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洪明甫(ホン・ミョンボ)インタビュー「カリスマが語る日韓中サッカー比較」(3)

慎武宏ライター/スポーツソウル日本版編集長
柏レイソル時代のホン・ミョンボ監督(写真:築田純/アフロスポーツ)

世界中からスター選手を次々とかき集め、今や世界のサッカーファンたちもその動向を無視できなくなった中国サッカー。中国の杭州緑城で監督生活を送る“韓国サッカー界のカリスマ“ホン・ミョンボ監督は語る。

「世間で言われているように、確かに勢いがあります。資金面や外国人選手獲得のために動くお金のスケールのケタが違う。事前情報以上でした」

■中国サッカーの強みとその弊害とは?

ブラジル・ワールドカップ後、1年半のブランクを置いたホン・ミョンボ監督が、再起の舞台として選んだのが中国だったことも驚きだったが、中国のスケールは当の本人であるホン・ミョンボ監督も驚いたわけだ。

(参考記事:容赦なき抹殺批判乗り越え中国で再起したホン・ミョンボの決断を後押した日本のサッカー関係者とは?

そんなホン・ミョンボ監督に尋ねたかったのは、日本や韓国との対比を通じて見た中国サッカーである。現役時代はJリーグでもプレーし、元日本代表選手や指導者とも交流が深く日本を熟知しているホン・ミョンボ監督の目に、中国サッカーはどう映っているのだろうか。

「現時点での中国サッカーの最大の強みは、巨額のファンド・マネーでしょう。その豊富な資金力で大物外国人選手を次々と獲得することで、世界に中国サッカーの存在をアピールできていますし、中国のサッカーファンたちもそうした流れに熱狂し歓喜している。金にものを言わせたやり方がどうであれ、サッカー熱が盛り上がっているということはポジティブな要素だと思います」

ただ、多くのクラブが外国人選手に依存しているのも事実だという。

「多くのクラブが最前線に外国人選手を任させ、残りの選手はひたすら守るというスタイルが主流。外国人選手は試合の結果だけでなく、彼らの生活態度、練習に対する姿勢など、さまざまな面で中国人選手に影響も与えている。外国人選手の出来が、勝敗という試合結果だけでなく、チームの出来や方向性まで左右すると言っても過言ではありません」

■外国人や若手の台頭など、かつての日本と比較すると…

それは、かつて自身がプレーしていた頃のJリーグとも重なる部分もあるという。ホン・ミョンボ監督がJリーグでプレーした1990年代後半、Jリーグにも現役ブラジル代表やワールドカップ得点王など世界クラスの選手が多かった。

その中でホン・ミョンボら韓国人選手たちも増えていった。それは 歴代コリアンJリーガーたちの系譜を見てもわかる。彼らは「イルボン(日本)はライバルか」と葛藤しながらが、様々なプラスアルファをもたらした。ただ、Jリーグと現在の中国の状況はやや異なると、元Jリーガーは言う。

「外国人選手のレベルではあの頃のJよりも、今の中国のほうが図抜けています。ただ、Jリーグは外国人選手ばかりに依存せず、育成システムやサッカー・インフラをしっかり整えることも怠らなかった。そうした取り組みがあるからこそ、特定の外国人選手に頼らずとも成績面でも興行面でもしっかり成り立つリーグに成長できた」

韓国人記者も「総合力ではJリーグがアジアNO.1」と認めているが、ホン・ミョンボも異論がないようだ。

彼の記憶に今も鮮明に残るのは、満員の大観衆で包まれたJリーグの試合会場だという。特に今でも愛着を抱く柏レイソルの日立台サッカー場の雰囲気は思い出すだけでも胸が躍るらしい。

「Jリーグは今でも大勢の観客の熱気があるじゃないですか。対して中国はどうか。サッカー専用スタジアムをホームとするクラブは、スーパーリーグ16チーム中1チームしかない。Jのようなビジョンやインフラに対する意識があれば、選手だけではなくスタジアムなどにも投資するはずですが、今のところ、中国にそのような動きが見られないのが、日本と中国の違いではないでしょうか」

また、若くて才能ある自国の有望選手が頭角を現しづらい状況にあることも、中国の課題だという。最近は日本の久保健英、韓国のイ・スンウやペク・スンホなどが注目されているが、中国では彼らのような有望株がなかなか現れない。

(参考記事:日本の久保建英だけじゃない!! 韓国のイ・スンウとペク・スンホはなぜ、バルサの一員になれたのか

「中国サッカーは外国人選手ばかりに投資のフォーカスが集まり、中国国内の選手たちがあまり重視されず蔑ろにされている部分も否めません。ただ、中国サッカー全体が発展するためには自国の選手育成は不可欠ですし、この部分を強化しなければ中国代表は強くならない。現在のスーパーリーグの活況を、中国サッカーの発展に繋げていくという認識が不足しているように思います」

■実は日本の育成ノウハウが中国でも生かされている

ただ、中国サッカーにも変化の兆しは見え始めている。今季から急きょ採用されるようになった外国人枠の削減がそれだ。

これまでの外国人枠は「4人+アジア枠1」だったが、アジア枠が撤廃され、1試合に出場できる外国人選手は3名までと制限されるようになった。ホン・ミョンボ監督はそこに中国サッカーの変化の兆しが見られると語る。

「中国においてサッカーは政治とは切り離せず、今回の外国人枠削減も政府のスポーツ当局が主導したものでしょうが、方向性としては間違っていないと思います。外国人枠が削減されると同時に、各チームは23歳以下の中国人選手を最低1名は出場させることも義務付けられていますから。ルール変更で若手に出場機会が与えられるようなったことは、中国サッカーの将来を長い目で見たとき、プラスに働くのではないでしょうか」

ホン・ミョンボ監督は、「選手育成などの未来へり投資がその国のサッカーを発展させる」と常々語ってきた。

以前インタビューしたときも、「日本サッカーはこの十数年で飛躍的な成長を遂げたが、今後もその発展路線は継続していくはずだ。そうした日本の取り組みと成長を韓国も参考にし、見習わなければならない部分は見習う必要があると思う」と語っていたほどである。

(参考記事:日本を熟知するホン・ミョンボが見たニッポンとJリーグ

「中国は日本の育成システムを参考にしたいと思っているはず。私が指揮する杭州緑城でも、日本の育成ノウハウがところどころで生かされている」とも教えてくれた。

いずれにしても中国サッカーが急速に力をつけていることは間違いないわけだが、その中国サッカーと日本や韓国はどう付き合っていくべきなのか。次回はそこにフォーカスを合わせてホン・ミョンボ監督の見解を紹介したい。

ライター/スポーツソウル日本版編集長

1971年4月16日東京都生まれの在日コリアン3世。早稲田大学・大学院スポーツ科学科修了。著書『ヒディンク・コリアの真実』で02年度ミズノ・スポーツライター賞最優秀賞受賞。著書・訳書に『祖国と母国とフットボール』『パク・チソン自伝』『韓流スターたちの真実』など多数。KFA(韓国サッカー協会)、KLPGA(韓国女子プロゴルフ協会)、Kリーグなどの登録メディア。韓国のスポーツ新聞『スポーツソウル』日本版編集長も務めている。

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