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「異次元の少子化対策」でもすでに手遅れの日本の少子化

島澤諭関東学院大学経済学部教授
図はイメージです(写真:アフロ)

岸田総理が「異次元の少子化対策」を打ち出してから、少子化対策が俄然注目を集めています。

しかし、残念ながら、岸田総理にはよくあることなのですが、政策の具体的な目標とその手段が示されていません。

一体、「異次元の少子化対策」の(数値)目標として、岸田ノートには何と書いてあるのでしょうか?勝手ではありますが、以下のようなものを考えてみました。

(1)2060年代にも人口1億人を維持

(2)出生数維持(例、80万人とか100万人とか)

(3)出生数の減少を緩やかにする

(4)こども家庭庁の予算確保

(1)人口1億人を維持

2014年の「選択する未来」委員会報告書を受けたいわゆる「骨太の方針」には「希望通りに働き、結婚、出産、子育てを実現することができる環境を整え、人々の意識が大きく変わり、2020年を目途にトレンドを変えていくことで、50年後にも1億人程度の安定的な人口構造を保持することができると見込まれる。」と書かれています。

では、2060年の総人口1億人を維持するには、どの程度の出生数が必要なのでしょうか?このとき2023年から2060年までの平均出生数は93.3万人必要となります。女性人口の減少を前提とすれば、総出生率は現状の40.3‰から最終的には78‰程度にまで引き上げる必要が出てきます。これは現実的ではありません。

(2)出生数維持

次に、出生数を維持するのはどうでしょうか?問題は出生数を何万人規模に維持するかです。ここでは、(a)100万人(2015年100.6万人)、(b)90万人(2018年91.8万人)、(c)80万人(2021年81.2万人)を考えてみます。

まず、女性人口の減少を前提に必要な総出生率を考えると、2060年時点では(a)83.4‰、(b)75.1‰、(c)66.7‰となり、やはり現実的とは言えません。

(3)出生数の減少を緩やかにする

出生数の減少を緩やかにするのはどうでしょうか?現在の国立社会保障・人口問題研究所『日本の将来推計人口(平成29年推計)』(中位推計)では、元々80万人の出生数を下回るのは2033年と推計されていましたが、約10年早まって2022年に80万人を下回りました。これをコロナ禍での一時的な現象と考えると、70万人を下回るのは2046年、60万人は2058年で、2060年には58.4万人となります。

この減少よりもいずれも1万人ほど出生数が増えるとすれば、2060年に必要な総出生率は49.5‰となります。これは、1987年の水準である50.4‰に相当します。

いずれの機械的な数値計算から見ても、女性人口が減少していく中で出生率を上げ出生数を増やすのには無理があるのが容易に理解できるでしょう。

ところで、東京都内の18歳までの子どもに月5000円給付をぶち上げた小池百合子都知事は、なぜ今なのか?と聞かれて、2022年の出生数が80万人切るとの報道を見て少子化の現状に反応しないのは無責任だと語ったとのことですが、そもそも、1990年にはいわゆる「1.57ショック」がありましたし、出生数が100万人を割った2016年、90万人を割った19年で少子化に特に反応しなかったのは無責任ではなかったのでしょうか?

というよりも、新型コロナ対策禍を扇動して若者の行動に大きな制限を課し、少子化を加速させたことに対して反省の弁はないのでしょうか?

それはさておき、「異次元の少子化対策」を実行するにしても、団塊の世代の子供に相当する第2次ベビーブーム世代が、総体的に見れば、就職氷河期世代とされてしまったことで、正規の職になかなかありつくこともできず、不安定な雇用身分に留め置かれ、婚姻も出産・育児もできなかったのですから、就職氷河期世代の多くが出産適齢期にあった時点でまっとうな少子化対策が行われていれば、結果も違ったのかもしれませんが、すでに出産適齢期の女性人口が激減してしまっているので、多くは期待できません。

いまさら少子化に対応してドヤ顔している政治家は今まで何を見、何を感じてきたのでしょうか?視界の中には票をくれる高齢世代しかいなかったのではないのでしょうか?少しでも若者と接点がある政治家であれば、若者の生活が厳しかったことぐらいは容易に理解し得たはずです。そしてこのタイミングではおカネをどれだけつぎ込んでも抜本的な効果を得ることはできません。少子化対策が遅すぎたからです。

では、なぜいま「異次元の少子化対策」なのでしょうか?

ここでこれまで検討しなかった最後の仮説(4)こども家庭庁の予算確保について見てみましょう。

実は、2014年に安倍内閣での「「選択する未来」委員会報告書」に、

(少子化対策の倍増)

少子化対策(家族関係支出)については、2020年頃を目途に早期の倍増を目指す。

と書かれていることが確認できます。

この提言の辻褄和合わせのための「異次元の少子化対策」とは考えたくもありませんが、もしかすると岸田ノートには絶対に実現されるべき項目としてメモされていたのかもしれません。

また、何のための「異次元の少子化対策」なのかについても、不明なままで、なんとなく現行の社会保障制度維持のためのような気もしてしまいます。

財源については、「「異次元の少子化対策」実現に必要なたった一つのこと」に詳しいですが、付け加えるなら社会保険料の負担増では、これから結婚し出産・育児を考える世代に対する事実上の「独身税」として機能することになるので、逆効果であることを指摘しておきたいと思います。社会保障制度のスリム化による可処分所得の増加、自由に使えるおカネこそ若者にとって何よりも必要なのです。

「異次元の少子化対策」も結構ですが、個人的には、年齢に依存しない社会保障制度の確立や、産業の機械化・知識集約化などで、人口構造から中立的な経済・社会構造の実現を目指した方がコスパが格段にいいと思いますが、読者の皆様はいかにお考えでしょうか?

最後に蛇足ながら付け加えますと、消費税だなんだと噂されています子育て財源は、現行の「子ども・子育て拠出金」の拡充が落としどころなのではないかと考えていますが、これは結局、実質的に賃金を押し下げる効果を持ち、かえって少子化を進めることになると思います。

関東学院大学経済学部教授

富山県魚津市生まれ。東京大学経済学部卒業後、経済企画庁(現内閣府)、秋田大学准教授等を経て現在に至る。日本の経済・財政、世代間格差、シルバー・デモクラシー、人口動態に関する分析が専門。新聞・テレビ・雑誌・ネットなど各種メディアへの取材協力多数。Pokémon WCS2010 Akita Champion。著書に『教養としての財政問題』(ウェッジ)、『若者は、日本を脱出するしかないのか?』(ビジネス教育出版社)、『年金「最終警告」』(講談社現代新書)、『シルバー民主主義の政治経済学』(日本経済新聞出版社)、『孫は祖父より1億円損をする』(朝日新聞出版社)。記事の内容等は全て個人の見解です。

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