米中貿易戦争の真の敗者はアメリカ国民だった

(写真:アフロ)

覇権争いの経済的な側面としての米中貿易戦争

 トランプ米国大統領が、中国による米国企業の知的財産権侵害を理由として、7月6日に340億ドル分の中国製品に25%の追加関税を課す対中制裁を発動して以降、中国による報復と米国による追加制裁を繰り返す、典型的な貿易戦争が開始された。

 こうした貿易戦争の影響がジワジワ出てきたらしく、中国の経済成長率は、貿易戦争の影響から9年半ぶりの低水準との報道もなされている。

中国成長率、6.5%に減速=「貿易戦争」で9年半ぶり低水準(2018年10月19日 時事通信社)

 現状では、関税引き上げによる経済的な悪影響のみがクローズアップされているものの、実際には、米中の覇権争いの経済的な側面と見た方が米中双方の今後の動きを理解する上では効果的に思う。

 それはさておき、米中貿易戦争が米中両国経済さらには世界経済、日本経済に与える影響の定量的な評価を考える上では、堤雅彦一橋大学経済研究所准教授の「「米中関税引上げ」の経済的帰結:シミュレーションモデルを用いた影響試算」が役に立つ

※ 一般向けに書き直されたものは「「米中貿易戦争」の経済的帰結

 本記事では、堤先生の研究論文のシミュレーション結果を用いて、米中貿易戦争の経済的な影響を考察してみる。

なお、本記事は筆者の個人的な解釈で、論文執筆者の堤雅彦先生にも所属組織にも一切関係ないことをあらかじめ強調しておきます。

GDPで見れば中国が敗者

 米中両国による関税引き上げ合戦の短期的・長期的に実質GDPに与える影響をまとめたのが表1である。

(1)短期的な影響 

 まず、短期的な影響としては、米中両国の輸出入価格を引き上げるので、輸出入数量が減少し、他国では米中両国から輸出・輸入が増加する貿易転換効果で増加する。こうした輸出入価格や貿易量の変化は国内の経済活動に影響を与えるため、国内企業の生産活動ひいては所得に影響し、その結果、実質GDPは米国▲0.09%減少、中国▲0.21%減少と中国の方がマイナスの影響が大きい

 米中の貿易転換効果(例、米国(中国)がこれまで中国(米国)から輸入していた財を他国からの輸入に振り返る効果)によって貿易量が増加し国内生産活動が活発化する国はあるものの、世界GDPは▲0.03%減少とわずかながら縮小する。

(2)長期的な影響

 先行研究では、貿易開放度(=輸出数量+輸入数量)が高いほど、企業(と労働者)はより競争的な環境に置かれることになり、また取引商品・相手の多様化に伴いイノベーションが促進されるなど、生産性をヨリ向上させることが指摘されている。

 先に見たように、米中両国による関税の引き上げは貿易量を減少させるので、長期的には生産性向上を阻害することになる。ソローの発見以来、経済成長のエンジンは生産性向上であるとするのが定説であり、生産性向上の阻害は当然両国のGDPを低下させる。

 その結果、実質GDPは米国▲1.60%減少、中国▲2.46%減少とやはり中国の方がマイナスの影響が大きい

 一方、第3国では実質GDPが増加し、特に、米国にとっての中国の代替国としてのメキシコのプラス効果は大きく、+1.25%となる。日本も+0.23%とわずかながら実質GDPはプラスとなる。

 しかし、第3国では実質GDPが増加するものの、やはり米中二大経済大国の実質GDPの落ち込みは大きく、世界GDPは▲0.45%減少となってしまう。

表1 米中貿易戦争の実質GDPへの影響(堤(2018)より筆者作成)
表1 米中貿易戦争の実質GDPへの影響(堤(2018)より筆者作成)

経済厚生で見れば米国が敗者

 以上が米中貿易戦争が米中両国のみならず世界経済に与える影響である。しかし、貿易戦争の影響は実質GDPにとどまるものではない。関税引き上げ競争は、GDPに代表される所得水準を引き下げるのみならず、輸入品の価格、国内価格を引き上げるので消費者や企業の調達コストが増加するし、それにより雇用が減少するかもしれない。こうした政策変更(現在の場合は米中両国による関税引き上げ)のアリ・ナシでのそれぞれの経済厚生(国民の経済的満足度)の変化を測定し金銭換算した指標を等価変分といい、GDPよりは包括的な指標と言える。

 等価変分により、米中貿易戦争がなかった場合との比較で米中両国民の経済的満足度の変化を見ると、短期的には中国国民の経済的満足度の悪化が米国国民のそれを上回るものの、長期的には米国国民の経済的満足度の悪化の方が大きくなっている(表2)。

表2 米中貿易戦争の等価変分への影響(堤(2018)より筆者作成)
表2 米中貿易戦争の等価変分への影響(堤(2018)より筆者作成)

米中貿易戦争の経済的敗者は中国、真の敗者は米国国民

 結局、トランプ米国大統領がトリガーを引いて始まった米中貿易戦争は、経済的には中国の負けであり、トランプ大統領の勝利となりそうだが、国民の経済厚生(経済的満足度)で評価すると米国国民が敗者となる。

 日本ではやや誤解されている面もあるが、経済学的には、経済政策の究極的な目標は、GDPの増大ではなく、国民の経済的満足度(=経済厚生)の向上である。あくまでもGDPの増大は国民の経済厚生向上のための手段に過ぎない。

 その意味では、米国の覇権維持のためとはいえ、関税引き上げによる米中貿易戦争という国民の経済厚生を悪化させる政策を選択したトランプ大統領の最大の被害者は米国国民と言える。

 したがって、穿った見方をすれば、中国との貿易戦争は、トランプ米国大統領の思いとは裏腹に、中間選挙はともかく次期米国大統領選対策として効果的に作用するかは疑わしいと言えるのではなかろうか。