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2030年W杯・南北&日中4カ国開催プランをぶちまけた韓国の思惑と現実味

慎武宏ライター/スポーツソウル日本版編集長
仰天プランを提案したKFAのチョン・モンギュ会長(写真:ロイター/アフロ)

韓国の文在寅大統領が放った一言に注目が集まっている。文大統領は6月12日、U-20ワールドカップの決勝戦観戦のために韓国を訪れたFIFAのジャンニ・インファンティーノ会長と大統領府で会談し、こんな提案をしたという。

「2030年のFIFAワールドカップを韓国、中国、日本、北韓国(北朝鮮)など北東アジア4カ国で共同開催することを提案したい」

文大統領の “スポーツ界との浅からぬ関係”は以前も紹介したが、まさか文大統領の口から「ワールドカップ」が、それも「韓国・日本・中国・北朝鮮」の4カ国開催という仰天プランが飛び出すとは思わなかった。韓国メディアやファンたちも少なからず驚きを隠せないようでもある。

(参考記事:「肝心なのは日中の意向」「北に金を与えたいのか」“南北日中W杯”共同開催プランに対する韓国の反応と本音)

仰天プラン発案者チョン・モンギュ会長とは

もっとも、韓国から「北東アジア4カ国開催」が持ち上がったのは今回が初めてではない。同プランが世に出たのは、今年3月にKFA(韓国サッカー協会)のチョン・モンギュ会長が発表したのが初めてだった。

KFAのチョン会長と言うと、日本のサッカーファンが連想するのはチョン・モンジュン(鄭夢準)氏だろうが、同じチョン(鄭)でもチョン・モンギュ(鄭夢奎)会長は別人だ。

ただ、チョン・モンジュン氏とは血縁関係にある。チョン・モンギュ会長の父親はチョン・セヨン氏。同氏は現代(ヒョンダイ)グループ創始者でありチョン・モンジュン氏の父である故チョン・ジュヨン氏の弟。つまり、チョン・モンギュ会長は、チョン・モンジュン氏の従弟なのだ。

そんなチョン会長の財界での顔は、“現代産業開発”の会長。現代グループの都市開発事業などを担う現代産業開発は1976年に設立された総合建設会社で、住宅事業だけでなく、都市開発事業と建築、土木、SOC開発事業など様々な建設分野の事業を営んでいる。

「財界人がなぜスポーツの世界に」と思われるかもしれないが、韓国では“財閥とスポーツ界は腐れ縁”とも言われている。

チョン・モンギュ会長も、94年から96年まで蔚山現代、96年から97年には全北現代、2000年からは釜山アイパークとKリーグ・クラブのオーナーなどを務めてきた。2011年に韓国プロサッカー連盟の第9代総裁に選出され、2013年からはKFA会長になった。昨年7月には再選。任期は2020年までとなっている。

そんなチョン・モンギュ会長がなぜ、任期期間内どころか先のまた先に思えそうな2030年ワールドカップの東北アジア4カ国開催をぶちまけたか。

韓国では、「2026年のW杯から参加国を32カ国から48カ国に拡大すること」「参加国が増えることによって必然的に開催国の負担も増えること」などがその理由として挙げられているが、それだけではないと思う。

(参考記事:韓国サッカー協会チョン・モンギュ会長はなぜ、南北日中でのW杯共同開催という“仰天プラン”をぶちまけたのか)

「平和作り」という大義名分に潜む思惑

個人的に思うのはチョン会長がKFA会長選挙で掲げた公約も関係しているのではないかということだ。

チョン会長は常々、「韓国はサッカーの国際競争力向上はもちろん、サッカーの行政力も高める必要がある」として、さまざまな取り組みを行なってきた。そのひとつが前出したU-20ワールドカップの韓国招致であり、サッカー外交力を高めていく」としており、自らもAFCの副会長に就任したりもした。今年5月にはFIFA評議会委員にもなっている。

また、自らの国際舞台進出とともに、2021年コンフェデレーションズカップ、2023年アジアカップの招致にも乗り出すなど、国際大会の韓国招致にも意欲的なのである。今回の2030年ワールドカップ開催に名乗りを上げたのも、韓国サッカーの国際的地位向上を目指してのことなのだろう。

もっとも、それはチョン会長や韓国サッカー界の思惑であって、「北東アジア4カ国開催」開催はかなり現実味が低いと思わざるを得ない。

例えば北朝鮮との共催だ。韓国は2002年ワールドカップでも一時期、チョン・モンジュン会長(当時)が旗振り役となって「北朝鮮分催」のアドバルーンを上げたことがあったが、結果的には実現しなかった。

2002年ワールドカップ直後に行なわれた南北親善サッカー大会で目撃した韓国協会と北朝鮮協会の“虚しくなる神経戦”を目撃した立場から言わせてもらうと、両国が手を取り合って国際大会を開くのは簡単ではないことは容易に想像がつく。

同じ民族同士であっても課題山積であるのに、中国や日本と歩調を合わせられるかという点でも疑問符ばかりが頭をよぎる。

オリンピック開催を経験した中国が次なるターゲットとしてワールドカップ開催に関心を抱いていることは明らかであるし、日本は2050年までに日本での単独開催を目標にしているのだ。

そんな両国がチョン会長のプランを手放しで歓迎し共鳴するとは思えない。特に韓国と日本は2002年ワールドカップで共催を経験しただけに、「もう一度、韓国と」ならいなのが正直なところだろう。むしろ一部には「韓国とはもう懲り懲りだ」という意見もあるはずだ。

(参考記事:度が過ぎた一部の“熱狂”と“誤審”は2002年W杯の“負の遺産”なのか)

「北東アジア地域でワールドカップを共同開催できれば、南北平和と北東アジア地域の平和づくりに役立つと思う。2030年ワールドカップでその機会が訪れることを願っている」

そう言ってインファンティーノ会長に仰天プランを提案したという文大統領。それはチョン会長が主張してきた“名分”でもあり、“サッカーが平和作りに寄与できるならそれも素晴らしいだろう。だが、果てして現状での4カ国開催が本当に意義あるものになるのだろうか。

平和作りという大義は否定しない。ただ、その大義ばかりを先行させて、ワールドカップとサッカーに政治的な名分ばかりを持ち込まないでほしいと思っているのは私だけではないと思うのだが…。

ライター/スポーツソウル日本版編集長

1971年4月16日東京都生まれの在日コリアン3世。早稲田大学・大学院スポーツ科学科修了。著書『ヒディンク・コリアの真実』で02年度ミズノ・スポーツライター賞最優秀賞受賞。著書・訳書に『祖国と母国とフットボール』『パク・チソン自伝』『韓流スターたちの真実』など多数。KFA(韓国サッカー協会)、KLPGA(韓国女子プロゴルフ協会)、Kリーグなどの登録メディア。韓国のスポーツ新聞『スポーツソウル』日本版編集長も務めている。

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