「経済を回す」という誤解

(写真:アフロ)

最近、テレビなどで「経済を回す」という耳慣れないフレーズを、番組出演者や一般人の口から聞くことが多くなりました。

その意味するところは、どうやら新型コロナ対策による政策的な経済圧殺で冷え込んで苦境に陥っている諸々の業界を、モノやサービスを購入=消費をすることで助けようということのようです。

しかし、経済は「回す」ものではなく「回る」ものですし、消費して経済が回ったとしても、一過性のものに過ぎないので、このフレーズは100%間違っています。くれぐれもテレビのインタビューなどで、したり顔で「経済を回す!」とか答えるのは恥ずかしいのでやめましょう。その理由は下記のとおりです。

そもそも、現在経済が冷え込んでいるのは、新型コロナ対策で人為的に消費活動を止めたからで、新型コロナ対策を止めれば消費活動は自然と回復します。それをわざわざ「経済を回す!」と大仰に表現する必要はありませんし、本気でそう思うのなら、本来予定していた(つまり、自粛がなかりせば使うはずだった)金額にある程度上乗せした金額を使うのが筋というものでしょう。

しかし、本質はこれではありません。

「経済を回す」という耳慣れない耳障りなフレーズの根本的な誤りは、経済循環が目詰まりを起こすとすれば、それは消費の低迷よりは所得の低迷で起こるからです。

ちょっと考えれば容易にわかるように、私たちが安心してお金を使うのは、財布の中に潤沢にお金がある場合に限られます。財布の中のお金が減れば、使うお金も自然と減りますし、財布の中のお金が増えれば、使うお金も自然と増えます。

ですから、どんなに「経済を回す」と意気込んだところで、使ったお金が手元に戻ってこなければ、使えるお金がどんどん減っていくだけですから、途端に経済を回せなくなっていくことでしょう。

つまり、本気で「経済を回す」のなら、経営者が従業員にしっかり給料を渡さなければならないのです。

しかし、それは期待できません。なぜなら、多くのエコノミストが、日本経済がコロナ前の水準に戻るのは、早くても2023年度以降と考えているように、日本経済の回復は遅れるでしょうし、企業経営者は今回の新型コロナ危機に直面して、企業の存続にとって内部留保の大切さを改めて実感したでしょうから、しばらくは賃上げよりも内部留保を重視するでしょう。

このように、新型コロナ対策が日本経済に与えた爪痕は想像以上に深刻であり、私たちの給料がすぐにも増えていく環境にはないのです。

Go To キャンペーンは事業者救済であり、必ずしもそこで働く労働者の生活が改善されるとは限らないのは、前回の記事でも述べた通りです。

Go To キャンペーンで国民の分断が加速する(島澤諭)- Y!ニュース

だとすれば、いまいくらお金を使う=消費することで「経済を回す」と頑張ったとしても、その頑張りも次第に尻すぼみになって行くのは時間の問題で、いずれ経済が回らなくなるのは明らかなのです。

要するに、経済循環が目詰まりを起こすとすれば、それは消費ではなく、そのおおもとは所得つまり分配であり、分配は生産、つまり新たな価値の創造なくしては行われないのですから、規制緩和ではなく規制撤廃など新たな価値の創造源となる生産への徹底したテコ入れが肝要なのです。もちろん、生産が活発化したとしても、やはり分配で目詰まりを起こせば、経済が回らなくなるのは、消費と同じことなのですが、既存の財やサービスの低価格化等ではなく、新しい財やサービスを創出することで新たな価値が創出される場合、生産と消費がうまくかみ合うので、分配が目詰まりを起こすことはないでしょう。

こうした意味では、河野太郎大臣のもと進められるであろう規制緩和は、規制撤廃まで進めることができ、価格の引き下げのみに終わることなく(価格の引き下げのためにはコスト圧縮が必要であり、コストの多くは人件費なのですから、所得が増えるのは期待薄なのです。まぁ、こうした規制緩和についてはこれまで経験してきたことですね)、新しい財やサービスを創出することで新たな価値が創出されるのであれば、日本経済復活の特効薬となることが期待されます。