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日本で生まれ育った元北朝鮮代表・李漢宰が語る「日本戦の重み」と「問題提議」

慎武宏ライター/スポーツソウル日本版編集長
05年W杯アジア最終予選時の李漢宰(写真:ロイター/アフロ)

EAFF E-1サッカー選手権が、12月8~16日に日本で開催される。前回大会まで東アジアカップという名称で行われていた、東アジア王者を決する大会だ。

男子は日本、韓国、中国、北朝鮮の4カ国で争われるが、注目したいのは、日本が初戦で当たる北朝鮮代表だ。

1966年W杯でイタリアを相手に大金星を挙げ、アジア勢としては初のベスト8進出を成し遂げた東アジアの古豪。ロシアW杯アジア予選は2次予選で敗退したものの、昨年には25年ぶりに外国人監督を招聘。元ノルウェー代表のヨハン・アンデルセン監督を招聘しており、実力は未知数だ。在日Jリーガーたちも多く招集されている。

(参考記事:25年ぶりの決断! 北朝鮮代表はなぜ外国人監督を招聘したのか?)

しかも、両国の間では政治的な緊張感がいつにも増して高まっている。これまでの日朝戦がそうであったように、国交のない両国の対決が、単なるスポーツの試合という枠に収まらないほどに関心を集めることは間違いないだろう。

05年のW杯アジア最終予選と重なる状況

そんな北朝鮮代表の一員として、かつて日本代表と対決したことのあるJリーガーがいる。FC町田ゼルビアで主将を務める李漢宰(リ・ハンジェ)だ。

岡山県の倉敷で生まれ、広島で育ち、小学生のころから北朝鮮代表になることが夢だったという李漢宰は、02年の夏にU-23代表に初選出。

05年2月に埼玉スタジアムで行われたW杯アジア最終予選でジーコ・ジャパンと対戦した。後半ロスタイムに大黒将志が決めた決勝ゴールに日本中が沸いた一戦だ。

李漢宰にとって、あの日本戦は忘れられない試合だという。

「朝鮮代表として日本代表と戦うことは、子供の頃から思い描いてきた夢でした。だから、ある意味で夢が叶ったとも言えますが、日本には勝てなかったし、ドイツW杯には行けませんでしたからね。

その意味では、夢を達成した代わりに、また新たな夢を手にした試合でした。日本に勝つこと、そしてW杯に出場すること。そんな新しい夢が僕の中で芽生えた試合だったと思うんです。その夢はまだ叶えられていませんから、夢は続いている。あの試合がすべての始まりでしたよね」

事実、この試合をきっかけに、安英学と李漢宰をはじめ在日コリアン・フットボーラーへの注目度は一気に高まった。また一方で、Jリーグや北朝鮮代表として名を挙げる在日選手も増えていった。

(参考記事:日韓スポーツ交流を支えた知られざる在日コリアン・アスリート列伝)

試合当時はまだプロ入り前だった現清水エスパルスの鄭大世も、「今思えばあの試合はオレの中での分岐点だった。絶対に北朝鮮代表になってやると強烈に思いましたから」と語っている。

日朝戦の影響力の大きさが伝わってくるが、それだけに李漢宰も、間近に迫った対決を当時と重ね合わせている。

「05年当時も両国の間には政治的な緊張感がありましたが、その意味でも、当時と今との状況は似ている。率直に言って、北朝鮮に良いイメージを持っている人々も少ないでしょう。でも、だからこそ、サッカーを通じてそんなイメージを変える大会にしてほしい。スポーツが変えられることもあると思うんです」

05年の試合の際には、安英学と宮本恒靖が握手を交わしたことをきっかけに、次々と両国の選手が手を握り合う場面もあった。スタンドからは万雷の拍手が起こっていた。実際にその場に立っていた李漢宰の言葉には、重みがある。

(参考記事:【長編ノンフィクション】AGAIN~サッカー北朝鮮代表の素顔を追え~)

日本戦で爆発する北朝鮮の“見えざる力”

もちろん、李漢宰自身もそのピッチに立つことを諦めていない。35歳となった今なお、北朝鮮代表のユニホームを着て、日本代表と戦うという夢を描き続けている。

「はたから見れば、可能性はかなり低くなっているかもしれませんが、今も本気で考えていますよ。

安英学先輩が、引退する1秒前まで“自分はW杯にもう一回出る”と言っていた。その言葉が、自分もまだやれるんだという気持ちにさせてくれました。僕もそんな先輩と同じ気持ちを持ち続けることで、次世代の選手たちにも影響を与えたい。

代表は言葉でいうほど簡単に行けるところではないし、リーグ戦を休んだりするリスクもあります。それでも、代表に選ばれることは名誉なことで、他には代えられないものを得ることができるチャンスに違いない。自分の姿を通して、それを次の世代に伝えていきたいと思っています」

北朝鮮代表としてプレーする姿を、今年2月に誕生した長男にも見せたいのだという。2009年に長女が生まれた当時に筆者が行ったインタビューでは、日本代表と戦う姿を娘に見せたいと話していたが、その気持ちに変わりはないらしい。

李漢宰(撮影:ピッチコミュニケーションズ)
李漢宰(撮影:ピッチコミュニケーションズ)

「日本で生まれ育った子供たちが、自分の父親が朝鮮代表として日本と戦う姿を目の当りにしたら、“どういうこと?”といろいろなことを考えるでしょう。自分の子供たちに限らず、在日も含め日本に住んでいるすべての人々がそう思うかもしれません。

今回のE-1選手権で久々に実現する日朝戦には、多くの在日Jリーガーも出場するはず。ハリル・ジャパンとの試合を通じて、初めて在日の存在を知る日本の方々もいるはずです。

そういう意味では、在日の選手は朝鮮代表に選ばれることに満足せず、試合に出場すること、そして、それこそ魂のこもったプレーをすることが重要だと言えるでしょう」

李漢宰にとっては、在日コリアンが確かに日本社会にいるという事実を知らせる「問題提議」こそが自分の存在意義であり、やりがいであるのだ。

今回のE-1カップでも北朝鮮代表には多くの視線が注がれるだろうが、それだけに試合の結果や内容も重要になる。勝敗は人々の反応にも少なからず影響するだろうし、ラフプレーが目立てば報道の色合いが変わってくることも容易に想像がつく。

李漢宰はこの試合、どんな展開を予想しているのか。

「普通にやれば日本の方が実力は上だと見ていますが、実際に試合が始まってみないとわかりません。05年当時も、選手たちは日本には絶対負けたくないという意志がかなり強かった。

もちろん政治的な敵意ではなく、サッカーで負けたくないという気持ちですが、朝鮮の選手たちは本番で驚くような力を発揮する。日本戦では見えない力が生まれるんですよ。今回の試合も、その力が間違いなく働くでしょう。ワクワクする試合になることを期待したいですね」

決戦は12月9日。両国にとってさまざまな意味を持つこの対決では、どんなドラマが生まれるだろうか。そして、そのとき李漢宰は何を思うのだろうか。

いずれにしても、見逃せない一戦となることは間違いなさそうだ。

ライター/スポーツソウル日本版編集長

1971年4月16日東京都生まれの在日コリアン3世。早稲田大学・大学院スポーツ科学科修了。著書『ヒディンク・コリアの真実』で02年度ミズノ・スポーツライター賞最優秀賞受賞。著書・訳書に『祖国と母国とフットボール』『パク・チソン自伝』『韓流スターたちの真実』など多数。KFA(韓国サッカー協会)、KLPGA(韓国女子プロゴルフ協会)、Kリーグなどの登録メディア。韓国のスポーツ新聞『スポーツソウル』日本版編集長も務めている。

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