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労働法改悪後の未来予想図

嶋崎量弁護士(日本労働弁護団常任幹事)

現在政府が改正を目指している制度は、主なものだけでも、残業代ゼロ法案、正社員ゼロ法案(派遣法改正)、金を払えば企業が自由にクビ切りできる制度(解雇の金銭解決制度)、解雇しやすい限定(ジョブ型)正社員制度などです。

それぞれの制度は、個別にとりあげても、政府の説明する狙い(「経済成長」や「成長戦略」の実現)が達成されるのか、大いに疑問ですが、全ての制度が実現したら、社会から活気を奪い、将来に希望の持てない社会になることは確実です。

これから、制度個別の説明をしてから、労働法改悪後の未来予想図(予想される各世代の国民の声)を描いていこうと思います。

残業代ゼロ法案(過労死促進法案)

政府は企業が労働者の残業代を払わずにすむ制度の導入を検討しようとしています。「幹部候補生」(「幹部」ではなく、「幹部候補生」なのもポイント。少なくとも、ホワイトカラーの正社員だったら、ほとんどが幹部候補生に入ってしまいます。)とか、「年収1000万」などといわれていますが、いずれにせよ、その対象を少しずつ拡大しようというのが政府の本音です。

今の日本では、多くの労働者が残業代を支払ってもらえない労働(残業代不払いは、労働基準法の刑事罰が定められており、立派な犯罪行為です)を強いられ、長時間労働によって家庭生活・社会生活を犠牲にした働き方をしています。この残業代ゼロ法案が成立したら、日本はこれまで以上に、死ぬまで働かされる、過労死の蔓延する社会になります。

しかも、後に述べる正社員ゼロ法案(派遣法の大改悪)によって、退職したら派遣とブラック企業へと再就職先の選択肢が狭められます。だから、残業代ゼロ法案によって長時間労働が辛くても、辞められない→死ぬまで働く、という悪循環になり、これまで以上に過労死が増加するのは明らかです。

また、今は、残業代を支払わずに若者を長時間労働によって使い捨てる「ブラック企業」を「違法企業」と言えますが、残業代ゼロ法案が成立すると、ブラック企業が合法化されることになってしまいます。

今日本に必要なのは、残業代不払いを止めさせて、ワークライフバランスを守った働き方を広げることですが、これと真逆の方針になっています。

正社員ゼロ法案(派遣法改正)

次に、政府は、労働者を、期間無制限に、一生派遣で使い続けられる法改正を行おうとしています!(詳細は、私の別稿をご覧下さい)

まず、大事なのは、派遣は企業にはメリットはあるが、労働者にはメリットはないということ。派遣は、企業が、都合良くいつでもクビを切れ、賃金も安く押さえられる制度なのです。

派遣を評して、「派遣労働者にもメリットがある制度」という方もいますが、現実を直視した意見ではありません。たしかに、正社員の仕事がないとか、又は正社員であれば長時間労働(=労働法違反)を前提にした仕事しかないから「派遣しかない」と、やむを得ず派遣を選ばされている方はいます。

ですが、好きこのんで(いつ雇用を打ち切られるか不安定で、低賃金の)派遣が良いとは考えていないでしょう。少なくとも、正社員が、人間らしい働き方の出来る社会(労働法違反がなくなった社会)であれば、敢えて待遇の悪い・地位の不安定な派遣を選ぶ労働者って、いなくなるのでは?

さて、本題。改正によって、そんな派遣が実質的には自由化し、増大するのは確実です。企業にとっては、より派遣が使い易くなり、「新卒から派遣」が普通の社会になってしまいます。

残された正社員も、残業代ゼロ法案によって、長時間労働の企業(子育て・介護など家庭責任を負う方には働けない社会)しか残されないでしょう。

「ブラック企業」も、派遣が増えれば、「正社員の甘い誘惑」で、これまで以上に人を集めやすくなって、大喜び。派遣法の大改悪は、ブラック企業推進法でもあるのです。

金を払えば企業が自由にクビ切りできる制度

これは、いわゆる「解雇の金銭解決制度」です。この制度が導入されると、労働者が裁判で不当解雇だと争って勝訴しても、会社がお金を払いさえすれば、職場を職場に戻さずにすむことになります。

現在、企業は不当なクビ切りを行う際にはリスク(裁判に負ければ、金を払うだけでなく、職場に労働者を戻さなければならないリスク)を負っています。これが、企業が乱暴な解雇をするのを踏みとどまる、大きな抑止になっているのです。ですが、この制度によって、解雇のリスクが消えてしまい、解雇しやすい社会=金を払えば企業が自由に労働者のクビを切れる社会になってしまうのです。

こんな制度ができたら、金だけ払えばクビ切り自由・解雇し放題の社会になってします                

しかも、解雇された労働者の再就職先は、ちまたに解雇された労働者が増加することで、再就職がこれまで以上に難しくなります。残業代ゼロ法案によって合法化したブラック企業や派遣(正社員ゼロ法案によって増大)を選ぶしか途がなくなる方も、増えるでしょう。

解雇しやすい限定(ジョブ型)正社員制度

政府は、仕事の内容、労働時間、勤務地などが限定された正社員制度(限定正社員・ジョブ型正社員制度)を導入しようとしています。

実は、今の制度でも、企業はこの限定正社員度を導入できますし、実際に多くの企業で現在も導入されています。

それなのに、政府があえてこの制度を導入しようとする本音は、限定正社員(ジョブ型)正社員であれば、正社員でも解雇をしやすくすることです。限定正社員への解雇規制の緩和を通じて、解雇に対する法律の厳格な運用に揺さぶりを掛けて、そこから解雇に対する規制緩和、つまり解雇自由社会への第一歩が本音なのです。

そして、金を払えば企業が自由にクビ切りできる制度に加えて、解雇しやすい限定正社員制度に対する解雇規制緩和の途が開かれると、正社員であっても雇用はますます不安定になっていくでしょう。雇用が不安定になると、これまで以上に残業も拒否は出来ず(解雇が恐いから)、パワハラ・セクハラも蔓延します(これも、逆らうと解雇が恐いから被害を放置)。

また、本来企業は、正社員の長時間労働をなくすために、労働時間削減をすべきですが、残業代ゼロ法案によって、正社員の長時間労働が合法化されます。その上で、長時間労働ができない労働者(例えば、家事育児や介護の負担がある労働者)を、限定正社員(長時間労働しない、遠距離配転がない労働者)に落とし込みます。賃金は、配転されず残業がない代わりに、他の正社員より下げられます。「正社員」とはいっても名ばかりで、非正規雇用に近づいた労働条件(低賃金・不安定雇用)に近づけられてしまうでしょう。

未来予想図

最後に、全ての労働法改悪が実現した未来予想図です。

私が各年代の方の声を予想して、未来予想図を描いてみました。

就活生「正社員の就職がなくて、派遣しかないや」「ようやく見つかった正社員。ブラック企業だけど、派遣よりはましか。」

20代派遣社員「一生派遣じゃ、いつクビになるか分からない。ボーナスも退職金もないし、結婚できないよ。」

20代正社員「正社員になれたけど、残業代ゼロになったから、残業が増えて辛いよ。このままじゃ過労死しちゃう。」

30代正社員「残業代ゼロで、死ぬまで働くのか。家庭なんて持てないよ」

30代正社員「残業代ゼロになって、3日も子どもの顔をみていない。解雇されたくないから上司に嫌われないように、残業したくないなんて、言えないよ」

60代夫婦「ますます少子化が進んで、日本の将来が不安。」「孫の顔が見たいけど、子どもは働き過ぎで給料も安く、結婚できないね」

小学生「日本の未来って、大丈夫?」「私たちが大人になったとき、私たちは安心して生活できるの?」

中学生「パパが働きすぎで家に帰ってこないから、身体が心配」「お母さんは、正社員で働きたいけど、派遣しか仕事が見つからないから、ウチは貧乏なんだって。」

高校生「正社員になりたいから頑張って勉強しているけど、派遣しかなれないかなぁ」「働き過ぎのお父さんを見ていると、自分には正社員は無理。働くのって、恐いなぁ」

こんな社会では、さらに過労死が蔓延し少子化も進み、経済成長だって望めないし、日本社会から活気もなくなります。喜ぶのはブラック企業と派遣会社だけ

みなさん、労働法改悪が他人事ではないと理解していただけたでしょうか。みんなの力で、労働法改悪を阻止しましょう!

弁護士(日本労働弁護団常任幹事)

1975年生まれ。神奈川総合法律事務所所属、ブラック企業対策プロジェクト事務局長、ブラック企業被害対策弁護団副事務局長、反貧困ネットワーク神奈川幹事など。主に働く人や労働組合の権利を守るために活動している。著書に「5年たったら正社員!?-無期転換のためのワークルール」(旬報社)、共著に「#教師のバトン とはなんだったのか-教師の発信と学校の未来」「迷走する教員の働き方改革」「裁量労働制はなぜ危険か-『働き方改革』の闇」「ブラック企業のない社会へ」(いずれも岩波ブックレット)、「ドキュメント ブラック企業」(ちくま文庫)など。

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