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笑うセンターバック。遅咲きの男は、ハリルジャパンに何をもたらすのか?

清水英斗サッカーライター

ピッチで笑う、サッカー選手。

元ブラジル代表のロナウジーニョは、自分の調子が良いとき、すぐに笑顔がこぼれる選手だった。イメージ通りのドリブルができると、たとえシュートを外しても、思わず表情が綻びてしまう。攻撃的なポジションには、彼のように笑ってボールを蹴る選手を、ときどき見かけることがある。

しかし、丹羽大輝は、最終ラインで笑う。

たとえば、相手のフォワードと競り合ったとき。審判に抗議をするとき。あるいは相手にリードされている状況でさえ、このガンバ大阪のディフェンスリーダーは、実によく笑顔を見せる。

一般的なセンターバックといえば、中澤佑二にしろ、田中マルクス闘莉王にしろ、吉田麻也にしろ、もっと険しい表情を浮かべながら、大きな声で味方に檄を飛ばす闘将タイプが多い。ミスが命取りになるセンターバックという重圧のかかるポジションで、いったい丹羽は何が可笑しくて、そんなに笑顔を見せるのか?

老獪なディフェンスの駆け引き

6月1日に発表された日本代表25人のメンバーに、丹羽は29歳で初めて名を連ねた。

ガンバ大阪の下部組織で育ち、2004年にトップチームへ昇格。しかし、出場機会はなく、徳島ヴォルティス、大宮アルディージャ、アビスパ福岡をレンタル移籍で渡り歩き、2012年からガンバ大阪に復帰した。

身長は180センチ。取り立てて高いわけではなく、スピードもない。しかし、この選手は、“老獪な駆け引き”で相手の攻撃を食い止める。

5月30日に行われた、J1第14節の横浜F・マリノス戦。終了間際のフリーキックで1-1の引き分けに持ち込んだ試合で、丹羽は、終始すばらしいプレーを見せた。アデミウソン、齋藤学など、強力なマリノスの攻撃陣に対し、どのようにディフェンスを行ったのか。試合後に振り返ってくれた。

「(アデミウソンは)いい選手やなと思う。一発で飛び込んだらかわされるので、粘り強くやって、周りがサポートしてやれば、そんなに怖さはなかった。初めての対戦なので、映像しかなかったけど、もう一回タメを作られたら嫌だというとき、シュートを打ってくれるので、僕的にはラッキーというか。早いタイミングで打ってくれるので、無理に奪わず、打たせるような感覚でやっていた」

「逆に(齋藤)学は、スペースを与えたらドリブルでパーンと出てくるので、ちょっと誘い込みながら、長くボールが出た瞬間に奪うように、僕の中でイメージしていた」

遅らせるところは遅らせ、行けるところは前にドンと出て、インターセプト。ときには味方を動かし、集団で止める。後半、齋藤の切れ味鋭いドリブルを、丹羽が見事な読みでパーフェクトに止めた場面では、スタジアムから感嘆の声が漏れた。

「今は状況が見えているというか、相手の心理状況もすごくわかるし、味方の状況もわかる。その判断が、自分の中で整理できている。ボールを獲りに行くときには、ほとんどの確率でインターセプトできるし、最近の試合は、自分自身、体が動いていて、本能に任せている感じですかね。それは本当にいいことだと思う」

まさに絶好調の丹羽。しかし、この選手が昔から、このような状況判断のすばらしいプレーを見せていたかといえば、決してそうではない。むしろ不安定なミスが多く、危なっかしいDFという印象を与えていた。

丹羽の安定感のあるパフォーマンスにつながったのは何か。そこでキーワードが『笑顔』である。

なぜ、丹羽は最終ラインで笑うのか?

サッカーの試合中、なぜ、丹羽はいつも笑っているのだろう。その疑問に対する答えは、とてもシンプルだった。

「楽しいんですよ、単純に。良い相手と、良い状況で、(マリノス戦は)日産スタジアムに3万5千人もお客さんが入って、うまくいこうがいくまいが、サッカーが楽しい。今、この年で、小学校のときに初めてボールを蹴ったぐらいの感覚で、すごくサッカーを楽しめている。プロになった最初のころは、そういう感覚でプレー出来なかったんですよ。

だから今は、試合中に笑顔になると思いますし、相手に対しても敬意を払ってるから、相手が良いプレーをしたら、『良かったよ』って声をかける。逆に僕が止めても、やっぱり相手に敬意を払って、僕が良いプレーできたのも相手の仕掛けがあったからであって。それぐらいのメンタルで今は出来てる」

テニスの錦織圭も、お手上げするしかないショットを相手に決められたときは、悔しがる前に、対戦相手を褒める仕草をする。後ろを振り返らず、前へ進むために。そんな些細な仕草が、メンタルとパフォーマンスの安定を生む。

丹羽も同じように、マッチアップしたアデミウソンに関して、「やってて楽しかったですよ。終わった後も、アイコンタクトして『オッケー』みたいな。お互いにちょっと分かり合ったと思う」と認め合い、肩肘を張ることなく、自然体でピッチに立っていた。このような振る舞いが、安定したパフォーマンスにつながる。

丹羽の笑顔には、成熟したベテラン選手だけが備えるシワが、よく表れている。29歳の初招集は遅咲きではあるが、しかし、伊達ではない。

また、このマリノス戦は、後半に地震の影響で10分程度、試合が中断されるアクシデントに見舞われたが、その間も丹羽は、審判団とゲームの進行について話したり、味方とセットプレーの確認を行ったり、終始、笑顔を見せながらコミュニケーションを取っていた。

審判や相手への文句や抗議は、怒鳴り散らせば、そのまま自分に返ってくる。丹羽の老獪な笑いは、ゲームを円滑に進める処世術にもなる。

試合に対して、存在感を出せるディフェンスリーダー。

これまでは高さ、速さ、若さといった“スペック重視”のメンバー選考が多かったハリルホジッチだが、今回はあまりスペック上は目立たない、丹羽をチョイスした。もちろん、右サイドバックとセンターバックの両方を兼ねる汎用性も評価されたが、それ以前に、この選手には、若いDFが持ち得ない余裕と安定感があるのも事実だ。

「いちばんは、サッカーが楽しい。ビクビクせずに、失点したらどうしようとか、負けたらどうしようとか、そんな怖さは全くない。90分間、このピッチでプレーできる。すばらしい相手と、すばらしい味方と一緒になってサッカーができるっていう喜びがある。だから、終始、笑ってると思います。

本当に、心の底からそう思ってるので。楽しいなあ、幸せだなあって思いながら、ずっとプレーしてます」

最終ラインで笑う男。29歳の新人は、日本代表に新たな刺激を、ともすれば忘れかけていた感覚を、思い出させてくれるかもしれない。

サッカーライター

1979年12月1日生まれ、岐阜県下呂市出身。プレーヤー目線で試合を切り取るサッカーライター。新著『サッカー観戦力 プロでも見落とすワンランク上の視点』『サッカーは監督で決まる リーダーたちの統率術』。既刊は「サッカーDF&GK練習メニュー100」「居酒屋サッカー論」など。現在も週に1回はボールを蹴っており、海外取材に出かけた際には現地の人たちとサッカーを通じて触れ合うのが最大の楽しみとなっている。

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