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「四強神話を食い潰す」“窮余の策”に頼るしかない韓国サッカーの危機

慎武宏ライター/スポーツソウル日本版編集長
ヘッドコーチ入閣を受け入れたシュティーリケ監督(写真:ロイター/アフロ)

ロシア・ワールドカップ出場権をかけたアジア最終予選で苦戦する韓国。3月の最終予選では敵地で中国に敗れ、ホームでもシリア相手に宰勝したことでチームを率いるウリ・シュティーリケ監督への風当たりは厳しくなるばかり。世論はシュティーリケ監督の更迭を強く求め、サッカー関係者たちの間でも「今こそ監督交代できる最後のチャンス」と声が出たが、それでもKFA(大韓サッカー協会)は勇気ある決断を下せなかった。

KFAは4月3日に技術委員会を開き、シュティーリケ監督の続投を決めている。技術委員会は「もう一度信任する」としたが、代案がなかったと言ったほうが正しいだろう。

(参考記事:W杯予選脱落に現実味が…サッカー韓国代表に今、何が起きているのか)

そんなKFAがシュティーリケ体制のテコ入れとして決めたのが、ヘッドコーチの入閣だ。シュティーリケ監督は韓国代表監督に就任した際、古くからコンビを組んできたスペイン人コーチのカルロス・アルムアだけを伴って来韓。彼が主にフィジカルコーチを担当し、韓国人のシン・テヨンが参謀役を務めていたが、シン・テヨンがリオデジャネイロ五輪に挑んだU-23韓国代表監督に就任したことで、A代表のヘッドコーチ格が不在になった。

その穴を埋めようと、16年10月には前年に引退していたチャ・ドゥリを戦力分析官という役職で代表チームに加えた。今年2月にはチャ・ドゥリと同じく2002年W杯四強戦士で、引退後は成均館大学サッカー部監督を務めていたソル・ギョヒョンをコーチとして迎えている。

ただ、ふたりはまだ30代後半と若く、指導者経験も少ないため、“兄貴分的な存在”の域を脱せない感があった。

(参考記事:写真公開!指導者、タレント、財団理事長まで!! 韓国“四強戦士”23人の近況)

一説にはシュティーリケ監督が、采配や選手起用法をめぐって意見の相違や摩擦が起きそうなベテランコーチの招聘を拒み、自分に従順で補助してくれる若手コーチを求めた人事との声もある。

ただ、中国戦やシリア戦で不可解な采配が多かった監督に技術委員会も危機感を覚えたのだろう。技術委員会は再信任の際にシュティーリケ監督に経験豊富なヘッドコーチの入閣を求め、さすがに今回はそれを受け入れたという。

そこで選ばれたのが、チョン・ヘソン氏でもある。

日本のサッカーファンには馴染みが薄い名かもしれないが、その実績は申し分ない。2002年ワールドカップ時には、フース・ヒディンク監督を支えた韓国人コーチ3人組のひとりであったし、2010年ワールドカップでも韓国代表のヘッドコーチを務め、韓国代表のベスト16進出を影で支えた。2010年ワールドカップ後はKリーグの全南ドラゴンズの監督として采配を振るっている。まさに“経験豊富なヘッドコーチ”としては適任だろう。

チョン・へソン氏とのエピソードで個人的に忘れられないのは、2002年ワールドカップのときのことだ。その前年、韓国代表はフランスやチェコに大敗を続け、ヒディンクへの風当たりもかなり厳しくなっていた。

そんな中で迎えた11月のクロアチア戦の試合前。チョン・へソン氏はヒディンク監督に「3分だけ時間をくれ」と嘆願して、選手たちを激しく叱咤激励して、そのやる気を引き出した。そのおかげもあったのだろうか。クロアチアに2-0の勝利を飾った韓国代表はそこから上昇気流に乗っていくのだが、後日ヒディンク監督は「チームに喝が入った」と語って、チョン・ヘソン氏を高く評価していた。そんな熱さを持った指導者なのだ。

ただ、懸念材料もある。ひとつは頑固一徹主義とされるシュティーリケ監督との関係だ。ヒディンク監督と良好な関係を築いたチョン・ヘソン氏だが、采配や標榜するサッカースタイルはもちろん、その言動でもヒディンク監督と決定的な違いがあるシュティーリケ監督と良好な関係を築けるは未知数だろう。

また、チャ・ドゥリやソル・ギヒョンはかつての教え子。経験が浅いとはいえ、同じ指導者になったふたりとどんな協力関係を保っていくのか。それに2002年時は44歳だったチョン・ヘソン氏も、今では59歳。数え年の韓国では還暦だ。かつてのようにアグレッシブに檄を飛ばして選手の心をつかめるだろうか。

何よりもシュティーリケ体制は発足からすべてに2年が経っている。キ・ソンヨンら2010年ワールドカップをともにした選手もいるが、ソン・フンミンら若手選手との関係構築のための時間も限られている。チョン・ヘソン氏のヘッドコーチ入閣で、万事が解決するというわけではなさそうなのだ。

それどころか、旧知の韓国記者たちの間では、前出したチャ・ドゥリ、ソル・ギヒョンと続き、チョン・ヘソン氏まで加えたことで、「2002年四強神話にすがりすぎで、このままでは食い潰す。窮余の策にしか映らない」という皮肉もある。

そのため、コーチングスタッフの拡充よりも、新戦力を補強したり既存の選手を入れ替えるなどチームを刷新する必要性も叫ばれている。その中には、現在はバルサの下部組織にし、“韓国サッカーの希望”ともされるイ・スンウ(バルサ フニベールA)やペク・スンホ(バルサB)の名前もある。

ふたりはA代表よりもまず先に、5月に行なわれるU-20ワールドカップでの活躍が期待されているが、久保健英への期待が高まっている日本同様に、韓国でも「若くて才能あふれる10代」が期待の望みになっているひとつの例と言えるだろう。

(参考記事:日本の久保建英だけじゃない!! 韓国のイ・スンウとペク・スンホはなぜ、バルサの一員になれたのか)

次のワールドカップ・アジア最終予選は6月13日。韓国は敵地でカタールに挑むが、これから約1か月半でどのような変化が起きていくのだろうか。気になるところだ。

ライター/スポーツソウル日本版編集長

1971年4月16日東京都生まれの在日コリアン3世。早稲田大学・大学院スポーツ科学科修了。著書『ヒディンク・コリアの真実』で02年度ミズノ・スポーツライター賞最優秀賞受賞。著書・訳書に『祖国と母国とフットボール』『パク・チソン自伝』『韓流スターたちの真実』など多数。KFA(韓国サッカー協会)、KLPGA(韓国女子プロゴルフ協会)、Kリーグなどの登録メディア。韓国のスポーツ新聞『スポーツソウル』日本版編集長も務めている。

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