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派遣と「ブラック企業」は大の仲良し?!

嶋崎量弁護士(日本労働弁護団常任幹事)

1 伝えたいこと

「派遣とブラック企業なんて、関係ないでしょ」と思った方がいらっしゃったなら、この文章を読んでいただく価値のある方です。

たしかに、派遣会社は、非正規労働者である派遣労働者を雇用する会社です。一方、「ブラック企業」の被害者は基本的に正社員です。だから、派遣と「ブラック企業」には、何も関係がないように思えるのです。

ですが、派遣と「ブラック企業」は、大の仲良しです。派遣法改正によって、派遣労働者に代表される非正規労働者が増えていく環境が作られてしまえば、どんなに取り組みを進めていっても、ブラック企業被害を撲滅することはできないでしょう

現在国会で進んでいる、これまでの派遣法の理念を根本から覆す、大きな派遣法改正の動きにも少しだけ触れつつ、話を進めていきます。

2 「ブラック企業」の概念をはっきりさせよう~厚生労働省が取り組みを始めた理由~

本題に入る前に、この文章で「ブラック企業」とは何を指すのか、明確にさせて下さい。

世間には「ブラック企業」が氾濫しています。「普通の悪い会社」(変な言葉ですが)を全て「ブラック企業」という場合も見られ、人によって何を「ブラック企業」と言うのかが、バラバラです。ですから、この文章でも、「ブラック企業」の意味を明確にしておかないと、この文章でお伝えたいことがぼやけてしまいます。

いわゆる「ブラック企業」の概念で一番シンプルなのは、厚生労働省の示した概念でしょう。厚生労働省は2013年8月8日、「若者の『使い捨て』が疑われる企業等」に対する対策を発表し、「ブラック企業対策」であると注目されました。詳細はこちらをご覧下さい(なお、厚生労働省は、正式に「ブラック企業」という単語は使っていませんが、これがいわゆる「ブラック企業」対策であることは明らかです)。

この文章では、厚生労働省が使っている「若者の『使い捨て』が疑われる企業等」という概念を、いわゆる「ブラック企業」だとして、説明していきます。私が活動しているブラック企業被害対策弁護団で取り組みを進めている「ブラック企業」も、この厚生労働省とほぼ同じ意味です。

現在、ブラック企業被害の問題は、被害者となった若者個人の問題を飛び越えて、社会全体の問題になっています。その理由は、ブラック企業問題の被害者が、精神疾患などの罹患により社会保障費の増大を招き、若者の将来を奪うだけでなく社会全体の技能承継も困難とし、さらには労使の信頼関係が奪われ企業の生産性も奪い、少子化の要因となっているからです。

また、ブラック企業が蔓延することで、公正な競争が確保されなくなる問題もあります。違法な長時間労働・残業代不払いにより人件費削減を図るライバル企業の存在により、健全な企業の経営も圧迫されます。

だからこそ、ブラック企業被害の撲滅は、社会全体で取り組まなければならない課題ですし、厚生労働省も、日本社会全体の問題と捉えたからこそ、「ブラック企業」の問題に取り組みをはじめたのでしょう。

3 派遣労働者が増えると、なぜ「ブラック企業」の被害者が増えるのか

いよいよ本題です。

皆さんは、「ブラック企業」の被害者には、どんな共通点があると思いますか?多くのブラック企業被害者の事案に接していると、ある程度一般化できることもあります。

その一つが、ブラック企業の被害者(特に、深刻な被害の方)は、正社員で働きたいと思っている若者、言い換えれば、派遣に代表される非正規労働者で一生終えたくないと考えている若者であるということです。みなさん、派遣労働に代表される非正規労働が、いざとなったら簡単に仕事を失うことになる、一生続けられるような仕事ではないことは若者もよく分かっています。家族や友達など周囲からも、「正社員」にならなければダメだという圧力を受けています。

だからこそ、ようやくみつけた「正社員」だから、ブラック企業と疑っていても就職するしかなかったり、早期離職したら次の正社員の仕事が見つけづらい(「すぐ辞める人」というレッテル貼りをされます)ので辞められなかったりという実情があります。

こんな実情だから、「ブラック企業」であると分かっていても、被害が深刻化するまで自分からは仕事を辞めたり、会社に抗議したりすることができません(会社に抗議して、簡単に働き続けられると考えている方は少ないです。本当は、労働組合などを通じて、正当な抗議や権利行使は十分にできるのですが)。だから、仕事を辞めることで過酷な長時間労働や不合理なパワハラから逃げられないのです。

正社員の仕事を簡単に辞められない(辞めたくない)からこそ、ブラック企業で使い潰されるまで過酷な労働を強いられても受け入れなければならず、被害が深刻化するのです。

若者がブラック企業の被害に遭う背景には、何としても「正社員」になりたいという、正社員の椅子取りゲームが背景にあるという点は、ブラック企業被害の問題を理解する上でとても重要です。だからこそ、正社員の仕事が少なくなれば(=派遣に代表される非正規労働の仕事への置き換えが進めば)、少なくなった正社員の椅子をめぐって、何としても「正社員」になりたいという若者が、ブラック企業被害に遭いやすくなる状況が生まれてくるのです。

4 派遣労働者を激増させる法改正

現在、派遣労働者を大きく増加させる法改正が、着々と進められています。2014年3月11日、派遣法の改正案が閣議決定されて、国会審議を待っている状況にあるのです。

今回の「改正」の重要な(悪い)部分は、派遣の利用が臨時的、一時的なものだ(ざっくり言えば、派遣の利用は「例外」であるということ)という大原則を投げたことです。

この改正によって予想される近未来図は、正社員の仕事が減っていき、代わりに派遣の仕事が増えていく社会です。

改正によって、有期雇用の派遣(通常の派遣の形態です)であれば、3年交替で人さえ入れ替えることで、いつまでも派遣労働を使えることになります。無期雇用の派遣であれば永久に同じ人を使えます。これでは、派遣の利用が許されれば、臨時的、一時的であるという原則は、中身を伴わないものとなってしまいます。

これまで派遣を使うのをためらっていた企業(臨時的、一時的であるという派遣法の規制が面倒だと感じていた企業)も、派遣法改正により、派遣労働者を利用するようになるでしょう。そして、派遣労働者の代わりに、これまで企業を支えてきた正社員が仕事を失い、正社員から派遣へと、置き換えが進んでいくことになるのです(なお、詳細は、佐々木亮弁護士の記事をご覧下さい)。

5 派遣法改正でブラック企業被害者は増加する!

派遣法改正によって、正社員の仕事が減ると、若者は、少なくなった椅子を目指して、これまで以上に、過酷な正社員の椅子取りゲームを強いられます。

こんな状況は、ブラック企業が、これまで以上に人を集めやすい社会です。ブラック企業は、社員を定年まで長期雇用しようとは考えていません。ブラック企業は、労働者を長期雇用することを念頭に置かず、若者を使い潰して早期離職していくことを前提に、次々に新しい人材を募集し続けていきます。そして、「正社員」であることをウリにして、新しい人材が集まらなければ、成り立たないビジネスモデルになっています。

だからこそ、正社員が少なくなった社会、正社員が今より希少価値がある社会は、ブラック企業が活動しやすい社会になるのです。

ですから、派遣法改正が実現してしまえば、これまで以上に、ブラック企業が蔓延しやすい、新たなブラック企業の被害者が増加していく社会になっていくでしょう。

6 現在正社員であれば、派遣法改正は他人事?

現在正社員のみなさんにとっても、派遣法改正は他人事ではありません。リストラなどで離職することになれば、誰もが、正社員の椅子取りゲームへの参加を強いられることになるからです。

中高年層にとっても、自分の子ども達の世代がブラック企業被害に遭いやすい社会が生まれると考えれば、他人事ではないでしょう。

また、ブラック企業が活動しやすい社会が生まれれば、まともな企業も、不公正な競争を強いられて、企業業績が圧迫されます(リストラのリスクも高まり、正社員の椅子取りゲームに参加を強いられる可能性も高まります)。

とりわけ、女性労働者は、現在も非正規労働を選択するしかない場合が多く、男性以上に過酷な正社員の椅子取りゲームを強いられています。ですから、派遣法改正が実現してしまうと、正社員になりたいと考える女性は、これまで以上に(男性よりも)ブラック企業被害に遭いやすくなるのです。

7 社会全体の問題として、派遣法改正を阻止しよう!

ブラック企業の問題は、社会保障費増大や企業の公正な競争を阻害するので、社会全体の問題です。そうであれば、ブラック企業被害を拡大する派遣法改正も、社会全体で考えなければならない、重要な社会問題なのです。

残念ですが、とても大きな派遣法改正であるのに、現在は社会に全く注目されていません。

現在は正社員で働いている皆さんにとっても、派遣法改正は他人事ではないのだと理解して、反対の声を挙げていただきたいと思います。

弁護士(日本労働弁護団常任幹事)

1975年生まれ。神奈川総合法律事務所所属、ブラック企業対策プロジェクト事務局長、ブラック企業被害対策弁護団副事務局長、反貧困ネットワーク神奈川幹事など。主に働く人や労働組合の権利を守るために活動している。著書に「5年たったら正社員!?-無期転換のためのワークルール」(旬報社)、共著に「#教師のバトン とはなんだったのか-教師の発信と学校の未来」「迷走する教員の働き方改革」「裁量労働制はなぜ危険か-『働き方改革』の闇」「ブラック企業のない社会へ」(いずれも岩波ブックレット)、「ドキュメント ブラック企業」(ちくま文庫)など。

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