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高畑裕太「強姦」報道の誤りは、事件報道の構造に関わる深刻な問題だ

篠田博之月刊『創』編集長

高畑裕太「強姦致傷」事件の真相について書いた月刊『創』11月号の記事は予想通り反響を呼んでいるが、意外だったのは、私の知人のメディア関係者の間でも「こんなこととは知らなかった」という人が結構多いことだ。確かに当初の報道が違っていたことは週刊誌などで断片的に伝えられてはいるのだが、多くの人にとっては最初に新聞・テレビが一斉に報道した内容がいまだに記憶に残っているわけだ。つまり裕太さんが「歯ブラシを持ってきてほしいと女性を呼び出し、部屋に引きずり込み、手足を押さえつけて強姦した」という誤報が、いまだに流通していると言ってよい。

この事件、調べれば調べるほど、そのひどさに深刻な気持ちにならざるをえない。ひどいというのは、現在の事件報道の構造的欠陥が見事なまでに反映されており、しかもそれをどう改めたらよいのかというと、ほとんど絶望的な状況だということだ。そもそもこの事件は、逮捕されたのが人気急上昇中のタレントで、母親も有名な女優だったから大きく報道されたのだが、例えば相模原事件などのように丹念に続報が行われるケースではない。その後は、9月9日に不起訴になったという報道があっただけだが、この不起訴というのがどういうことなのか説明もなされず、何が何だかわからないまま事件が突然、終息した。高畑さんサイドが金を使って事件をうやむやにしたのではないかと、事実と正反対の解釈を信じている人も少なくない。

そもそもメディアが8月23日から翌日にかけて一斉に裕太さんの逮捕を報じたのだが、そこでは「警察の発表によると」という前置きに続いて「歯ブラシを持ってきてほしいと女性を呼び出し、部屋に引きずり込み、手足を押さえつけて強姦した」という説明がなされていた。ほとんど同じ内容が全マスコミで報じられたというのは、それが警察から出たものである以外ありえないのだが、実は今に至るも、警察はそういう正式の発表はしていないと言っている。誤りだったとしても責任をとらないですむように、それはリークないしオフレコの懇談といった場で説明され、警察はマスコミが勝手に書いたと主張する。これはもう警察とマスコミによる常態化した慣習だ。

さらに言えば、逮捕時の警察発表というのは、これから本格的な捜査や取調べがなされるという段階で、容疑内容について確実な裏取りがなされていないものだ。だから警察も責任の所在を曖昧にしてマスコミに伝えるのだが、それをまたマスコミは独自の裏取りもせずにそのまま記事にしてしまう。

だから警察の見立てが間違うとマスコミ報道もそのまま間違えるという構造なのだ。それをわかりやすく示したのが松本サリン事件の河野義行さんのケースだ。あれはオウム真理教が犯人だと後に判明したので河野さんの嫌疑が晴れ、マスコミも謝罪したのだが、通常はそんなふうに責任を問うことなく曖昧にされる。

検察が事件を不起訴にしたのは、取調べが進むうちに、当初の警察の見立てに無理があることがわかり、事件にするのが難しいと判断したからだろう。この事件の場合、被害者とされた女性の「内縁の夫」と称する元暴力団組長が事件を通報し、騒ぎを拡大する一方で示談交渉を進めていくのだが、途中で警察はそれに気づき、高畑さんサイドに「気を付けた方がいい」とアドバイスまで行っている。

警察も途中から、慎重にしないと危ないと思い始めたようなのだが、弾みのついた芸能マスコミは、一度決めた方向性にのっとってこれでもかとバッシング報道を増幅させていった。裕太さんが本当に容疑を認めているのか否認しているのかという基本的なことを確認する報道機関もなかったのだ。実際は、高畑淳子さんが8月26日に記者会見で「被害者とされた女性」という表現をしていたその時点で、既に裕太さんサイドは否認に傾いていた。

裕太さんは8月23日の午前5時前に寝ていたところを警察に踏み込まれて、前橋警察署へ任意同行され、午後1時40分に逮捕されるのだが、その間、どんな動きがあったかは次第に明らかになりつつある。

被害者とされた女性から話を聞いて、通報を行った元暴力団組長X氏は、自らホテルに乗り込み、同じホテルに宿泊していた映画関係者に詰め寄り、真夜中であるにもかかわらず、東京の裕太さんの事務所に連絡させている。事務所責任者と弁護士が現地に行けたのは朝になってからだが、弁護士が午後1時前に裕太さんに接見して事実を確かめる前に、前橋署の控室でX氏は表ざたになる前に示談金を用意することを事務所側に詰め寄っていた。

裕太さんは、午前中の事情聴取で「強姦していないと言ったって被害者女性が強姦されたと言っているのだから強姦罪は成立するんだ」と警察に説明され、容疑を認めたかのような調書をとられてしまう。

その後、午後1時前に弁護士が接見し、悠太さんに認否についての説明などをするのだが、午後1時40分に警察は逮捕状を執行し、マスコミに「本人も容疑を認めている」という説明を行ってしまう。それによってマスコミが一斉に動き出し、大騒ぎになっていった。

そして高畑さん側がどんどん窮地に追い込まれていくのを見て、X氏の要求額は1000万、さらには何千万という金額に跳ね上がっていく(最終的には1500万円で示談が成立したという)。強姦してないのならなぜ示談に応じたのかという人は少なくないのだが、あの騒動が拡大していく過程では、起訴される可能性もあり得たし、示談に応じるという判断はやむをえなかったのではないだろうか。

示談というのは通常、事が大きくなる前に双方の利益を考えていっさいを不問に付すということだが、この事件の場合、問題は、裁判どころか本格捜査が始まる前の第一報の段階であらゆるマスコミが、もう裕太さんの「強姦致傷」を確定した事実と報道してしまっていたことだ。無罪推定どころか、マスコミが捜査も始まらない段階で、事実上の「裁き」を行ってしまったといってよい。

歯ブラシ云々の説明は事実として大々的に報道された。実際には事情聴取で、裕太さんは、全く異なる経緯を供述していたのだが、当初の警察の見立てが、裏のとれた事実であるかのように報道されたのだった。

経緯を追っていくと本当にひどい話なのだが、ではこの誤りがどう正され、どうすれば改められたかと考えると、これがなかなか難しい。そこはまさに事件報道の構造的問題で、深刻だと思わざるをえないゆえんだ。結果的に多くのマスコミが誤報を行ったわけだが、ほとんど他人事だ。

逮捕時の警察の説明に基づく初期報道が結果的に誤りだったというケースは、実は少なくない。かつ、それを報じられた側が裁判に訴えたケースもある。ところがその裁判で訴えられたマスコミがどう対応するかというと、その報道の根拠が警察の説明であることを、取材メモをもとに弁明するのだ。オフレコという建前だから隠し取りした録音テープなどは証拠提出できないのだが、取材メモを詳細に提出することで、情報源が警察であることが立証されたとして、誤報を行った報道機関が免責されるケースもある。でも、自分たちが独自の裏取りを行わず、いかに警察の言うままに報道しているかを必死になって主張するマスコミって何なのか、見ていて哀しくなる。

本来、マスコミの役割というのは、権力が暴走したり乱暴な捜査が行われないようチェックし監視することだ。ところが実際にそれと反対に、警察の説明をタレ流しているのが実情だ。確かに事件の初期報道でいちいち裏取りを行っている時間的余裕はないともいえるのだが、事件報道の根本の問題点はそこにある。

今回の高畑「強姦」騒動を調べれば調べるほど、事件報道の構造が浮き彫りになってきて、情けなくなってしまう。

そうした経緯については、このブログで以前書いた記述も参考にしてほしい。

http://bylines.news.yahoo.co.jp/shinodahiroyuki/20160919-00062363/

これを書いたのは『週刊文春』9月29日号が詳細な報道をする前で、同誌の報道によって局面は大きな転機を迎えるのだが、その前に書いたこのブログ記事も間違ってはいない。

事件の詳細については『創』11月号をぜひ読んでほしいのだが、ここで事実関係について書いたごく一部の記述を紹介しておこう。ちなみにこの事件をネットでは「美人局(つつもたせ)」と書いている人もいるが、そこまでX氏側が計画的に仕組んだものではないと思う。以下、『創』11月号「高畑裕太“強姦致傷”騒動の真相はどうだったのか」からの引用だ。

《事件の夜、いったい何があったのか

裕太さんが事件の起きた前橋市内のホテルにチェックインしたのは8月21日、映画『青の帰り道』の撮影のためだった。8月22日夜、被害女性と話を交わしたのは夜8時過ぎで、飲みに行くのだけれどいいお店はないですか、とフロントにいた女性スタッフに声をかけたのだった。映画関係者らと居酒屋とバーで飲んで裕太さんがホテルに戻ったのは深夜1時過ぎだったという。そこで再びフロントにいた女性と会話がなされた。

その中で女性は「群馬にはいつまでいるんですか」と問い、裕太さんが「明日帰ります」というと、「そうですか、残念ですねえ」などと語ったという。そして裕太さんはその女性を「部屋に来ませんか」と誘った。女性は「仕事中だから無理です。部屋に行って何をするんですか」などと話したという。

裕太さんはフロントにあった歯ブラシを部屋に持って来てほしい、5分後に405号室に来てほしいと誘って、一度自分の部屋に戻った。しかし、女性がやってくる気配がないため、2~3分後に再びフロントへおりた。そして再び女性を誘い、二人でエレベーターに乗って部屋へ戻ったのだった。女性は仮眠をとっていたもう一人の女性にメモを残してフロントを後にしたという。

エレベーターの中で裕太さんは女性にキスをした。そして降りた後、二人は気付かれないように部屋に入った。このビジネスホテルは、実際に取材した記者らが書いているように、隣の部屋の物音が筒抜けになるような作りだった。テレビの音が聞こえるどころか、コンセントを抜き差しする様子さえわかると言われるほどだ。

問題の部屋の両隣には映画のスタッフがいた。そもそも部屋に引きずりこみ、押さえつけて強姦するといった話は、そのホテルの構造を知っていれば、どう考えても状況にあわない。》

そのほかにも当初の「歯ブラシ云々」の報道が事実と違うと思われる事情はいろいろ明らかになっている。裕太さんはあくまでもナンパだと認識していたのだが、その女性がフロントに戻ってから、「内縁の夫」X氏にその話を(恐らく電話で)話し、X氏が乗り出してくるあたりから、様相は一変していったと思われる。

この騒動がどういう経緯でどう拡大していったか、そしてどこに問題があったのか。ぜひ『創』の記事を読んで一緒に考えていただきたいと思う。

画像

http://www.tsukuru.co.jp

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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