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サッカーらしい勝ち方を。うっかりさんが生み出した、日本代表対カンボジアの見所

清水英斗サッカーライター
(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

妥協なき完璧主義者。…と思いきや、意外とうっかりさんな一面も見せる、ヴァヒド・ハリルホジッチ。

ロシアワールドカップ・アジア2次予選、日本代表対カンボジアの試合を2日後に控えたトレーニングでは、風によって戦術ボードの紙がめくれ上がるハプニングが発生。日本代表のスタメンと、日本が想定するカンボジアのスタメン、それを崩すための攻撃戦術のプランが漏洩してしまった。

「(取り組んだ練習は、引いた相手を崩す一般的な戦術というよりも、カンボジアを想定したもの?) そうですね。カンボジアが5バック気味になるので、3ボランチで来るのかはわからないけど、サイドのスペースが結構空く。サイドに寄せてから、しっかりとダイアゴナル(斜め)のボールを使ったりとか、ある程度、その崩し方はカンボジアを想定していますね」(丹羽大輝)

一般的に5バックは、最終ラインに厚みができる一方、中盤や前線の人数が減る。たとえば日本が想定する3ボランチの[5-3-2]をカンボジアが敷く場合、3人のボランチでは横幅をカバーし切れず、中盤サイドのスペースが空くことになる。このスペースを起点として、右サイドバックの酒井宏樹から、逆サイド側をねらった斜めのクロスを記す線が、漏洩した戦術ボードには描かれていた。

おそらく、左サイドハーフに宇佐美貴史ではなく、武藤嘉紀を書き込んだのも、この戦術が一因だろう。酒井宏のロングボールに反応して、裏のスペースへ飛び出したり、空中戦からヘディングシュートをねらうとすれば、左サイドハーフに武藤以上の適任はいない。

同時に、武藤の外側から、長友佑都が長い距離をオーバーラップする線も引かれているが、これは武藤が酒井宏のボールに触れず、逆サイドにボールが流れたとき、長友がセカンドボールを拾って分厚い攻撃に仕立てるため。あるいは、カンボジアDFの注意を長友が引きつけ、武藤の飛び出しを成功させるためだろう。

だが。

この作戦が漏洩してしまった以上、カンボジアは、何らかの対策を打つことができる。

ハリルホジッチは以前にも記者会見で、手に持ったメンバー表や、体脂肪率のデータを写真に撮られて公開され、選手に謝罪する羽目になった。メンバー選考のために何百試合も視察し、日本サッカー協会にも自室を用意させて毎日出勤するなど、ワーカホリック、完璧主義、徹底した負けず嫌い、という性格が突出する監督だが、その一方、なかなか脇は甘い。

とは言うものの、マッチプランが露出したことで、カンボジア戦の見所は増えた。

たとえばカンボジアが、日本のねらいを外すために、5-3-2ではなく、5-4-1に変化した場合、サイドの酒井宏は思ったほどフリーにならないかもしれない。

しかし、その場合は、相手1トップの周辺で、ボランチの長谷部誠や山口蛍がかなり自由になる。そうなったら、彼らのミドルシュートや後方からの飛び出しを、突破口にできるだろう。

あるいは、そこまでシステムに大きな変更を入れなくても、逆サイドに斜めのボールが入ってくるとわかっていれば、カンボジアはDFが早めにラインを下げ、裏のスペースを埋めることも可能だ。そうなったら、日本としては、相手のディフェンスラインと中盤の間、『バイタルエリア』と呼ばれるスペースを使って、カンボジアを攻略したい。

ハリルホジッチは記者会見で、「監督でも選手でもなく、試合の状況がプレーを決める」と語った。

「試合状況に応じて選手がプレーするのは、監督が求めてきたこと。シンガポール戦では、その臨機応変さを発揮できなかった。そこは自分を含めて、経験ある選手がやらなければいけない。責任を感じている」(長谷部誠)

臨機応変――(状況に応じた行動をとること。場合によって、その対応を変えること)

一般的に日本人選手は、監督の指示をこなすことに一生懸命で、試合の状況に、個々が自立的に対処することが苦手とされる。それがA代表というトップ集団にも当てはまるのかどうかはさておき、その自立性を欠くイメージは、日本の社会全体に共通する接点でもあり、日本サッカー協会は、この点の改善を目指している。

カンボジアに、ぜひともリクエストしたい。

日本のねらいを外してくれ、と。

そこで日本の選手が、どんなプレーをするのかを見たい。正直、それはこの試合に勝つためというより、2次予選でこれから迎えるアウェー戦、そしてその後の最終予選を控えて、チーム力をアップさせるためだ。

もともと、とんでもなく戦力差のある対戦である。情報戦で不利に立たされても、まだまだ抱え切れないほど、お釣りがある。10-0くらいの差がついても、まったく不思議ではない。

「(カンボジアの試合を)3試合見る限りでは、5バック気味でやっていたので、おそらくハリルさんはそう来るだろうと想定して練習をやったんですけど、まあ、蓋を開けてみないとわからないんで。

もしかしたら、僕らの報道を向こうが見て、「5バックへの崩しを日本は練習してます」と。じゃあ相手の監督が「5バックから変えていこう」とするかもしれないですし、もしかしたら6バックかもしれないし、最初の10分くらいは3バックで攻撃的に来るかもしれない。蓋を開けてみないとわからないんで。

それはもう、ある程度、監督から言われていることがあっても、それ以外の想定外のことが起こるのがサッカー。その想定外に対応できるのが、良い選手やと思う。監督がやろうとしているサッカー、プラス、試合の中で相手と自分との力関係をフィーリングで感じて、それを高いレベルで表現できるのが、たぶん良い選手やと思う。

まあ、どう来ようが対応できるのは、僕自身の特徴やと思っているので。その辺はニュートラルに、常に頭をクリアにしてやっています」(丹羽)

勝つことはもちろんだ。ゴール前、中盤、あらゆる場面の1対1で勝ることも、当然だ。監督がいなくても、勝てるかもしれない。

しかし、それだけでなく、見たいのはチームの柔軟性。具体的に言うなら、試合の状況に応じて戦えるか。攻撃のバリエーション、ハリルホジッチが与えた6~7のソリューションを、どれだけ使いこなせるか。想定外なことが起こるのがサッカーとするなら、”サッカーらしい勝ち方”を、カンボジア戦では注目したい。

サッカーライター

1979年12月1日生まれ、岐阜県下呂市出身。プレーヤー目線で試合を切り取るサッカーライター。新著『サッカー観戦力 プロでも見落とすワンランク上の視点』『サッカーは監督で決まる リーダーたちの統率術』。既刊は「サッカーDF&GK練習メニュー100」「居酒屋サッカー論」など。現在も週に1回はボールを蹴っており、海外取材に出かけた際には現地の人たちとサッカーを通じて触れ合うのが最大の楽しみとなっている。

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