全世代型社会保障検討会議の中間報告を読む。これでは社会保障制度は守れない

(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

19日にまとまった全世代型社会保障検討会議の中間報告では、案の定、腰砕けの中途半端な改革案しか盛り込まれませんでした。

まず、医療改革については、75歳以上の後期高齢者の医療機関での窓口負担について「一定所得以上は2割とし、それ以外は1割とする」と明記されましたが、そもそも現役世代は3割負担であることを考えれば、75歳以上の余裕のある後期高齢者にも3割負担を求めることこそが、中間報告にもあるように「年齢ではなく負担能力に応じた負担という視点を徹底する」ことになるはずです。そうしないと、膨らむ一方の医療費で現役世代の生活は破綻します。ひいては医療制度が崩壊します。

次に、年金改革については、国民年金制度の実質的な崩壊を糊塗するため、パートなどの短時間労働者の厚生年金への適用拡大することで、国民年金と厚生年金の財政的統合の第一歩としています。

さらに、年金受給開始年齢の70歳もしくは75歳への引き上げをにらみ、事業主に対し、(1)定年の廃止、(2)70歳までの定年延長、(3)定年後または65歳までの継続雇用の終了後も70歳まで雇用継続などを制度化する努力義務を課すことで、実質的に70歳まで働き続けられるよう促しています。

どう考えても、「100年安心プラン」は実質的に破綻しているわけですが、政治的にそれを言い出せないため、「100年安心プラン」を前提にした弥縫策しか打ち出せていません。

これは、与党だけで高齢者に大幅な負担増を求める制度改革を行えば、シルバー民主主義のしっぺ返しにあって、最悪の場合、政権を失ってしまうリスクがあるわけですから、ある意味想定の範囲内と言えるでしょう。

本来、団塊の世代が後期高齢者になりきる「2025年問題」を前に、つまり、医療・介護費のビッグバンで制度自体が破綻してしまわない前に、現在は年齢を基準に給付と負担がきっちり分けられている社会保障制度を、年齢にかかわらず困窮度に応じて困っている人には給付を、余裕のある人には負担を求める真の社会保障制度を実現すべく、税や社会保険料による負担増の議論もしないといけないはずなのです。

団塊の世代が年金受給開始年齢に達する直前の2004年に「100年安心プラン」が策定され、理念的には、年金給付の急増を抑える仕組み「マクロ経済スライド」が導入されたにもかかわらず、実際には機能不全に陥ってしまった轍を踏んではなりません。

社会保障制度の抜本的な改革によって、要すればシルバー民主主義によって、特定の政党、つまり与党だけが政治的な不利益を被ることがないよう与野党が同じ土俵の上で議論し、責任を持って改革案に合意し、一致協力して国民に説明し理解を得る努力を行う必要があります。

シルバー民主主義を恐れて抜本的な改革を示せるはずもない全世代型社会保障検討会議で、いたずらに時間を無駄遣いしている余裕は今の日本にはないのです。