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なぜ、ハリルホジッチは若手を抜てきできるのか? ひも解くカギは“型のゆるいパズル”

清水英斗サッカーライター
ワールドカップ出場を決めたハリルジャパン(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

オーストラリアを2-0で下し、ロシアワールドカップ出場を決めた日本代表。

スタメンに抜てきした22歳の浅野拓磨、21歳の井手口陽介がそれぞれゴールを挙げたことで、若い選手を大胆に起用するハリルホジッチの手腕が称賛されている。

しかも、これはオーストラリア戦にかぎった現象ではなく、6月イラク戦の昌子源、3月UAE戦の今野泰幸、昨年11月サウジアラビア戦の久保裕也、昨年10月オーストラリア戦の小林悠、昨年9月UAE戦の大島僚太など、多くの選手が抜てきされた。プレッシャーのかかる最終予選で、ここまで新しい選手を送り出す監督は珍しい。

なぜ、ハリルホジッチは新しい選手、若手を抜てきできるのか?

本人の性格はあるだろう。リスクを恐れず、自分のアイデアを信じ抜く強さと頑固さがある。しかし、それだけではない。チーム作りと戦術にも要因がある。

ハリルホジッチは対戦相手によって、システムや選手起用をがらりと変える、カメレオンタイプの指揮官だ。特に攻撃陣にはレギュラーの概念すら薄い。相手の長所を封じるため、相手の弱点を突くために、試合によって戦術と選手を変更する。

このような柔軟性を出すためには、チームの“型”がゆるくなければならない。基本システムは[4-2-3-1]と、[4-1-4-1]の2種類のみ。難しいことはしない。近ごろ、世界的に流行している3バックも眼中になし。基本の型の中で、どういう特徴の選手を、どこに置き、何をさせるか。ハリルホジッチのチームは、個人戦術のパズルのようなもの。複雑なコンビネーションはない。というより、できない。

前回の記事でも書いたように、オーストラリア戦では[4-1-4-1]のハイプレスが機能したが、中盤にボールを運ばれた段階での守備はあやしかった。長谷部誠を中心とするマンツーマンの修正力のおかげで、何とかバランスを保つことができた。

だが、そもそもマンツーマンではなく、中盤で5人が横並びになり、[4-5-1]でゾーンを作って守備ができれば、それでいいのだ。むしろ、体力の消耗を抑えること、ボールを奪ったときの形の良さを考えても、ゾーンで守れたほうが良い。しかし、日本代表にそれはできなかった。日本はゾーンで守ることに慣れていない選手が多いので、守備戦術のベースが乏しい。オーストラリア戦に限らず、この最終予選は、約束事がシンプルなマンツーマンで解決する試合がどんどん増えた。

ある意味では、仕方がない。代表チームで鍛える時間はない。もしもやるなら、もっとメンバーを固定し、継続起用しなければならない。ところが、ハリルホジッチは試合ごとに柔軟性を求め、競争を促すぶん、戦術的な連係プレーを浸透させづらい。

これは4年前に監督を務めたザッケローニと比較するとわかりやすい。

このイタリア人指揮官の場合は、一つの戦術を極める傾向があった。パターンを細かく突き詰めるため、試合では驚くほど美しいオートマティズムで、敵陣を崩すコンビネーションが見られた。それこそ、クラブチーム並の連係プレーだ。

しかし、メンバー招集の際には「我々のやり方を思い出してもらわなければならない」が口癖。なじみのメンバーですら復習が必要なのだから、必然、新しい選手がフィットするのは時間がかかる。ポジションを奪うのは難しく、メンバーは固定起用された。

しかし、ハリルホジッチは違う。極めてシンプルなチーム作り。試合ごとに戦い方が変わるので、継続的に選ばれている選手のアドバンテージが小さい。だからこそ、新しい選手を抜てきできる。

過去、徐々に招集メンバーから外れていった選手の中には、「ハリルさんには戦術がない」と漏らす選手もいた。それは正直な感想だろう。普段、Jクラブでやっているサッカーに比べれば、ハリルジャパンの戦術は、ひどく大ざっぱに感じたはず。1年に数回パッと集まり、2~3回のトレーニングで試合を迎え、さらにその戦術も試合ごとに変わるのがハリルジャパンだ。クラブほど細かい戦術を仕込めるわけがない。個人頼み。個人戦術のパズルだ。

しかし、それは良くないことなのか? サッカーは戦術的に高度なことをやったほうがいいのか? いや、一概にそうとは言えない。戦術が複雑になればなるほど、固定メンバーを入れ替えづらくなる。

シンプルであることは、いちばん柔軟だ。競争も活性化する。

ハリル式は代表チームのスタンダード

ハリルホジッチとザッケローニのチーム作りは、メリットとデメリットが正反対だ。これはどちらが優れているのかではなく、どちらが代表チームに向いているのか。それを考えるべきだろう。

ワールドカップは過密日程の短期決戦。長距離移動もある。ハリルホジッチのチームは、コンディションの良い選手に入れ替えながら戦えるので、過密日程向きだ。また、今回のオーストラリアのように、MFアーロン・ムーイが突然の体調不良で欠場したり、FWトミ・ユリッチが軽傷を抱えたりと、中心選手を欠くアクシデントも想定される。そんな不測の事態にも、ハリルホジッチのチームは強い。

また、ワールドカップは抽選で対戦相手が決まってから、本番まで半年もの時間がある。この間に各チームは対戦相手を丸裸にするべく、分析し、対策を立てる。実際、ブラジル大会で対戦したコートジボワールは、スタメンもシステムも読みやすいザックジャパンを、丸裸にして臨んできた。

その意味では、ハリルホジッチのカメレオン戦術は相手に読まれにくい。大きなメリットだ。代表チームの在り方としてはこちらがベターだろう。世界的にもスタンダードだ。

ハリルホジッチのチーム作りは、単なるピッチ内の現象だけでなく、代表チームのあるべき姿を多角的に見ることで、深みが感じられる。

サッカーライター

1979年12月1日生まれ、岐阜県下呂市出身。プレーヤー目線で試合を切り取るサッカーライター。新著『サッカー観戦力 プロでも見落とすワンランク上の視点』『サッカーは監督で決まる リーダーたちの統率術』。既刊は「サッカーDF&GK練習メニュー100」「居酒屋サッカー論」など。現在も週に1回はボールを蹴っており、海外取材に出かけた際には現地の人たちとサッカーを通じて触れ合うのが最大の楽しみとなっている。

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