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後藤健二さん殺害事件は、日本が戦争当事国になってしまったことを示しているのか

篠田博之月刊『創』編集長

後藤健二さんが殺害された事件は多くの日本人に衝撃を与えたと思う。戦場取材あるいは戦争報道のありかたを根底から考え直さなければならなくなったという意味では、ジャーナリズムにとっても極めて深刻な事件だ。

ベトナム戦争の時代、ジャーナリストは戦争当事者と距離を置く第三者として戦場に入っていった。しかし、イラク戦争の頃にはもう日本人ジャーナリストは第三者ではなくなり、今回はむしろ敵側としてイスラム国によって標的にされた。

これは、日本が戦争にどう関わってきたかという歴史経緯と重なっている。日本人のほとんどは、戦争を望んでいないと思うのだが、気がついたらいつのまにか私たちは戦争の当事者として攻撃を受けかねない存在になっているのだ。

年明けのフランスのテロ事件に際しては、表現の自由を守れという観点から世界中で抗議の声が上がったのだが、ふと気がつくと、そのテロへの抗議の声が、アメリカやイギリスなどによるイスラム過激派との戦争に「回収」されていきかねない流れになっている。後藤健二さんの殺害に対しても、オバマ大統領や安倍首相のテロ非難の発言は、「テロとの戦い」の名のもとになされる戦争に日本を否応なく引きずり込みそうな気配が感じられて、ヒヤッとしてしまう。そもそもこの間のアフガンやイラク戦争にしても、アメリカ側の武力行使のみを「民主化のための戦い」などと正当化するというある種のダブルスタンダードを、日本のマスメディアは既に受け入れてきた。

こういう流れのなかで、果たしてジャーナリズムはどういうスタンスで報道にあたるべきなのか。もともと多くのジャーナリストが危険をおかして戦場取材に足を運んだのは、国家のプロパガンダでなく、第三者的な目で、現場で何が起こっているのかを市民に伝えようとしてきたからだ。ジャーナリストによる戦場取材がなされず、戦争当事国の大本営発表だけが伝えられるとしたら、こんな恐ろしいことはない。

日本が戦争の当事者にいつのまにかなりつつあるような空気の中で、ジャーナリズムのあり方、戦争と報道について議論をしたい。それはメディア関係者だけでなく、集団的自衛権や憲法改定といった戦後の大きな転換に直面しつつある市民一人ひとりにとっても大事な問題だ。そう考えて、2月18日、〈後藤健二さん殺害事件と「戦争と報道」について考える〉集会を開くことにした。これまで戦場取材に関わって来た野中章弘さんや綿井健陽さんらジャーナリストと相談して開催を決めたものだ。

ぜひ多くのジャーナリズム関係者や市民の方々に来ていただいて、一緒に議論してほしい。

後藤健二さんの死を悼み、戦争と報道について考える

~日本人拘束事件とジャーナリズムに問われたもの

2月18日(水)18時15分開場、18時半開会、21時15分終了

文京区民センター3階A会議室

http://www.city.bunkyo.lg.jp/shisetsu/kumin/shukai/kumincenter.html

定員370人  入場料1000円 

〔発言〕野中章弘(アジアプレスインターナショナル代表)、綿井健陽(日本ビジュアル・ジャーナリスト協会)、安田純平(フリージャーナリスト)、森達也(作家・監督)、新崎盛吾(新聞労連委員長)、香山リカ(精神科医)、雨宮処凛(作家)、他。

〔司会〕篠田博之(『創』編集長)

※当日、確実に座席を確保したい方は件名「2月18日参加希望」でお名前と携帯電話番号を下記へ送信下さい。

live@tsukuru.co.jp

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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