【岸田繁と音楽、そして教育】第2回~模索しながらも学生に寄り添う教育者へ

学生一人ひとりとの対話を大切にするくるりの岸田繁

 先日、くるりとしてのニュー・アルバム『ソングライン』がリリースされた。それに先んじて、岸田繁にとって2作品目の本格シンフォニーとなる『交響曲第二番』の制作と東京・名古屋、京都での初演(12月)もアナウンスされたばかりで、毎年恒例となったくるり主催のイベント《京都音楽博覧会》ももうまもなく今月23日に開催される。音楽家としての岸田繁が40代に入ってからよりワイドな目線で活動を展開していることに気づいている人も少なくないだろう。

 そんな岸田は、一方で京都精華大学ポピュラーカルチャー学部音楽コースの特任教授をつとめている。どのような思惑で着任し、具体的にどのような授業を担当しているのかについては、この記事の第1回でお伝えしたが、この第2回では教育に携わる者としての岸田繁が語ってくれたその哲学と本音をお届けしよう。

 第1回の記事はこちら 【岸田繁と音楽、そして教育】第1回~教育に中指を立てていた男の初挑戦

自分で自分の課題を見つける場所…それが大学

 現在は夏休み期間中だが、前期授業の成績付けや後期に向けての準備などにも余念がないだろう岸田。かつては「教育に中指を立てていた男」だが、今は真剣に一人ひとりの学生と向き合い、それぞれの良さを伸ばすことを最優先に考えていると語る。

 「僕がやってるソングライティングの授業(制作実習2(作曲技法))と言っても、歌詞の書き方がうまくなりたい子、アレンジがうまくなりたい子、スターになりたい子もいると思うんです。そういう学生さん全員に教えられることももちろんあるんですけど、結局、それを言い出すとライヴを見てもらうのが早いんですね。でもそんなことを言ったら授業にならなくなる。でも、僕はなんらかの形で教えて伝えていくことが今の役目だと思っているから、自分の課題は自分で見つけようって話をしているんです。これを教えてくれたのは大学では同僚にあたる……空中ループってバンドの松井省悟くん(同大学同学部非常勤講師)なんですけど、確かに“自分の課題は自分で見つける”ことができるのが大学の良さなんですよね」

大学構内の録音スタジオで指導することも
大学構内の録音スタジオで指導することも

想像して曲を作る醍醐味をどうやって教えていくか

 そもそも教育とはなんでしょうね……。岸田はそうポツリと呟いて一呼吸を置いた。具体的に曲作りの仕方を手取り足取りレクチャーすることも、楽理や曲の構造を理屈の上で教えることも重要なカリキュラム。実際、ロック・バンドでヴォーカル、ギターを担当する岸田自身、結成当時からは考えられないほど今はアレンジ、コード、音階などの組み合わせを考えて作曲するようになった、と照れ笑いする。くるりとしての新作『ソングライン』はそんな優れたコンポーザーへと成長してきた岸田が味わえる力作と言ってもいいだろう。だが、それもこれも岸田がまさに作曲法の基礎を身につけることを自分の課題とし、そこに向けて努力を重ねてきた証。岸田は自分で自分に“教育”し、音楽家として進化を遂げてきたのである。

 「とはいえ、僕自身もちろん未知の領域がまだまだあるんです。例えば、この前、劇伴の仕事でハワイアンの曲を作らないといけなかったことがあって。僕、ハワイアンって知識ゼロに等しいんです。ふわっとしたイメージしかない。でも、その頭の中にあるイメージを膨らませていって作ることが本当に楽しかった。もちろん、ハワイアンをイチから学ぶのが本当は一番いいし、僕もそれなりには聴いてみたりしました。でも、想像していきながら自分で作りあげていく醍醐味も、少なくともポップスの世界では大事なんですよね。実はこれ、僕の好きな日本の作曲家の一人であるすぎやまこういちさんと、もうだいぶ前ですが対談させてもらった時そんなことをやっぱりおっしゃっていて…。その考えから生まれたのが、くるりの『ワルツを踊れ』(2007年)というアルバムの「ブレーメン」なんです。自分の課題を自分で見つけて楽しんで学んでいくことをまさにやっていたんだなって。あとは、それを今の学生たちにどうやって教えていくのか。僕自身、今まさにそこを考えて格闘しています」

普段着のまま飾らない話しぶりの授業は好評
普段着のまま飾らない話しぶりの授業は好評

毅然と相手を理解する姿勢も必要

 岸田が受け持つ学生は20歳前後。ゲーム音楽作曲家を目指す者もいれば、バンド活動に本気で向き合いたいと考える者、まだ進路がぼんやりとしている者など様々だ。もちろん、それは教員の立場も同じ。音楽…それもポピュラー音楽という、ある種の自由性や個性によって成立するサブジェクトを、義務教育ではない大学の現場でどのように学生に教え伝えていくべきか。その思いは教員ごとに少しずつ異なるだろうし、それぞれが理想を描いているかもしれない。京都精華大学ポピュラーカルチャー学部の音楽コースは、専任教員のほか、岸田のような現役ミュージシャン、スタジオ・エンジニア、デザイナー、編集者、ライター、DJなど教員も多様。個を重んじる開かれた空気は実にアットホームだ。だが、それでも毅然とした態度による相互理解と敬意は必要だと岸田は語る。

 「僕は極端に言えば家族やバンド・メンバーたちも含めて自分以外の誰にも期待し過ぎないようにしているんです。でも、どうしても他人に期待してしまう自分もいる。わかってくれるといいなって気持ちは出ちゃいますよね。ただ、どんな人間も最終的には自分で道を切り開いていかなければいけない。そういう中で道に迷って苦しんでいる子がいたら、やっぱり僕は“こういうやり方もあるよ”ってそっと伝えてあげたい。みんなより少し人生の先輩である僕らがそれをしてあげたい。今はまだどこまでできるのかわからないですけど、相手を理解して接していくことも教育なのかなって思いますね」

楽譜やスコアを書いて伝えることも
楽譜やスコアを書いて伝えることも

自分のアーカイヴより学生に寄り添いたい

 授業の合間に岸田は他の教員たちと積極的に話をしている。授業の進め方の情報交換をしたり、課題やカリキュラムの調整をしたりと内容は様々だが彼は他の授業の内容にも興味津々だ。岸田の授業を直接受けていない学生たちも、教育に深い関心を示すそうした岸田の姿をおそらくしっかりと目に焼き付けているだろう。

 「最初、京都精華大学に呼んでもらった時は、自分の曲を解体して学生たちに聴かせるような講義をやってました。それはアーカイヴを伝え残したいという思いがあったからです。でも、今は、ただ、自分がやってきたことをとりあえずは置いておこうと思っているんです。僕も音楽家としてまさに自分の課題と向き合って学んでいるくらいなんだから、まだ若い学生さんが足をとめてしまったならそこに手を差し伸べるようにしたいと思っています」

(写真はすべて京都精華大学、ノイズマッカートニー提供)

第3回へ続く

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