エンゲル係数の趨勢的な上昇は高齢化が原因であり、アベノミクス失政は脇役に過ぎない

(写真:アフロ)

急上昇するエンゲル係数

エンゲル係数が急上昇しています。

29年ぶりの高水準 16年25.8%(2017年2月17日 毎日新聞)

図1で確認しますと、1963年には38.7%だったエンゲル係数は、日本の経済発展とともに傾向的に低下を続け、2005年には最低の22.9%を付けます。翌2006年以降基本的には上昇を続け、昨年の2016年には25.8%と、1987年の26.1%に匹敵する数値となりました。いろんな分野でバブル前の数値水準に戻りつつあるのと軌を一にしているようで、大変興味深いです。

図1 エンゲル係数の推移(データ出典 総務省統計局「家計調査報告」)
図1 エンゲル係数の推移(データ出典 総務省統計局「家計調査報告」)

それはさておき、今問題となっている(問題とされている)エンゲル係数は、家計(消費)に占める食料費支出の割合を示すもので、一般的にその割合が大きいほど生活に余裕がなく、小さいほど生活に余裕があるとされ、プロイセンのエルンスト・エンゲルが1857年の論文で指摘しました。

安倍内閣の経済失政の象徴としてのエンゲル係数の上昇?

先ほどの図1を見ると、確かに、エンゲル係数は足元で上昇してきていますので、平均的な日本人の生活が苦しくなってきている(余裕がなくなってきている)証拠と言えそうです。しかも、ほぼ30年前の水準に戻ったわけですから、失われた10年、20年どころではなく、失われた30年!なわけですから、これは経済政策の失敗の象徴であり、安倍内閣は非難されてしかるべきだと考える人も多いことでしょう。ただし、エンゲル係数の上昇はアベノミクス開始の遥か10年前から続いています。

それとは関係なく、赤旗さんはここぞとばかり政権への攻撃を強めています。

エンゲル係数上昇 国民生活の悪化放置できない(2017年2月21日 赤旗)

エンゲル係数上昇の背景を探る1-時系列変化の要因分解-

最近、日本のエンゲル係数は上昇してきていることを見ましたが、これは図2から分かりますように、家計消費支出(エンゲル係数の分母)の変化率が、食料費(エンゲル係数の分子)の変化率を下回って推移していることにより、エンゲル係数が増加傾向にあることに起因します。

図2 消費支出、食糧費、エンゲル係数の変化率(差)(データ出典 図1に同じ)
図2 消費支出、食糧費、エンゲル係数の変化率(差)(データ出典 図1に同じ)

図3は、このエンゲル係数の変動を、エンゲル係数の分母に当たる消費支出を「消費者物価要因」と「家計購入数量要因」に分解し、また、分子に当たる食料費を「食料品価格要因」と「食料購入数量要因」に分解した結果です。

図3 エンゲル係数の寄与度分解(データ出典 図1に同じ)
図3 エンゲル係数の寄与度分解(データ出典 図1に同じ)

上図によると、足元のエンゲル係数の上昇には主に2つの要因があり、一つは食料品価格の上昇(食料品価格要因:分子【青い棒】)、もう一つは家計消費の減少(家計購入数量要因:分母【紫の棒】)です。つまりは、アベノミクスを端緒とした円安により食料品価格が上昇したこと、アベノミクスもしくは黒田日銀による異次元緩和の先行き不安に対する生活防衛のため消費を削減したことで、エンゲル係数が上昇したと言えそうです。

ただし、エンゲル係数の趨勢的な上昇はアベノミクスが原因であるとの説については、円安が今後も継続的に進行していくのか、消費の削減が今後も続くのか、つまり円安や実質消費の減少が景気循環的な動きではなく、構造的な動きとして定着するのかについては、論者によって判断が分かれるのではないかと思います。

エンゲル係数上昇の背景を探る2-高齢化要因-

図4を見てください。

図4 世代別エンゲル係数の推移(データ出典 図1に同じ)
図4 世代別エンゲル係数の推移(データ出典 図1に同じ)

図4は、世代別のエンゲル係数の動きを示したものです。この図4から明らかな通り、基本的には、若い世代ほどエンゲル係数が低く、高齢世代ほどエンゲル係数が高くなっていることが分かります。高齢世代のエンゲル係数が高くなる理由は、多くの場合、主な収入源が、年金と貯蓄の取り崩しに限られる中、消費支出を切り詰めざるを得ない一方で、生きていくのに必要な食費は、消費支出全体の減少よりは減らない(経済学的には、食料などの必需品は需要の所得弾力性が小さい)ため、エンゲル係数が大きくなって見えるためです。

次に、図5をご覧ください。

図5 エンゲル係数の世代構成(データ出典 図1に同じ)
図5 エンゲル係数の世代構成(データ出典 図1に同じ)

これは各年のエンゲル係数を、世代別に分解したものです。この図から分かりますように、近年、日本のエンゲル係数に占める60歳世代以上(緑色の某+青色の棒)のウェイトが上昇していることが確認できます。つまり、最近のエンゲル係数の上昇には高齢化が影響しているということです。

さらに、図6をご覧ください。

図6 エンゲル係数の世代別寄与度(データ出典 図1に同じ)
図6 エンゲル係数の世代別寄与度(データ出典 図1に同じ)

図6はエンゲル係数の変化に対して、各世代のエンゲル係数の変化の寄与度を示したものです。同図からは、やはり高齢世代、特に70歳世代以上のエンゲル係数の上昇(緑色の棒)が、日本全体のエンゲル係数の上昇をけん引していることが確認できます。

もし、高齢化がエンゲル係数に与える影響が2005年水準のままであれば、他の条件が一定のもとでは、エンゲル係数は順調に低下し、例えば2016年では21.2%とまで低下していたものと、簡単な計算により確かめることができます。

結局、エンゲル係数の趨勢的な上昇をもたらしているのは、高齢化が主要因であり、アベノミクスの影響は(現在のところ)脇役に過ぎないことが指摘できます。

エンゲル係数上昇の背景を探る3-世代別食料費支出要因-

表1は、2015年から2016年にかけての世代別エンゲル係数の変化に対して、どのような食料品項目がどの程度の影響を与えたかを分析したものです。

世代別エンゲル係数の食料品項目分解(データ出典 図1に同じ)
世代別エンゲル係数の食料品項目分解(データ出典 図1に同じ)

表1によれば、2015年から2016年にかけて各世代のエンゲル係数を押し上げた一番の要因は調理食品への支出です。調理食品は、お弁当、お惣菜、冷凍食品、揚げ物等への支出です。これは共働き世帯が増えつつある、あるいは高齢世代では自炊するより出来合いのものを買ってきた方が安く上がる等の結果であると言えるでしょう。

エンゲル係数を引き下げるには

以上見てきました通り、最近のエンゲル係数上昇の背景は、大きく分けると2つあり、1つは趨勢的な原因、もう1つは循環的な要因で、主因は趨勢的要因である高齢化の進行です。今後も日本ではいっそうの高齢化の進行が見込まれていますので、他の条件が一定であるとすれば、エンゲル係数は上昇を続けるでしょう。だからといって、日本が貧しくなっているとは言えません。

もし、エンゲル係数の上昇が問題であるとすれば、それは循環的な要因を原因とするものです。つまり、将来不安による消費支出の削減、食料品価格の上昇です。ただし、こうした循環的要因に対しては対策を講じることができます。

まず、将来不安を取り除いて、安心して消費を増やせる環境を作ること、それには将来不安を生じさせている原因を特定する必要があります。現在は漠然と将来不安の原因として社会保障制度の持続可能性に関する疑いが挙げられますが、きちんとした確認が必要だと思います。

次に、食料品価格の上昇に関しては、円安政策を放棄して円高に誘導することで、輸入食料品価格を引き下げることを挙げることができます。

さらに、農産物の輸入自由化を進めることによっても、食料品価格の引き下げは可能です。

おわりに

経済学では短期的(一時的)な現象と長期的(趨勢的)な現象を峻別するのがとても重要だと教わるわけですが、現在問題とされているエンゲル係数についても同様のことが指摘できるでしょう。つまり、近年のエンゲル係数の上昇は高齢化(あるいはこれまで家の中で仕事をしていた主婦(夫)が家の外で働くようになった結果、お惣菜や弁当といった調理食品を購入せざるを得なくなったこと)に伴う構造的な(長期的な)要因が主因であり、それにアベノミクスによる円安での輸入食料品・素材の価格上昇等の循環的な(短期的な)要因が絡み合って生じていると言えるでしょう。

そうでなければ、アベノミクスが始まるより以前の2006年からエンゲル係数が傾向的に反転に転じている理由及び本格的に円安が進行を始めた2012年からではなく2014年からエンゲル係数が急上昇した理由を説明できません(おそらく2014年からの急上昇については消費税率の引上げが影響しており、物価が上がった割には所得水準が向上しておらず、またアベノミクスの行方にも不確実性が増したため、消費支出を切り詰めるなどの生活防衛が作動し始めた点を指摘できます。蛇足ですが、エンゲル係数は、その定義上、所得が上昇していても、将来不安に備えるため等の理由から、消費水準を切り詰めればエンゲル係数は上昇します)。

したがって、近年、日本のエンゲル係数が上昇したのは、生活防衛のための消費切り詰めがあるにしても、日本人の生活水準が趨勢的に低下したからではなく、基本的には日本人が高齢化した結果に過ぎず、殊更大騒ぎするほどのもではないと言えると思います。

本記事の最期の蛇足ではありますが、個人的には、今回のエンゲル係数の上昇の取り上げられ方は、かつて橘木俊詔先生がジニ係数の上昇を日本における格差拡大と指摘した一連の騒動を想起してしまいます。実際には大竹文雄先生によりジニ係数上昇の背後には高齢化が存在し、その時点では見せかけの格差拡大に過ぎないことが指摘されましたが、現実あるいは政治的にはそうしたアカデミックな研究結果は一顧だにされませんでした。表面的な現象ではなくその背後にあるエビデンスにこそ目を向けるべきであり、エビデンスに基づいた情緒に流されない議論こそ必要不可欠だと思います(政治的な思惑は知りません)。