既に死刑廃止議員連盟というのはあるのですが、去年の秋頃から、与党の私的懇談会として、自民党と公明党の国会議員有志が12~13名で、死刑を含めた刑罰制度の見直しの勉強会を始めています。廃止というのでなくて見直し、要するに死刑制度を含めた刑罰制度全体の見直しを図ろうという取り組みです。

そういう中において、一方には犯罪被害者の感情の問題もあります。確かに、犯罪被害者の辛い感情、しんどい状況、それを我々はどこまで理解できるかといったら、100%理解できないと思いますし、下手な同情をすることも失礼かもしれません。我々としては制度的に彼らを支援していかなければならないと考えています。

私の恩師でもある岡村勲先生が7日の大会でトップ・バッターで、私の席のすぐ前までおいでになって、被害者の方々の考え方をお話されました。本当にありがたかったです。国の制度の問題と、犯罪被害者支援の問題は別個の問題ですが、それぞれ一生懸命やっていかなくちゃいけないと考えています。

瀬戸内寂聴さんの発言をめぐる波紋

――瀬戸内寂聴さんの「殺したがるバカどもと戦って下さい」という発言をめぐっていろいろありましたね。

加毛 時間にすれば全部で5分余りなんですけど、二つに分けたビデオメッセージを頂戴し、会場に流させて頂きました。だから、二つの内容を最初から聞いている人は理解できたと思うのですが、最初に大逆事件であるとか戦争であるとか、そういうものは人殺しなんだ、けしからんという話から、ああいうふうな発言になったのです。ただ、その一部だけを抜いて、報道されると誤解されてしまうので、瀬戸内さんは、数日後に朝日新聞で、自分の想いを説明しています。

――あの発言は、メッセージの2回目に流した部分に入っていたわけですね?

加毛 そうです。だから、あれは犯罪被害者のことを言っているわけじゃなくて、死刑制度や戦争や誤判、大逆事件ですね、そういうことを指して言っている言葉なんです。全体から見れば十分に理解できるのだけれど、やっぱりマスコミというのは、一部をとらえて国民受けするような報道をすることが時々あるでしょう。

今回は、産経新聞が報道して、それが関西版のネットニュースに配信されて、人権大会で、犯罪被害者関係の弁護士さんから指摘されたんです。「それはどういう趣旨なんだ」と、批判的な質問が弁護士さん二人から出たので、私がその場で説明したわけです。大会が終わってからその弁護士さんにお会いしたら、そういう趣旨だったのですか、よく分かりました、とお話し頂きました。

――会場でその発言をめぐって紛糾した、という感じではなかったわけですか?

加毛 紛糾は全然していません。それに関する発言が二人ほどあって、二人目のときに議長のほうから「お答えしますか?」と言われたので、実行委員長という責任者だった私から事実関係を説明したのです。

もともと瀬戸内さんは、最初はビデオメッセージということではなくて、おいで頂けませんか、ということだったんです。だけど、やっぱりご高齢なので体調も変わりやすく、出席すると言っておいて欠席したら申し訳ないから、ということだったので、じゃあビデオメッセージをお願いします、可能ならお越し下さい、ということになって、結果的にはビデオで流したのです。

もう94歳の瀬戸内さんですから、彼女自身も言ってましたけれど、あれは我々に対する一種の遺言なんですね。それほど強い死刑廃止の思い、その言葉に対して我々が口をはさむこと自体が失礼なのかな、と。これはこれで彼女の見識だし、瀬戸内さんの思いは相当なものである。しかも、全体のメッセージは、やっぱり素晴らしい内容なんです。それを一部マスコミが、一部分だけを取り出して、あたかも瀬戸内さんが、犯罪被害者の方々をバカ呼ばわりしたかのような報道をした、その報道態度に対して、私は怒りを感じています。

世界全体では廃止が趨勢だが日本は8割が賛成

以上、インタビューの一部を紹介した。世界全体を見ると死刑廃止の流れは大きな趨勢なのだが、日本では先進国のなかでは例外的に、世論調査で8割が死刑制度維持を表明している。そういう状況の中で、日弁連としては死刑廃止へ向けて鮮明な姿勢を打ち出して、状況を打開したいと考えたのだろう。

ただ日弁連は強制加入の組織だから、当然、内部には宣言を出すことに反発する弁護士もいる。しかも、被害者支援を訴えるそうした弁護士たちも、日弁連でそれなりの影響力を持っている。今回の宣言は、そういう中で出されたものだ。

もともと死刑問題は、死刑制度や死刑囚の実態があまり社会に知られていないという現実があるだけに難しい。賛成8割というのも、たぶんに「現状がそうなんだからそれでいいのじゃないか」という意見だろう。死刑囚がどういう状況に置かれているか、外国の実情はどうかなど、きちんと議論するためには詳しい情報をもっと公開する必要があるのだが、実情はそうなっていない。

そういうあり方も含めて、死刑をめぐる議論、もっと積極的に行われてよいと思う。

http://www.tsukuru.co.jp

なお死刑問題に関連して、12年前の11月17日に起きた奈良女児殺害事件・小林薫死刑囚について書いた。下記記事も参考にしていただきたい。

http://bylines.news.yahoo.co.jp/shinodahiroyuki/20161117-00064547/

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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