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混乱必至?今年の就活戦線は大丈夫なのか

篠田博之月刊『創』編集長

メディアと犯罪の専門家と思われている篠田がなぜ就職の話を?と思われる方もいるかもしれないが、実は私はもう30年以上も『マスコミ就職読本』という本の編集長を務めている。マスコミに限定しているとはいえ、採用戦線を30年以上もウオッチングしている人間は珍しいのではないだろうか。

周知のように今年というか2016年度入社の新卒就職戦線は大きく様変わりした。制度が大きく変更される時にはいつも言われるのだが、たまたまその年に遭遇した者にとってある程度の混乱は避けられない。しかし、今の大学3年生を見ていると、ある程度どころではない。今年の就職戦線はこれで本当に大丈夫なのか、と心配にならざるをえない。

例えば、日本テレビやテレビ朝日は2月に入って面接を既に始めている。テレビ東京も含め、テレビ局のなかには1~2月から採用活動を行っている会社がある。広告大手の会社なども2月にエントリーを締め切る予定だ。ところが、今年は募集開始が3月だと思い込んでいて、採用活動が既に行われていることを知らない学生が結構多いのだ。

経団連のガイドラインによって2016年度採用戦線は3月募集開始で8月試験となっているのだが、そもそもマスコミの大半の会社は経団連に加盟しておらず、それに縛られる必要はない。だから2月から試験が始まっていても不思議ではないのだ。つまり「3月募集開始」は間違いではないが、それに縛られない会社もあることや、今年2~3月にマスコミのインターンシップが集中していることの意味など、細かいことをどうも学生諸君は十分に認識していないように思える。そもそも就職戦線はまだ先だと考えて、大学の就職ガイダンスにも足を運んでいない学生が少なくないのかもしれない。

昨年度までは12月が新卒定期採用の募集開始の時期だったのだが、大学側はそれ以前と同じく10月から企業研究と題したガイダンスを行っていた。学生諸君は3カ月ほどそれなりに準備する期間があったのだが、今年は学生諸君の就職モードが1月を過ぎても動き出しておらず、どうやら3月に入って一気に全面開花する成り行きらしい。ほとんどの業種がそれで動くとして、3月から1~2カ月で短期集中決戦になることは間違いない。多くの会社が応募手続きなどで日程が重なっていくから、学生諸君は落ち着いて考える間もなく、リクルートスーツを着て毎日走り回ることになるのだろう。

その経団連主導の「改革」が今年、相当浸透したのは、マイナビ、リクナビの協力を得られたことが大きいのだろう。経団連に加盟していないので縛られることはない、と当初2月から選考を行おうと考えたマスコミは実は少なくなかった。それがどうしてふたを開けたら減ったかといえば、マイナビとリクナビが「3月までは募集情報は掲載しない」と決めたからだ。つまり2月以前に採用活動を行おうとすれば、マイナビ・リクナビを募集活動に使えず、自力でそれをやらねばならない。志望意思の高い受験者はそれでも集まるのだが、応募者数が減る可能性は高い。採用側にとっては、悩ましいところだったろう。

経団連の改革の趣旨自体は間違っていない。確かに卒業の1年半も前に内定先が決まっていたり、就活時期が早すぎて学業が後回しになってしまう状況は異常だと言える。ただ、その改革の中身が、細かい情報も含めてきちんと学生に説明されているかといえば、どうもそうとは思えないのだ。そもそもそういう説明を誰がやるべきなのか、という問題もある。

これはそもそも新卒定期採用に限らず、終身雇用制の崩壊やフリーターの大量発生といったこの10年程の大きな変化に日本社会が対応できていない。近年は、有名大学を卒業しても定職に就けず、日雇い派遣などで生計を立てながら就活を続ける若者が少なくないのだが、これは明らかに社会全体の問題だ。求人と求職の双方をうまくマッチングさせて労働市場を的確に動かしていくというのは社会的課題なのだが、そのあたりについては国や行政も確固とした方向性を打ち出せていない。そもそも大学を卒業してしまうと、採用情報をどこで入手し、就活について誰に相談したらよいのかわからないという若者が多い。

年金記録問題で大騒ぎになった時、多くの市民が、今の社会システムというのは結構ずさんなのだと認識したと思う。「え、そんなにいい加減だったの?」という事実が次々と発覚した。それはたぶん年金の問題だけでなく、戦後70年を経て、社会構造が大きく変わっていっている時代の変化に、政治や行政が追い付いていないのだと思う。終身雇用制の崩壊によって新卒定期採用中心の採用システムは相当大きな変更を余儀なくされつつあるのだが、システムの改革がそれに追いついていないのだ。

間もなく3月、就活戦線は一気に動き出すと思われるのだが、既にその直前に至っているのに、これで本当に大丈夫なのかと思わざるをえない。きちんとした情報がもっと学生諸君に流通してほしいと思うのだが、マスコミ採用に限っては「マスコミ就職読本web版」などで可能な範囲で情報発信をしているから、ぜひ活用していただきたいと思う。

http://www.tsukuru.co.jp/masudoku/index.html

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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