『ウィンターブレイク前の連敗で正念場が訪れたフランクフルト。長谷部誠の闘志は響くか』

(写真:アフロ)

 12月のフランクフルトは鉛色の雲が空を覆う日が増えてきた。時折雲の切れ間から差し込む太陽の光は眩しく、その色彩と暖かさが愛おしくなる。その太陽も、今では朝の9時くらいに昇って夕方の4時には暮れていく。ヨーロッパの冬は気分が沈むと言うけれど、たぶんそれは本当だ。でも、ここに住む人々は、ここで生きるための術として、心を満たす何かを探すことに長けているとも思う。

冬を迎えたフランクフルト。市内中心部はクリスマスマーケットで賑わう(写真:島崎英純)
冬を迎えたフランクフルト。市内中心部はクリスマスマーケットで賑わう(写真:島崎英純)

 ドイツでは真冬でも夜にサッカーの試合がある。UEFAチャンピオンズリーグ(CL)やUEFAヨーロッパリーグ(EL)はミッドウィークの開催だから火曜から木曜の平日にナイターゲームが組まれている。そしてブンデスリーガも異なる曜日、異なる時間に分散させて試合を開催することでテレビ放送局が恩恵を受けるため、当然ナイターゲームがある。

 2019年12月2日の1.FSVマインツvsアイントラハト・フランクフルトは月曜日の20時30分キックオフだった。フランクフルトからマインツまでは50キロほどしか離れておらず、両市は通勤圏内であることから市民同士の交流が多々ある。ただサッカーの世界では近隣クラブとの関係は大抵良くない。したがって今カードは『ダービーマッチ』の扱いになるが、アイントラハトのサポーターに聞くと、彼らにとってマインツは格下らしく眼中にないらしい。一方のマインツは温和なサポーターが多く、アイントラハトのように過激な人間が少ないためか、このマッチメイクにはそれほど殺伐とした空気感はない。

 しかし、この日は少々趣が異なった。アウェーのアイントラハトサポーターが試合開始直前に多数の発煙筒をピッチ内へ投げ入れて15分ほどの中断を余儀なくされたのだ。彼らの憤りは対戦相手ではなく、ブンデスリーガを運営するDFL(ドイツサッカーリーグ機構)に向けられていた。その主張を分かりやすくまとめれば、『明日も仕事なのに、なんで月曜の夜に試合なんか組むんだよ! 腰を据えてビールも飲めないし、夜遅くまで仲間と騒げないじゃないか!」といったところらしい。

 ピッチには発煙筒の煙が充満し、両チームの選手たちは一旦ロッカールームへ引き上げなければならなかった。味方チームにも迷惑をかけているのに、アイントラハトサポーターは意に介さない。『主張すべきことはする』。これが彼らの矜持なのだ。

 長谷部誠は、このマインツ戦を欠場した。当日のメディア報道は先発予想だったが、試合開始1時間前に配られたメンバーリストに彼の名前はなかった。長谷部は数日前に風邪を引き、その症状が悪化していたのだ。そんな中、長谷部不在のアイントラハトは1-2で敗戦。これでリーガは3連敗となった。

 そして2019年12月8日金曜日、マインツ戦から中3日で迎えたヘルタ・ベルリン戦で、長谷部誠は3バックのリベロで先発復帰した。この日はまたしても平日のナイターゲームだったが、『コメルツバンク・アレーナ』は50,000人超えの大観衆で埋まった。敵将として、前任者の解任を受けて前節から指揮を執るユルゲン・クリンスマン監督が相手ベンチ前に立っている。しかし長谷部がターゲットに据えたのは元ドイツ代表FWの相手指揮官ではない。彼が対峙し、打ち砕かねばならぬ相手。それは相手FWのダヴィー・ゼルケだった。

 2018年4月21日、2017−2018シーズンのブンデスリーガ第31節でヘルタ・ベルリンと対戦したアイントラハトはホームで0-3の惨敗を喫した。このゲームでクローズアップされたのは58分に長谷部がゼルケを倒した際にVAR(ビデオ・アシスト・レフェリー)が発動してヘルタ側にPKを与えられた件と、80分のデュエルで長谷部がゼルケの頬に肘打ちして一発退場となったシーンだ。PKはVARで見返しても微妙なもので、アイントラハトにとっては承服できないもの。ただし長谷部の退場については、当時33歳のリベロが理性を保てなかったのは事実だった。その後の裁定で、長谷部はこのシーズンの残り3試合を含めたリーグ4試合の出場停止を科せられた。

 そんな忌まわしき過去を経て、長谷部とゼルケの因縁は2019年の冬を迎えても未だに続いているように見える。

 試合はドディ・ルケバキオとマルコ・グルイッチのゴールでヘルタがリードし、アイントラハトは窮地に陥った。しかし65分にCKからマルティン・ヒンターエッガーがヘディングシュートを決め、86分に再びCKからセバスチャン・ローデが起死回生の右足シュートを決めて同点に追いつき、試合は終了した。そして長谷部vsゼルケのバトルは、後者をノーゴールに抑えたことで一応長谷部に軍配が上がったものの、ふたりはまたしても一悶着を起こしている。

 流れの中で長谷部がボールを刈り取った際にゼルケがピッチへ倒れた。長谷部は軽微な接触と判断してゼルケの手を取り起き上がらせようとしたが、ゼルケは激昂したように立ち上がって拒絶の意を示した。主審の裁定は『喧嘩両成敗』で両者警告だったが、試合後の長谷部は承服できないと異議を唱えた。

「僕はただ、相手を起き上がらせようとしただけなんですけどね。だから、なんで僕にイエローカードが出たのか分からない」

 一見すると、やはり長谷部は理性を失っているようにも取れるが、プロデビューした10代の頃から彼を知る身からすると、この勝ち気な姿こそ彼らしいと思ってしまう。むしろ長谷部から激しい闘争心が失せたら、そのプロサッカー人生は終焉を意味するのかもしれない。

「感情を露わにすることは、僕は悪いことだとは思っていないんですけどね。むしろピッチで感情を表に出すことで自分のモチベーションを高められるし、実際にプレーが向上する実感を得ていますから」

 ただ、ヘルタ戦における長谷部のプレーパフォーマンスは若干低調だった。いつもならばボール保持すると瞬時に味方選手の位置と相手陣形を把握して鋭利なパスを発動するが、この日は頻繁にパスコースを探す所作が目立った。また相手への寄せも緩慢に見えた。これまでは抜群の読みで誰よりも早くボールへ到達したのに、ヘルタ戦では寄せきれずに退却するシーンが頻発した。その理由は、試合後のミックスゾーンで彼が発した言葉のトーンで察することができた。

「今回の風邪は長引いているんですよね。マインツ戦後の火曜日から通常練習を再開したんですけど、なかなか体調が元に戻らない」

 鼻声で苦しそうに話している。取材を終えて立ち去る際には何度も咳をしていた。明らかにコンディションが万全ではない。しかし、それでも長谷部には休めない理由がある。リーガ、EL、DFBポカールの3大会を戦う過密日程の中で、アイントラハトは人材難に苛まれてベストメンバーを組めず、その影響が如実に試合結果へ表れるようになってきた。GKケヴィン・トラップ、MFルーカス・トッロ、MFジェルソン・フェルナンデス、FWバス・ドストなどの主力が次々に負傷離脱する中で、キャプテンのDFダビド・アブラームがブンデスリーガ第11節のフライブルク戦で敵将のクリスティアン・シュトライヒ監督を突き倒したことで7週間のリーガ出場停止処分を科せられた影響も大きかった。

 続く2019年12月12日、アイントラハトはELグループステージ最終節のギマランイス(ポルトガル)戦で痛恨の逆転負け。それでも辛くもグループステージを2位で突破してベスト32へ勝ち上がったのは幸いだったが、先発フル出場した長谷部はミックスゾーンで珍しくチームの不甲斐なさに言及している。

「試合については腹が立っています。後半はとても弱さが出たし、受け身になり過ぎました。セカンドボールをすべて相手に回収されてしまった。いいメンタリティを見せることができなかった。今日はとても失望しています」

 そして2019年12月15日、アイントラハトはアウェーでシャルケと対戦して0-1で敗戦。今試合の長谷部はベンチ入りするもターンオーバーで出場しなかった。そして中2日で臨んだ12月18日、16位・1FCケルンとのゲームで、アイントラハトは衝撃的な逆転負けを喫する。

 序盤はホームのフランクフルトが2部から昇格してきたケルンに対して貫禄十分なプレーを見せつけた。いずれもフィリップ・コスティッチのアシストを受けて、ヒンターエッガーとゴンサロ・パシエンシアが得点。前半終了間際にヨネス・ヘクターに浴びた強烈なミドルシュートは手痛かったが、1点のリードはホームチームにとって大きなアドバンテージになるはずだった。

 72分、フロリアン・カインツのクロスをセバスチャン・ボルナウにニアで合わされて試合は振り出しに戻る。アイントラハトの面々が一様にうなだれているように見える。81分、ドミニク・ドレクスラーに逆転ゴールを献上すると虫の息。そして後半アディショナルタイム、長谷部が相手FWジョン・コルドバにヘディングで競り負けたボールが後方へ流れ、それを拾ったイズマイル・ヤコブスにとどめを刺された。2-4のスコアは奇しくもアイントラハトがケルンと前回対戦した2018年2月18日のブンデスリーガ第22節と同スコアだ。このときはアイントラハトが8分間で3ゴールのラッシュで相手を下したが、今回は12分間で3ゴールを献上して相手に叩きのめされた。

 コメルツバンク・アレーナに強烈なブーイングが鳴り響く。これでアイントラハトは直近の公式戦9試合で1勝1分7敗の大ブレーキ。唯一の勝利は敵地・ロンドンでアーセナルを下したELグループステージで、リーガに限れば、勝利は11月2日の第10節で王者バイエルン・ミュンヘンを5-1で打ち破った一戦まで遡らなければならない。

「今の僕らには力も気持ちも不足している。このままでは残留争いも覚悟しなくてはならない」

  長谷部はそう言って、チームの危機に焦燥の念を醸した。

  ケルン戦の翌日、フランクフルト市内には青く澄んだ空が広がっていた。太陽が出ると、街の住民も喜々とした表情で表へ繰り出す。通りに面して設営されている市場には白菜やキャベツ、そしてヨーロッパではポピュラーなチコリー(アンディーブ)など冬の野菜が並んでいる。寒くて暗い冬は気分が沈むが、それでも人々は、必ず訪れる春を待ち、今、このときに享受できる幸福を求めて生きている。

 2019年のブンデスリーガは残り1試合。この後は約3週間のウィンターブレイクへ入る。ケルン戦でブンデスリーガ300試合出場を達成した長谷部は、その記録を道半ばと捉え、あの戦場で闘い続ける。厳しい“冬”に直面するアイントラハトで、懸命に光を求め、その道筋を探している。

Im Frankfurt-第8回(了)