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ガンバ大阪は本当に「元ガンバ勢」に弱いのか/ブラジルでも似た現象が「元の法則」として研究のテーマに

下薗昌記記者/通訳者/ブラジルサッカー専門家
ガンバ大阪は今季、すでに3人の「元ガンバ」に得点を許している(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

 片野坂知宏監督のもと、新たなスタイルの確立に向けて試行錯誤が続いているガンバ大阪。エース、宇佐美貴史の離脱に続いて、守護神の東口順昭も戦列を離れるなど苦しい戦いが続いているが、指揮官を新たに迎えても変わらないように見えるのが「元ガンバ勢」に対しての失点癖である。今季、公式戦8試合を戦って、うち3試合でかつて所属した選手にゴールを許している。ブラジルのサッカー界でも古巣相手にゴールを決める元所属(ex)の選手は珍しくないことから「Lei do ex(元(ex)の法則)」という言葉が存在し、メディアでもその傾向や背景、データなどが特集されることが多いが、ガンバ大阪は本当に「元ガンバ勢」に弱いのだろうか。

指揮官が変わっても「元ガンバ勢」にゴールを献上

 片野坂体制で公式戦8試合を終え、J1リーグでは13位、ルヴァンカップではAグループで最下位と苦しい戦いが続いているガンバ大阪。攻守の軸を欠く苦しいチーム事情に加えて、今季の最大のミッションはブレないチームスタイルを再確立することだけに、シーズン序盤の成績に今、一喜一憂する必要はないだろう。

 ただ、指揮官が変わっても「元ガンバ勢」に失点しがちな悪癖は変わっていないように見える。

 ルヴァンカップでは大分トリニータ戦で長沢駿に2得点を献上。遠藤保仁との移籍後初対戦が注目されたジュビロ磐田戦では遠藤を起点に、鈴木雄斗が絡み、大森晃太郎に先制点を許している。遠藤、鈴木、大森の「元ガンバトリオ」による得点だった。

 そして3月最後のJ1リーグとなったアビスパ福岡戦でも、田中達也に2年連続の「恩返しゴール」(昨年のゴールは浦和レッズ在籍時)を許している。

 アビスパ福岡戦前の囲み取材で、愚問を承知ながら片野坂監督に「元ガンバ勢」への失点癖について質問をぶつけてみた。どんな質問にも誠実に答えを返してくれる指揮官の見解はこうである。

 「それも結果論で、結果的に得点を取った選手が元ガンバだというところになっているのかなと思います。別に長沢も元ガンバと言ってもトリニータの選手ですし、ベガルタでもやってました。大森に関してもジュビロで長いことやっていますし、元々ガンバでやっていた選手というのは、力のある選手でもあったというところはありますし、古巣に対してもやっぱり気持ちの入った、メンタル的にもやってやろうという強い気持ちを持ってやっている選手が多いのかなと」

 そして片野坂監督は、キッパリとクラブの悪癖ではないと言い切った。

「別に私自身がそれがガンバの伝統だとか、元いた選手にやられがちだとは思っていない」

2016年以降に許した「恩返し弾」とその戦歴は

 パナソニックスタジアム吹田を新たなホームスタジアムとした2016年以降、J1リーグの試合だけを対象に「元ガンバ勢」に許した失点を検証した結果が以下である。

 2016年 

 家長昭博(大宮アルディージャ)1点 勝ち

 レアンドロ(ヴィッセル神戸)1点 負け

 ペドロ・ジュニオール(ヴィッセル神戸)1点 負け

 2017年

 大森晃太郎(ヴィッセル神戸)1点 負け

 2018年 

 家長昭博(川崎フロンターレ) 1点 負け

 パトリック(サンフレッチェ広島)2点 負け

 2019年

 赤﨑秀平(名古屋グランパス)1点 負け

 長沢駿(ベガルタ仙台)1点 負け

 水本裕貴(松本山雅)1点 勝ち

 2020年

 長沢駿(ベガルタ仙台)3点 負け

 家長昭博(川崎フロンターレ)3点 負け

 2021年

 田中達也(浦和レッズ)1点 負け

 呉屋大翔(大分トリニータ)1点 勝ち

 結果だけを見れば、片野坂監督の見解通り、特に「元ガンバ勢」に多くの失点を許しているわけではないのだが、「恩返しゴール」を食らった試合の戦績は3勝10敗。負け試合が多いが故に、印象に残るのかもしれない。

ブラジルでは「元の法則」という言葉が話題に

 サッカー王国ブラジルでも、かつて所属(ex)した選手にゴールを決められる現象は珍しくない。

 ブラジルでは「Lei do ex(元の法則)」なる言葉が存在し、ウィキペディアでも紹介されている言葉であるが「最近、退団したチーム、もしきはかつて所属したチーム相手にゴールを決めること」と定義されている。

 ブラジルの有力スポーツサイト「グローボ・エスポルテ」の特集記事では「元の法則」の起源を遡っているが、この言葉がネット上で用いられ始めたのは2007年ごろだと言う。

 そしてブラジル全国選手権のシーズンが佳境に差し掛かると、毎年のように「恩返しゴール」を食らった数が多いチームを特集。また「恩返しゴール」を数多く決めている選手のゴールを分析し、古巣相手のゴール率と通常の試合でのゴール率を比較したりと、とにかくブラジルは、あの手この手でサッカーを深く掘り下げるのである。

 クラブとのトラブルで退団したり、サポーターから嫌われて退団したりとJリーグではあり得ない因縁も付きまとうブラジルサッカー界だけに、より古巣相手にモチベーションが高まることで「元の法則」が発動しやすくなる側面は否めない。

 さて、J1リーグでの巻き返しを目指すガンバ大阪は、今季まだホームで手にしていない公式戦勝利を目指して4月2日に名古屋グランパスと対戦する。

 率いるのはガンバ大阪を三冠獲得に導いた名将、長谷川健太監督である。

 かつてガンバ大阪を率いた指揮官との対戦歴は下記である。

 西野朗監督(ヴィッセル神戸)2012年に1度対戦し、引き分け

 レヴィー・クルピ監督(セレッソ大阪)2021年に1度対戦し、引き分け

 長谷川監督(FC東京)2018年から2021年まで2勝2分け4敗

 三冠を手にした2014シーズンにはヘッドコーチとして長谷川監督に仕えた片野坂監督との顔合わせも注目だが、名古屋グランパスには「元ガンバ勢」の阿部浩之も在籍中だけに、見どころの多い一戦になりそうだ。

 日本では「恩返しゴール」と称されることも多い古巣相手の得点だが、サポーターにとっては痛恨の一撃。アビスパ福岡の一員としてゴールを決めた田中が、試合後の会見で「恩返しゴール」を問われると、複雑な本音を語っていた。

 「正直、僕の中では、古巣の応援してもらったサポーターの前で得点を取ることに対して恩返しゴールというのは納得がいってないというか、違和感しかないので。正直、恩返しゴールと思っていないですし、極端に言えば恩を仇で返しているゴールになると思うので、ゴールして喜ぶことは出来なかった」

 移籍の経緯は様々だが、今季も様々なチームに「元ガンバ勢」が在籍中。片野坂監督が語った「元々ガンバでやっていた選手というのは、力のある選手でもあった」のは揺るぎのない事実だけに、やはり今後も注意が必要なのは間違いない。

記者/通訳者/ブラジルサッカー専門家

1971年、大阪市生まれ。大阪外国語大学(現大阪大学外国語学部)でポルトガル語を学ぶ。朝日新聞記者を経て、2002年にブラジルに移住し、永住権を取得。南米各国でワールドカップやコパ・リベルタドーレスなど700試合以上を取材。2005年からはガンバ大阪を追いつつ、ブラジルにも足を運ぶ。著書に「ジャポネス・ガランチードー日系ブラジル人、王国での闘い」(サッカー小僧新書)などがあり、「ラストピース』(KADAKAWA)は2015年のサッカー本大賞で大賞と読者賞。近著は「反骨心――ガンバ大阪の育成哲学――」(三栄書房)。日本テレビではコパ・リベルタドーレスの解説やクラブW杯の取材コーディネートも担当。

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