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“師匠の日”の優勝は逃しても揺るがないイ・ボミと“虎先生”の信頼関係

慎武宏ライター/スポーツソウル日本版編集長
イ・ボミとチョ・ボムスコーチ(写真提供/チョ・ボムスコーチ)

昨日5月15日は韓国では“師匠の日”だった。公休日ではないが、学生時代に教えを受けた教師や、社会人生活でお世話になった恩師に感謝を込めて謝恩行事を行なったり、同窓生たちが集って昔の恩師や師匠を招き、“恩師の夜”などを開催してカーネーションなどのプレゼントを贈ったりする。

長幼の序を重んじる儒教の教えが生活宗教として社会に深く浸透し、年配の人から受けた恩義をとても大切にする韓国らしい記念日と言えるが、筆者がその存在を知ったのは今から14年前。2002年のことだ。

2002年の5月15日と言えば、日本と韓国が共同開催したサッカーのワールドカップ開幕直前だったが、大会直前の緊張感が漂う韓国代表のトレーニングキャンプ中に微笑ましい出来事が起きた。

当時の韓国代表はA代表史上初の外国人監督であるオランダ人のフース・ヒディンク監督が率いていたが、選手たち全員がポケットマネーを出し合ってヒディンク監督にブルガリのオーデコロンをプレゼントしたのである。ヒディンク監督は、儒教精神ゆえにピッチ上にも存在した年功序列を一刀両断するなど、韓国文化に挑戦するかなり刺激的なことをしたが、その微笑ましい光景からは選手と監督との間にある強い信頼関係を感じずにはいられなかった。

(参考記事:韓国サッカーを変えたヒディンクの改革と戦略

最近、そんな素晴らしい師弟関係を感じさせてくれたのは、女子ゴルフのイ・ボミと彼女の師であるチョ・ボムスコーチだ。イ・ボミは高校3年生の頃からチョ・ボムスコーチの指導を受けており、その関係は10年近くなる。韓国で取材に応じてくれたチョ・ボムスコーチは、「ボミは私を信用し、私もボミを信じてきた。彼女の今日の成功の秘訣を語るとき、彼女の望み求めるゴルフと私が理想とするゴルフが合致していることが大きい」と語っていたが、その言葉を聞いたときふたりの間にある確かな信頼関係を感じた。

今年で63歳になるチョ・ボムスコーチだが、とても謙虚な人柄で過去の実績をひけらすことも、イ・ボミの今日の成功があるのは自分のおかげだと威張ることもしない。現役時代は韓国代表を6年も務め、プロでも活躍し、シニア大会でも優勝。指導者としても、アメリカの有名ゴルフ雑誌が選ぶ“世界の優秀コーチ50人”にも選ばれている。

にもかかわらず、「すべて過去のことですから」と謙遜され、「裏方の私が表に出てボミに迷惑がかからないか」と気を使われたり、取材現場に約束の時間より1時間も早く到着されて準備してくれただけではなく、20歳近く年が離れた筆者にも敬語をお使いになられたほどだった。ゴルフを問わずサッカーや野球など、これまで多くの韓国人指導者たちを取材してきたが、チョ・ボムスコーチのような方は珍しい。

奢らず、威張らず、他者を敬い配慮を怠らない。イ・ボミは誰にでもやさしく接し、取材やファンサービスも一生懸命な人柄の良さも有名だが、そうした人間的な部分でもチョ・ボムスコーチの影響を受けたのは間違いないだろう。

(参考記事:イ・ボミと名物コーチが歩んできたゴルフ道・二人三脚物語/運命の出会い

イ・ボミは韓国の新聞『東亜日報』で連載する自身のコラムの中で言っている。「若い頃は怖い“ホランイ(虎という意味)先生”のような方でしたが、今はアボジ(父)のような温かさを感じる人です」と。

筆者もチョ・ボムスコーチを取材してそう感じた。厳しく寛容で温かい。そんな人柄なのだ。取材したのはちょうどイ・ボミが米国ツアーの『ANAインスピレーション』を終えた直後で、韓国メディアからちょっぴり厳しい指摘もあったときだったが、チョ・ボムスは言うのだった。

(参考記事:「得るものはなかった」とも…。イ・ボミのメジャー挑戦を韓国メディアはどう報じたか

「実はさっきまで韓国に戻ってきたボミとコースに出てアライメントを確認していました。ボミはまったく落ち込んでいませんよ。彼女はいつもポジティブです。昔からボミには、“何事もポジティブに、肯定的に考えなさい”と教えてきました。ボールがうまく当らないときはメンタルが落ちてしまいがちになりますが、そういうときこそ物事を肯定的に考えるべきだと。今日も取材が終わったあと、ドライビングレンジで彼女のスイングを点検することになっています。完璧を求めるボミはいつも意欲的なんですよ」

イ・ボミは韓国に戻るとかならずチョ・ボムスのレッスンを受けるし、チョ・ボムスが日本に駆けつけて朝から晩まで練習に付き合うことも多い。今季初の国内メジャーとなった『サロンパスカップ』期間中も、朝から晩まで練習をする師弟の姿が確認されている。

その『サロンパスカップ』では惜しくも4位に終わったイ・ボミ。昨日行われた『ほけんの窓口レディース』でも、親友でありライバルであるキム・ハヌルや同じ88年生まれで“パク・セリキッズ”でもあるシン・ジエとの競り合いに、あと一歩及ばなかった。

キム・ハヌルが明かした勝負ジンクスとイ・ボミら“朴セリ・キッズ”の共通点 ヤフーニュース個人 2016/03/28

“師匠の日”に大会3連覇の朗報を届けることはできなかったが、恩師に報いる機会はまだまだたくさんある。今週は韓国で過ごし、5月27日からの『リゾートトラストレディス』からふたたび日本に帰ってくるというイ・ボミ。韓国で“ホランイ(虎)先生”の指導を受けて、調子を戻って帰って来ることを期待したい。

ライター/スポーツソウル日本版編集長

1971年4月16日東京都生まれの在日コリアン3世。早稲田大学・大学院スポーツ科学科修了。著書『ヒディンク・コリアの真実』で02年度ミズノ・スポーツライター賞最優秀賞受賞。著書・訳書に『祖国と母国とフットボール』『パク・チソン自伝』『韓流スターたちの真実』など多数。KFA(韓国サッカー協会)、KLPGA(韓国女子プロゴルフ協会)、Kリーグなどの登録メディア。韓国のスポーツ新聞『スポーツソウル』日本版編集長も務めている。

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