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橋爪功、観客の期待に沿わない“劇薬”な芝居を!妻は幸運をもたらすブレーン

島田薫フリーアナウンサー/リポーター
”劇薬”な芝居を語る橋爪功さん(撮影:すべて島田薫)

 俳優・橋爪功さんは誰もが知るベテランですが、実は45歳までは俳優一本で生活できなかったと言います。奥様のサポートでみるみる売れっ子となり、今や日本の演劇界に欠かせない存在に。多くの人から「柔和で優しそう」という印象を抱かれがちですが、実際の橋爪さんは、イタズラ好きな目をした“個性大爆発”な人でもあります。朗読で初演出を務めるという橋爪さんが、ふとした瞬間に見せる眼光鋭い表情に、緊張感が漂います。

—今回、初めて演出されるとか。

 これまで芝居の演出はしていましたが、朗読の演出は初めてということになります。今回共演するのは、俳優・井上芳雄とタップダンサー・RON×II(ロンロン)。

 井上くんとは共演歴があるし、RON×IIとは長い付き合い。だから、初顔の人が演出家として立つよりも、気楽なチームでやった方がいいんじゃないかと思っていたら、僕が“演出”という形になってしまいました。

—『関節話法』は、筒井康隆さんの作品ですね。

 昔、筒井さんご本人がやっていらっしゃるのを観て、あまりにおもしろくて「僕もやってみたい!」と思っちゃったんです。

 実を言うと、かみさんが僕のブレーンでして…彼女はものすごい読書家でちょっと変わっているので、おもしろい作品を見つけてくるのがうまいんです。僕が、静岡・伊豆市の野外で毎年上演している野外劇の台本と構成は、10年くらい前からやってくれていますし、朗読はすべてかみさんのチョイスです。その朗読も、僕は座ったままじゃなくて、立って動き回りながらやりますから、手前味噌ですけどおもしろいですよ。

 一緒になってから運が向いてきたので、彼女のことは“あげまん”と呼んでいます。芝居の話は趣味が合うというか、お互い変なモノが好きなんです。

—今回はどういう演出をされますか?

 RON×IIと井上くんにお任せです。井上くんは、立っていて向こうの景色がスカーンと見える人。明るくて爽やかで、最後までその印象を裏切らない。

 僕は、タモリさんと一緒でミュージカルがダメなので、井上くんの専門であるミュージカルは観たことがないんです。ストレートプレイは観ているけど、ミュージカルってなんか背中が“ぐっ”てなる(笑)。

—井上芳雄さんと初めて共演(二人芝居『謎の変奏曲』)したときの感想は?

 やってみたら、おもしろかった。彼はこちらが出したことを、海綿スポンジみたいに吸い込むんです。だから、舞台上の僕に変な雑念が生まれない。やりやすいですよね。

 俳優は、興奮していろいろなものを舞台上に持ち込む習性があるし、自分をよく見せたくて、いつも“自分”がついて回っている人が多いんです。だけど、彼には“井上芳雄”という役者としてのバックというか、性根というか、後からつけ足した工夫や余分なものが見えない。それがあると僕にとっては邪魔なんですけど、スッと役として入ってくる人だから、見ていて気持ちがいい!

—橋爪さんが俳優として生活できるようになったのは遅かったと聞いています。

 俳優一本では厳しい時代が、45歳くらいまでありました。ずっとアルバイトしていましたね。

—なぜ諦めずに頑張れたのですか?

 当時の世の中は、そんなにお金がかからなかったのでね。19歳で新劇に出合って、芥川比呂志さん(俳優・演出家)に出会って、「芝居ってこんなにおもしろいものなんだ」と、天地がひっくり返るようなショックを受けたんです。その時に「この人についていこう」と思ってからは、芝居をやめようと思ったことは一度もないです。

—どうして45歳から仕事が入るようになったのでしょう?

 むしろ、なぜそれまで仕事がなかったかの方が不思議ですね(笑)。きっかけはNHK連続テレビ小説『青春家族』(1989年放送、清水美砂&いしだあゆみのWヒロイン)だと思います。朝ドラで全国区になりました。その前までは、電車に乗ったら「殺し屋がいる」と言われて。若い頃は、殺すか殺されるかどっちかの役だったのが、NHKでイイ人をやるようになったら環境が変わってきました。

—最近は、イイ人をよくやっていらっしゃいますね。

 イイ人ばかりだとつまらないですけどね(笑)。黒幕みたいな役も多くなりましたけど、本当は黒幕の手下でコソコソ動く方が好き。黒幕で主役だとつまらない。なぜかというと、悪役が主役になると、本当は正しかった、とか、本当はいい人…って話になりがちだから、それはつまらないんじゃないかと思う。本当の悪は主役にはなりにくいんですよ。

—橋爪さんは、常にフラットな印象を受けます。

 僕は、根本的に相当人が悪いんでしょうね。だからお客さんの思ったようにはやらない。いつも新しい人物としてお客さんに見ていただきたいと思って演じているので、レッテルがついた橋爪功はいらないです。

—あまり感情を大きく出されることは少ないように感じます。

 出す時は出しますよ。だけど、ここで考えた感情を舞台上でやっても、お客さんは感動しないんです。極端なことを言うと、舞台上で息ができなくなるくらい泣いたり、わめいたり、叫んだりという風にしないと、お客さんには普通に見せ物だと思われるから、肉体的に追い込まないとならない。それは派手にするとかではなくて、登場人物として、体の底から動かすということです。

 同時に“ありきたり”が嫌なんです。ありきたりじゃないようにしようとすると、相当工夫しなきゃダメです。お客さんが、僕を観て「すごい!」と感動するような芝居はしたくない。「あれ何なの?」と思いながら観劇して、帰る頃に「おもしろかった」と感じてくれるのが一番いいんです。

 僕は人が悪いんですよ。簡単にはお客さんの期待には沿わないぞ、「感動したい」と思ってきている人には感動させないぞ、と思っています。

 劇は“劇薬”の劇。観終わって「よく分からなかったけど気持ち悪いわね」とか、ちょっとした“劇薬”が入っているような印象を残せたらいいなと思っています。

—橋爪さんから見た、いい演出家とは?

 演出家は大変です。あらゆることに気を配らないといけない、ステージに関してはコンダクターですから。本来なら、僕は絶対に演出はやらない主義。僕みたいに思いつきでいろいろなことをやるのは、演出家に失礼だと思います。

—今までで、いいなと思った演出は?

 野田秀樹は、反復の人です。リアルじゃなく抽象的な舞台でいろいろ試して、僕が稽古に入る頃にはステージが出来上がっています。

 森新太郎はしつこい(笑)。諦めないし、一生懸命で…工夫を重ねる舞台は絶対に出来上がりがよくなります。

—普段の橋爪さんはどんな人ですか?

 大阪弁で言うところの“いちびり”。おっちょこちょいで、教室で騒ぐ子いるじゃないですか。先生に一番怒られる子です。

 僕は大阪出身なんですが、関西人は自分の中にボケとツッコミの両方を持っていて、人をおちょくるのが大好き。おちょくられても平気なの。

 よく言えばユーモア。そういう性質だから、あまり友達はいません。いても変な人しかいない(笑)。基本的に、かかってきた電話に返事はしないです。理由?面倒くさいから。ありきたりの「お久しぶりです」とか言うのが好きじゃないの。

—数少ないお友達とは?

 石倉三郎さんと、最近は田中泯さん、ミッキー・カーチスさん。あの人たちは、あいさつとか何もない。いきなり用件から入る。「暑くて野菜全部ダメになっちゃった」とか、1時間くらい話すこともあります。

—今年81歳ですね。若さの秘訣は?

 嫁がいいから元気なんです。未だにケンカしてくれるから(笑)。最近は年寄り扱いですよ。カメラが回ると早く動いているみたいだけど、歩く速度も遅くなっているらしいから、ライザップでもやろうかと思ってる。

—演劇の現状を、どう見ていますか?

 コロナが劇場を覆っていて、舞台に出て行くと全体的に元気がないのが分かる。騒いじゃいけない、声を出しちゃいけない…本来劇場はそういうところではないです。

 今は健全ですね。アルコール消毒されてキレイで。でも演劇はどこか人生を間違えてしまうくらいの変な物がないといけない。毒のない世の中になったなと思います。

【インタビュー後記】

「演出家ではない」と言いながら、話している途中で急にひらめいたのか、すごい勢いで舞台演出についてスタッフに指示を出す場面がありました。「その場限りの思いつきだから忘れないようにね」とおっしゃいますが、その顔は演出家そのもの。今回お話を聞いて何より驚いたのは、「お客さんの期待には沿わない」という言葉でした。言われてみれば、私がこれまで舞台を観るときは「笑いたい」「泣きたい」など、最初に感情を決めて観ていたかもしれないと思い当たりました。でも、橋爪さんの舞台は思い通りにはさせてくれない。では「裏切られたい」と思って行くと、それもまた裏切られそうです。

■橋爪功(はしづめ・いさお)

1941年9月17日生まれ、大阪府出身。1961年、文学座付属演劇研究所に入所し、翌年文学座・座員に昇格。1975年、演劇集団「円」の設立に参加し、現在は代表を務める。日本アカデミー賞、紀伊國屋演劇賞、読売演劇大賞、菊田一夫演劇賞、橋田賞などを受賞し、2021年には旭日小綬章を受章。主な出演作にNHK連続テレビ小説『青春家族』、大河ドラマ『武田信玄』、映画『すばらしき世界』『家族はつらいよ』他、多くのドラマ・映画・舞台で活躍。リーディングプロジェクト『関節話法』『船を待つ』は9/16~19、東京・草月ホールにて上演。

フリーアナウンサー/リポーター

東京都出身。渋谷でエンタメに囲まれて育つ。大学卒業後、舞台芸術学院でミュージカルを学び、ジャズバレエ団、声優事務所の研究生などを経て情報番組のリポーターを始める。事件から芸能まで、走り続けて四半世紀以上。国内だけでなく、NYのブロードウェイや北朝鮮の芸能学校まで幅広く取材。TBS「モーニングEye」、テレビ朝日「スーパーモーニング」「ワイド!スクランブル」で専属リポーターを務めた後、現在はABC「newsおかえり」、中京テレビ「キャッチ!」などの番組で芸能情報を伝えている。

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