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「黒子のバスケ」脅迫事件、出版物撤去が全国に広がる

篠田博之月刊『創』編集長

「黒子のバスケ」脅迫犯が指定した11月3日の期限を前に、書店から本が撤去されるという自粛の連鎖は全国に拡大している。昨日、北海道新聞の取材を受けてわかったのだが、何と北海道の大型書店チェーンも「黒子のバスケ」を撤去したらしい。そもそも今、マスコミが報じている撤去の事例は、たまたま取材によってつかんだものを報道しているだけで、撤去は恐らくもっと拡大している可能性がある。犯人が北海道の書店まで脅迫状を送っているというのは、恐らくネットで全国の書店チェーンを検索してやっているのだろう。この間、脅迫状を受け取った書店などはかなり明らかになりつつあるが、犯人が全部で500カ所に送ったと言っているのは誇張ではないようだ。

この間、商品撤去のニュースが次々と報じられているが、今問題になっている脅迫状は全て10月12日頃に投函され、連休明けの15日に届いたものだ。消印は「さいたま新都心郵便局」だ。セブンイレブンなどの場合は、食品に毒を入れたという脅迫だったので即日、商品撤去を決めた。本やDVDについては対応を決めるのに少し時間がかかり、それゆえに散発的に報道されるという結果になったわけだ。

ここでぜひとも申し上げたいのは、この「自粛の連鎖」に何とか歯止めをかけてほしいということだ。万が一のことを考えて大事をとるという心情は理解できないではないが、食品ならともかく本やDVDなど表現に関わるものは、全面撤去しては、表現の自由など全く守れなくなる。これはマンガ「はだしのゲン」を図書館が閲覧制限してしまった事件と同じ構造だ。一部の右派市民が抗議しただけでめんどうなことを恐れ、図書館が閲覧制限してしまうというのが誤りだというキャンペーンをマスコミが展開し、閲覧制限反対の世論が巻き起こったことで、大きな社会問題になった。「黒子のバスケ」についても、脅迫状を受けて次々と出版物を撤去するという今の対応が、実は表現の自由に関わる重要な問題を引き起こしていることを、もっと認識し、社会的議論をすべきだろう。

この10年間ほど、抗議や脅迫があると、「万が一を考えて」集会が中止になったり、「靖国」「ザ・コーヴ」などの映画が上映中止になったりという事例が相次いでいる。流通現場や商業施設、映画館などが、お客の安全を考えて行動するのは理解できるが、一方でそうした事例が重なっていくと、表現の自由を極めて危うくするという側面もあることを考えてほしい。

さて、今回の15日以降の自粛の拡大の経緯は、私がブログに書いたものを順に読んでいけばわかると思うが、ここで15日に各地に届いた脅迫状の送付先について、さらに詳しい情報をあげておこう。私がこれまでアップした記述は一部を省略したりしていたのだが、脅迫状の宛先や脅迫文の内容などが、この騒動の経緯を見るうえでかなり大事なことがわかってきたからだ。

10月23日に届いた2通目の手紙によると、犯人は具体的にどこに脅迫状を送ったのか固有名詞を入れた一覧を『創』に送ろうとしたらしい。それが送られてきていれば脅迫を受けたのはどこなのか一目瞭然なのだが、犯人は「間違えてデータを処分してもうた」という。そして続けて「概要だけ教えたる」として、こう書いている。

《集英社・アニメ制作会社・バンダイナムコグループの各企業・アニメや関連番組を放送している放送局・ジャンプショップやアニメイト、とらのあなその他のアニメショップ各店・それらがテナントとして入居している建物の管理会社・書籍小売チェーン店の本部・ゲームセンターチェーン店の各本部・CDショップチェーン店の各本部・各小売店の組合や業界団体・書店取次各社・通販大手各社や物流拠点・コンビニ各社・各地の展示場やホール・バスケ関係の団体・バスケ雑誌を出している出版社など送付数は500通を超えるで》

「アニメショップの各店」だけでなく「それらがテナントとして入居している建物の管理会社」まで脅迫状を送ったというように、犯人のやり方はかなり執拗だ。

『創』に送られた脅迫状のパターンは14種類なのだが、ここで具体的にその内容を紹介しよう。私がこのブログに第1回目に書いたものをさらに詳しくしたものだ。文書の署名は「黒子屠殺委員会代表代行 怪人801面相」「黒子屠殺委員会別動 黒報隊一同」「喪服の死神」の3パターンある。以下それぞれ「怪人801面相」「黒報隊一同」などと略して記す。B4などと記したのは、脅迫文の用紙のサイズだ。用紙が大きいものは長文の脅迫状と考えてほしい。

以下、脅迫状や犯行声明の種類と内容だ。

宣戦布告 集英社の阿呆どもへ  怪人801面相 B4

この脅迫状では集英社に3つの要求を掲げている。「黒子のバスケ」の連載打ち切り、単行本並びに関連商品の販売中止と絶版回収、劇場版アニメの製作中止、だ。

朝鮮状 プロダクションアイジーの阿呆どもへ 怪人801面相  A4

これはアニメの製作中止を要求したものだ。

朝鮮状 文化放送の阿呆どもへ  怪人801面相 A4

ラジオ番組「黒子のバスケ 放送委員会」の放送打ち切りを求めたもの。

朝鮮状 バンダイとその関連会社の阿呆どもへ  A4

《キャラグッズはもちろん一番くじからアニメのDVDやガチャガチャやゲームセンターの景品など全ての黒子のバスケ関連商品の製造と販売》中止を要求

朝鮮状 新日本出版の阿呆どもへ   怪人801面相  A4

以前も書いた通り、これは出版社名を間違えていた。《黒子のバスケとコラボした月刊バスケットボール最新号の販売中止と絶版回収》、及び関連企画の中止を要求。

朝鮮状 黒子のアニメを流しよる放送局の阿呆どもへ   怪人801面相  A4

10月からスタートのアニメの放送中止と去年放送したアニメの再放送の中止を要求

朝鮮状 コンビニの阿呆どもへ  怪人801面相  A4

これがセブンイレブンなどへ送られたもの。黒子のウエハスに毒を入れ、セブンイレブンに置いた、と書いて、《全店舗にて「黒子のバスケ」の単行本と関連商品の販売を中止》を要求。大手コンビニ各社に同じ手紙を送ったとも書いてある。

告 ジャンプショップ アニメグッズ店 書店及び業界団体 遊技場及び業界団体 CD   

店及び業界団体 ゲーム店    黒報隊一同 A4

これがTSUTAYAに届いたもの。この「黒報隊」脅迫状は、いずれも書き出しが「黒子のバスケは反日的である」とあり、文面もそれぞれ似通っている。「明治節の翌日」つまり11月3日と期限を決めて脅迫を行っている。

告 各展示場施設の運営者    黒報隊一同 A4

関連イベントの中止などを要求したもの。

告 商業施設の運営者   黒報隊一同 A4

《運営する施設に黒子のバスケの関連商品を扱う店舗があるなら施設全体を処罰する》

告 出版取次会社及び業界団体 大手通販会社及び物流拠点  黒報隊一同 A4

これが書店や取次に届いたものだ。《単行本と関連商品の取り扱いを即刻中止せよ》と要求している。

犯行声明 舞浜アンフィシアターへ  怪人801面相  B5

《お前ら7月に黒子のアニメのイベント開いたやろ》と脅し反省を求めるもの。過去のイベントのことを書いてあるので「犯行声明」という名称にしたらしい。

バスケットボール協会へ  怪人801面相  B5

何を要求しているのかわかりにくい文書だ。集英社を脅していることを記し、《集英社に何とかせいとクレームを入れたってくれ》と書いている。

告 上智大学 戸山高校  黒報隊一同 B5

《最悪の反日分子である藤巻を生み出したお前たちは最悪の反日分子である》とある。

これも何を要求しているのかわからない脅迫状だが、マスコミに送られた犯行声明とあわせて読むと学園祭に向けて脅迫しているのがわかる。

以上が脅迫状のパターンだ。固有名詞宛になっているものはそのままその団体に、「出版取次会社及び業界団体」などと書いてあるものは、同じ文面を大量コピーして該当する団体に片端から送っているらしい。そして次は、そういう脅迫状を送ったことを知らせるマスコミ宛ての犯行声明だ。『創』宛には脅迫状全部の種類が同封されていたが、新聞・テレビなどのマスコミ宛てには、犯行声明と「喪服の死神」の文書、それに黒子のバスケ関連商品の写真をコピーしたもの2枚の計4枚のみが送られてきた。NHKと産経、共同通信には毒入り菓子とされたもののサンプルも入っていた。『創』宛文書にもそれは同封されていた。

犯行声明 これが届いた新聞と通信社とテレビ局と週刊誌へ  怪人801面相 B4

以前のブログ書き込みで主な内容は紹介してある。ここに「最初のX-DAY」は上智大の学園祭の最終日と書かれていた。

藤巻によって奪われた愛しい人の身代わりにバスケ少年を抱き殺す 喪服の死神 B4

《俺は黒子を殺すことに決めた》という文句で始まり、後半はそのフレーズを際限なく繰り返すというほとんど意味不明の文書だ。

以上のほかに、黒子関連商品の写真のコピー2枚。犯行声明以下の4枚が新聞・テレビ・週刊誌(サンデー毎日)に送られたものだ。送られたマスコミはかなりの数にのぼる。

『創』に15日に送られたのは以上の全部と、《「創」の篠田編集長へ》という文面、それに毒入りとされた菓子のサンプルだ。

マスコミ向けの犯行声明に書かれた上智大学の学園祭(ソフィア祭)は「厳重な警備のもと開催します」と実行委側がホームページに書いている。この1年間、様々なイベントが脅迫によって中止になってきたが、警察の力を借りてでも開催するという決意は大事なことだ。関連イベントについても、中止にするのでなく警備を強化して開催すべきだという声が多くなっているらしい。前述した映画「靖国」や「ザ・コーヴ」上映中止事件でも、上映に踏み切った映画館は警備体制を敷いて対応した。2010年の「ザ・コーヴ」騒動の場合は、映画館が次々と上映を中止したため、『創』が中野で開いた特別上映が最初の公開となったが、警察が厳重警備を行う中で無事開催した。出版・表現に関わる問題は、万が一を恐れて自主規制するのでは不安の連鎖を生むだけで解決にならないことは、この間の様々な事例が示している。

この間、このブログは、新聞・テレビなどの報道陣を始め、「黒子のバスケ」事件に関心を持つ多くの人が見てくれている。また「黒子のバスケ」ファンだという人からメールなども届いている。もしこの作品を愛するファンがたくさんいるのなら、その人たちで「黒子のバスケ」を守る会などを作って、脅迫を受けた施設や書店などに応援のメッセージを送ればよい。「靖国」「ザ・コーヴ」の上映中止の時も、多くの表現者や文化人が立ち上がって声明を出すなどして映画館を励ました。「はだしのゲン」についても、図書館からの撤去をめぐる攻防は、例えば今も練馬区で行われている(下記ホームページ)。

http://chn.ge/1dLCmQD

「黒子のバスケ」事件も、表現の自由をめぐる問題として議論や取り組みがなされるべき段階に至っていると思う。11月7日発売の月刊『創』12月号では「黒子のバスケ」事件について大きな特集を組んで、これまでの経緯をまとめたが、今後さらに大きな議論がなされることを信じて、誌上でもそれを取り上げていく予定である。

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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