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【岸田繁と音楽、そして教育】第1回〜教育に中指を立てていた男の初挑戦

岡村詩野音楽評論家、音楽ライター、京都精華大学非常勤講師
学生たちと語らいながら授業をするくるりの岸田繁

 くるりの岸田繁が、現在、京都精華大学で教鞭をとっていることをご存知だろうか。2013年に新設されたポピュラーカルチャー学部音楽コースで週2回、6コマを担当。特任教授として今や岸田自身の活動の重要な位置を占めている。人気ロック・バンドのヴォーカリスト、ギタリスト、ソングライターとしてデビューから約20年が経過した今も第一線で活躍する一方、一昨年には初の本格クラシックの楽曲『交響曲第一番』を書き上げ、オーケストラによる公演も実現させるなど新たな挑戦を絶やさない岸田。そんな彼にとって教育の現場に身を置くことは、これまでにない環境の変化だと言っていいだろう。

 そこで、特任教授一年目の前期授業を終えた岸田繁にロング・インタビューを敢行。とても真摯に丁寧に、“教育者”として現在の彼をとりまく環境やその理想をたっぷりと語ってもらったので、今回から3回にわたり、《岸田繁と音楽、そして教育》と題してお届けしたい。

教育に中指を立てていた男が教壇に立つ

 「2013年から(京都精華大学の)アセンブリーアワーで《くるり解体新書》という授業を不定期にやらせてもらっていました(1時間半程度の公開聴講講義)。そこではくるりの曲をパートごとに分解して聴いてもらい、どういう構造になっているかを伝えていたんです。その時は僕のファンの方も来てくれてたと思います。僕は細野晴臣さんや奥田民生さんらと交流させてもらうことも多いんですけど、彼らは自分が培ってきた技術や作品を伝えたい、わかってほしいっていうような思いを強く持っていらっしゃるんです。それは僕も同じ。技術は宝物です。それを伝え残していきたいし、自分でも振り返っておきたくなって」

 京都市生まれの岸田繁自身は立命館大学出身。だが、小さな頃から音楽を学ぶことなど眼中になく、むしろそうしたアカデミックな環境に「中指を立ててきたようなところがあった」という。今でこそ交響曲を作曲するほどになったが、ピアノも習ったことがなければ楽譜の読み書きを学んだこともない。だが、今では学ぶことの大切さ……いや、面白さを実感するようになったと話す。

 「でも、実際にやり始めて気づいたんです。確かに教えるのは難しい。まだ新米教育者だから結論なんて出せない。教える立場になったとはいえ、今、僕自身も音楽家として学んでいる最中ですし。オーケストラの曲を書くようになったのもそうした学びの一つの成果。40歳になって初めて知ることばかりですよ。でも、そうやって学ぶことがすごく楽しい。自分が学んでいて楽しいってことをその場で伝えることにもつながればいいなと思って、今授業をやっているんです」

ホワイトボードを使っても岸田らしい表現が際立つ
ホワイトボードを使っても岸田らしい表現が際立つ

担当するのは2種類の授業

 現在、岸田繁が担当するのは「制作実習2(作曲技法)」と「クリエイティブワーク」という授業。どちらもぶち抜きで毎週3コマずつという結構なハードワークだ。しかも、特任教授となった今は公開授業の時とは違い、岸田のことを全く知らない学生、くるりの曲さえ知らない学生もいる。ただ、それさえも岸田は「面白いし刺激を受ける」と穏やかに笑う。

 「歌詞の書き方とか曲の形式みたいなものは、ある程度はもちろん教えます。でも、むしろ、それより生徒さんたちが本当に魅力的な曲を書いてきてくれればそれが一番いいと思っているし、実際、本当にいい曲を作るコがいっぱいいるんです。だから、僕はいつも生徒さんたちに“うぬぼれなさい”と言っています。自信を持てと。高いレベルでうぬぼれることをやってほしいし、そのために僕は自分が培ってきたことを惜しまず伝えたいと思っています」

 前期授業の終盤では学生がそれぞれ制作した楽曲を岸田が講評。それを土台にして後期はさらに踏み込んで仕上げていく作業をしっかり指導していくという。

大学内の録音スタジオではより具体的な授業も
大学内の録音スタジオではより具体的な授業も

メディアに興味のある者には実地で体験を

 ポピュラーカルチャー学部音楽コースには、マスコミやメディアでの仕事に関心のある生徒も少なくない。今、この記事を書いている筆者も岸田と同じ音楽コースでそうした学生のための雑誌作りやライティング・ワークショップの授業を受け持っているが、岸田はそうしたミュージシャン志望ではない学生に対してもユニークな取り組みを行なっている。それが「クリエイティブワーク」。前期の授業では、古い銭湯を利用した人気のカフェ『さらさ西陣』(京都市北区)の店内BGMを学生たちが選曲(現在、実際に学生が作ったプレイリストが店内で流れていることもあるという)。いわばプレイリスト作成という授業だが、決して自分の好きな曲で構成するのではなく、自分の足で店を訪ねて取材するところから始め、その場の雰囲気に合った曲を丹念に熟考させたと話す。対象者、クライアントへのリサーチが何より重要というメディアの在り方を、岸田は学生たちに実地で教えているのだ。

 「僕が10代とかの頃は、例えば騒音寺ってバンドが大好きでしょっちゅうライヴを観に行ったりしてメンバーに可愛がってもらって……現場でいろいろ学んだりしたんです。ああ、こうやってライヴをやるんだ、みたいに。だから、今の生徒さんたちにもとにかくいろいろと外で体験してほしいんです。それがそのまま学びになりますから。でも、すごくいいプレイリストばかりなんですよ。自分の知らない曲から選ぶというのを条件にしたんですけど、それが逆に新しい音楽との出会い、発見につながったという生徒さんもいますし、選曲って意外に難しいということを知った生徒さんもいると思います」

ラジオ番組での経験を生かして電波の仕組みや役割も伝える(筆者撮影)
ラジオ番組での経験を生かして電波の仕組みや役割も伝える(筆者撮影)

教育の場では自己の承認欲求を捨てる

 「クリエイティブワーク」後期の授業では、くるりが現在毎週担当しているアルファ・ステーション(FM京都)でのラジオ番組の制作にも取り組む予定。筆者が取材した日は、後期に向け、その番組のディレクターをゲスト・スピーカーに招いてラジオの仕組みや役割を説明していた。ラジオ番組には構成作家や選曲家が必要な場合も多い。もちろん、編集作業も重要な仕事だ。これで一つの現場に関わる様々な業種を学生たちは知ることになる。

 「僕が特任教授になる前は高野寛さんやスチャダラパーのBOSEさんが同じ京都精華大で教えてらした。細野晴臣さんも講義を行なってらした。僕はそのあとを引き継ぐような感じではあるんですけど、僕に何ができるかって、やっぱりこうやって直接伝えることだと思っているんです。かつて、ある友達のミュージシャンが“ミュージシャンなんて出たがりの目立ちたがり”と話していたんですけど、本当にそう思うし、僕も基本的にはそう。でも、教育の現場では少なからずそうした自己の承認欲求は捨てないといけない。ただ、音楽制作……いや、日常生活においてもそうなんじゃないかなって最近は特に思う。だから、本当にいい曲ができたら、誰にも聴かせずにそっと自分だけのためにとっておくような、そんな未来が自分にあればいいなと思っています(笑)。これは教育の現場に身を置くようになって改めて感じるようになったことかもしれないですね」

(写真は特記されていないものすべて京都精華大学、ノイズマッカートニー提供)

第2回へ続く 【岸田繁と音楽、そして教育】第2回~模索しながらも学生に寄り添う教育者へ

くるり 公式サイト

京都精華大学 公式サイト

音楽評論家、音楽ライター、京都精華大学非常勤講師

1967年東京生まれ京都育ち。『MUSIC MAGAZINE』『VOGUE NIPPON』など多数のメディアに音楽についての記事を執筆。京都精華大学ポピュラーカルチャー学部非常勤講師、『オトトイの学校』内 音楽ライター講座講師。α-STATION(FM京都)『Imaginary Line』(毎週日曜日21時)のパーソナリティ。音楽サイト『TURN』エグゼクティヴ・プロデューサー。Helga Press主宰。京都市在住。

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