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カーリング日本代表と対戦する“メガネ先輩”たちはいま…「暴露と苦難」の末の北京五輪展望

慎武宏ライター/スポーツソウル日本版編集長
(写真:ロイター/アフロ)

北京五輪の女子カーリングの予選リーグが序盤から盛り上がっている。

日本からは前回の平昌五輪に続きロコ・ソラーレが日本代表として出場。初戦のスウェーデン戦こそ5対8で敗れたが、続くカナダ戦では8対5で勝利。本日行われたデンマーク戦では8対7の逆転勝利を飾り、勢いに乗っている。

藤澤五月とスキップ対決のメガネ先輩の「その後」

対戦相手は異なるが、ロコ・ソラーレと同じように勝ち星を重ねているのがカーリング韓国代表だ。予選リーグ初戦のカナダ戦は7対12で落としたが、続く第2戦のイギリス戦は9-7で勝利。本日行われたROC(ロシア・オリンピック委員会)との試合でも9対5で勝利し、日本と同じく2勝1敗の3位に並ぶ。

カーリング女子韓国代表は、前回の平昌五輪で銀メダルに輝いたあの“チーム・キム”だ。

チーム全員が同郷で姓も「金(キム)」ということで“チーム・キム”の愛称で親しまれ、スキップであるキム・ウンジョンはその風貌から“メガネ先輩”と呼ばれアイドル並みの人気を誇ったことを記憶にしている日本のファンも多いだろう。

平昌五輪ではロコ・ソラーレと2度対戦し、藤澤五月vsメガネ先輩のスキップ対決なども大いに話題になった。特に準決勝は名勝負と記憶され、勝利した韓国は決勝に進んで銀メダル、日本も3位決定戦に勝利して銅メダルを手にした。

奇しくも両チームは昨年12月に行なわれた世最終予選を突破して北京五輪への出場切符を手にし、自国ではともにメダル獲得が期待されているが、『スポーツソウル』のキム・ヨンイル記者は「チーム・キムは北京の地にたどり着いたこと自体がドラマチックですよ」と語る。

「4年前の平昌五輪で、韓国はもちろんアジアで初めて銀メダルに輝いてチーム・キムは、その後も人気絶頂でした。日本の人気漫画『スラムダンク』に登場するキャラに似ていることから“メガネ先輩”と呼ばれたキム・ウンジョンも、平昌五輪から5か月後の2018年7月にスケート講師をしている男性と約5年の交際を経て結婚。このときはまさに幸せの頂点でしたが、それ以降は試練の日々が続きましたから」

(参考記事: 祝結婚…メガネを外した“メガネ先輩”のウェディングドレス姿が美しすぎる!!【PHOTO】)

悪事を暴露したが、「根なし草」に

試練の始まりは2018年11月にチーム・キム全員が出席して行なった緊急記者会見だった。

「それまで所属していた慶北(キョンプク)体育会の理事で韓国カーリング連盟の副会長でもあったキム・ギョンドゥ氏、その娘キム・ミンジョン、娘婿のチャン・バンソク監督から罵言と暴言を浴びて侮辱感に苛まされ、褒賞金もまともにもらえていないという衝撃的な内容も含まれた、いわゆる暴露でした」

勇気ある暴露を支持する声は多かった。ほかの選手、指導者たちもチーム・キムを支持し、前述のキム副会長一族はじめカーリング連盟の首脳部はこの件を機に一新されることになる。

だが、皮肉だったのはその告発で所属先での練習もままならなくなり、キム・ウンジョンが結婚と出産で競技を離れると、チーム・キムの成績も下降。2019年は韓国代表の座もライバルたちに奪われてしまうほどだった。

2019年秋にキム・ウンジョンが復帰し、2020年11月には国内選手権を制して韓国代表に返り咲いたが、新型コロナの影響により国内外で実戦経験を積める機会は少なく、所属していた慶北体育会との再契約にも失敗。

同じ頃、韓国カーリング連盟では新会長選挙の内紛騒動もあって、“チーム・キム”は所属先からも連盟からも、まともな支援も受けられなかった。

「あの時期のチーム・キムは各地を転々としながら練習するしかなかった。平昌時には人気絶頂だった彼女たちが、拠点も練習施設もない“根なし草”になってしまったのです」(キム・ヨンイル記者)

新所属先、新体制、海外遠征へ

そんな彼女たちに所属先を与えたのが江陵(カンルン)市庁だったという。同庁は2021年3月からカーリング・チームの創設・運営をはじめ、“チーム・キム”のメンバー全員を受け入れている。

同じ頃、韓国カーリング連盟も新体制が発足し、“チーム・キム”を積極サポート。昨年は5月にカーリング女子世界選手権出場、8月に外国人指導者補強、9月にはカナダ遠征、11月にはスイス合宿など練習と実戦環境を整えた。

そうして臨み北京行きの切符を手にしたのが、前出の世界最終予選だった。

練習場さえままならなかった根なし草から1年で華々しい五倫の舞台へ。まさに「たどり着いただけでドラマチック」かもしれない。

ただ、五輪の舞台にたどり着いたことだけに満足はしていない。チーム・キムのスキップである“メガネ先輩”ことキム・ウンジョンは、昨年12月に韓国で行われたメディアデーで言っている。

「この4年間、辛いことも多かったのですが、たくさんの方々の協力で練習できる環境が整い、2大会連続五輪出場という記録を作ることができました。世界でもっとも強い10チームが五輪に出場するだけにメダル獲得は確約できませんが、一生懸命に最善を尽くしてきます」

司令塔的コーチと“氷質”を読め

前回大会同様、メダルを狙っていくという覚悟を示したわけが、そのために重要になっているのが自身のショットの精度であることをキム・ウンジョンは知っている。『スポーツソウル』のキム・ヨンイル記者もこう展望する。

「チーム・キムの成否には大きく分けて2つあると思います。ひとつはスキップであるキム・ウンジョンのショットの精度。彼女は4年前の平昌五輪の勝負所で80%以上のショット成功率を見せ、銀メダルの立役者になった。結婚・出産などブランクもあってまだ100%のコンディションとはいえないですが、キム・ウンジョンのショットの精度が、勝敗を分けるポイントになるでしょう」

そのキム・ウンジョンが大きな信頼を寄せているのが、平昌五輪でもチーム・キムを指導していたカナダ人コーチのピーター・ギャラント氏だという。キム・ウンジョンは出国前、『スポーツソウル』五輪取材班にこう言っていたという。

「ギャラントさんと私たちは、目を見ただけで何もかもわかり通じ合える方で、技術的なアドバイスだけでなく、心理的にも大きな助けをもらっています」

ギャラント氏は昨年8月にカーリング韓国代表コーチとして正式復帰しているが、『スポーツソウル』五輪取材班によるとギャラント氏は「チーム・キムに欠かせない影の司令塔的存在」らしい。

そして、このギャラント氏と選手たちが北京の“氷質”を素早く把握し、戦略を駆使することがポイントになると、『スポーツソウル』五輪取材班は展望する。

「カーリングは、リンクの状態が非常に敏感に影響します。競技場ごとに氷質も違う。氷質によってカール(ストーンの曲がる程度)が変わる特性があるため、その状況をしっかり把握して戦略を立てることが、勝敗を左右するもうひとつのポイントになるでしょう」

元韓国カーリング連盟の元競技力向上委員長であるヤン・ジェボン氏も、『スポーツソウル』の取材に対して次のように語っていたらしい。

「選手とコーチングスタッフは各シート(氷質)を素早く把握してメモし、戦略会議を行うが、チーム・キムは初戦のカナダ戦、第二戦のイギリス戦を見るかぎり、問題なさそうだ。キム・ウンジョンも調子を上げていきている。狙った通りのショットができていれば、その後の予選もスムーズに戦えるだろう」

スタートとしては悪くない。それが予選序盤の3試合を終えた韓国の反応のようだが、チーム・キムはこれから正念場を迎えることになる。

明日2月13日には中国と対戦。そして2月14日には昼にアメリカ、夜に日本と戦うダブルヘッダーが控えている。特にロコ・ソラーレとの“日韓戦”は、予選リーグ前半戦の大一番になることは間違いないだろう。

前回平昌五輪に続くライバル対決だけに日韓両国で大きな注目を集めそうだが、キム・ヨンイル記者によると『スポーツソウル』が独自に取材してきたメガネ先輩や藤澤五月に関するエピソードもあるという。それについては次回、紹介したい。

ライター/スポーツソウル日本版編集長

1971年4月16日東京都生まれの在日コリアン3世。早稲田大学・大学院スポーツ科学科修了。著書『ヒディンク・コリアの真実』で02年度ミズノ・スポーツライター賞最優秀賞受賞。著書・訳書に『祖国と母国とフットボール』『パク・チソン自伝』『韓流スターたちの真実』など多数。KFA(韓国サッカー協会)、KLPGA(韓国女子プロゴルフ協会)、Kリーグなどの登録メディア。韓国のスポーツ新聞『スポーツソウル』日本版編集長も務めている。

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