歌舞伎俳優・坂東彌十郎さんは、歌舞伎界一の長身と立派な体格を武器に、幅広い役を巧みに演じ分け、その存在感と安定感で歌舞伎のファンから長く愛されてきました。そして、毎月のように舞台出演が続いたこともあり、これまでテレビ・映画にはほぼ出られることがありませんでした。そんな彌十郎さんですから、NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』に北条時政(主役の父親役)として出演するや、瞬く間に世間の注目を集めるようになったのは、歌舞伎ファンからみれば当然の結果と言えるかもしれません。66歳でお茶の間でブレイクした歌舞伎俳優・坂東彌十郎さんの素顔に迫ります。

—歌舞伎の舞台に立ってから何年になりますか?

 今年で49年です。でも、歌舞伎俳優としては短いんです。皆さん6歳、早い人は3歳からやっている世界なので、僕の歳だと芸歴60年になってなきゃいけないんですけど、僕は役者になったのが高校生と遅かったですから。

代々、歌舞伎俳優が続くお家に生まれながら“遅かった”のはどうしてですか?

 父は30年映画の世界にいたので、家自体がしばらく歌舞伎を離れていたということも影響しています。あと、子供の頃から背が高くて、子役として出演するには大きすぎたんですよ。

—身長は何cmありましたか?

 小学校卒業時で160cmくらいありました。半ズボンとランドセルの似合わない小学生でね(笑)。中1で161cm、中2で171cm、中3で178cmになって、高1で183cm。まさにぐんぐん伸びちゃいました。役者になることについては、父を含めて、周囲からは「苦労する、やらない方がいい」と言われました。

—それでもなぜ、やろうと思われたのですか?

 歌舞伎が好きだったんですね。「苦労してもいいからやりたいです」と。今思うと、なんであんなこと言っちゃったのかなと思いますけど(笑)。本当に好きだったんですね。途中で「テレビの仕事をしないか」とか「事務所に所属しないか」と声をかけてくださった方もいらしたんですが、僕は初舞台が遅かったこともあるし、古典をしっかりやりたかったので「今は歌舞伎以外のことはできません」と断ったんです。その時やっていれば、また役者人生も違ったかなとも思いますけど、妙に頑固だったんですね。

−66歳を迎えられてからの突然の大河ドラマでのブレイク。周囲の反応は変わりましたか?

 ブレイクって自分では全く自覚はないです。ただ先日、免許更新に行ったら受付の方がじっと顔を見ているんですよ。何か不備があったかと思って「これダメ?」と聞いたら、「いつも見ていますよ」と言われたのにはビックリしました。ありがたいですね。映像の世界に声をかけてもらって、皆さんからそう言われるように脚本を書いてくださったのは三谷幸喜さんですから。すべては三谷さんに感謝です。

—大河で主役の父親(北条時政)役の話が来た時はどう思いましたか?

 ドラマで若い歌舞伎俳優の方が活躍しているのを見て、「すごいな~、自分も出たいな。でもこの年齢だともう難しいかな」とは思っていました。話が来た時、まず舞台を1年以上休まなくてはいけないと言われたので、どうなるのか想像もつかなかったです。

—実際やってみていかがでしたか?

 映像の仕事は慣れておりませんから、いろいろありましたよ。まず、カメラの存在です。部屋を出て行くシーンを撮っていて、「カメラこっちで返します(カメラを移動して別方向から繰り返し撮ること)」と言われた後に同じシーンを撮ったら、さっきはなかったカメラが進行方向にあったんです。でも同じように歩いてカメラの前に立ちはだかっちゃった(笑)。そんな役者いないですよね。これが昔の現場だったら、「何しとんねん!アホ!」と怒られていますよ(笑)。皆さん優しくて助かります。こういう撮影用語にも大分慣れて、会話が楽しくなりましたね。

—息子(北条義時)役が小栗旬さん、妻(りく)役が宮沢りえさんなど、共演者が華やかですね。

 1年経って、今は普通の家族の雰囲気になりました。皆撮影以外でも「父上」と呼んでくれて、休憩中にも「父上、昨日何食べました?」なんてね。小栗さんは、何も言わなくても全部分かっていて、すべてに目が届いて、素晴らしいです。自分だけをよく見せればいいという感じではなくて、作品全体を見ているんです。今どう撮っていて、どうするのか、引いた目を持ちながら芝居ができる人です。僕のことも常にカバーしてくれて「父上、カッコよかったです」と言ってくれたりします。そうすると僕は顔がニマ~としちゃうので、一生懸命聞こえないふりして、後で「ありがと」って言うの。

—どのシーンをカッコよかったと言ってくれましたか?

 頼朝(大泉洋)に向かって怒るところでしたかね。怒り方もいろいろあるので、どういうものがいいか話し合って、最終的に僕の考えと違う方を選択したことを言ってくれたのだと思いますけど、本当に助けられています。彼がスタジオにいないと不安になっちゃう(笑)。

—宮沢りえさんとの夫婦役は?

 それまでも、お会いしたことはあったんですが、撮影が始まるときに「テレビの仕事はほぼ初めてで、慣れてないからよろしくお願いします」と挨拶したら、最初は冗談だと思われていて、だんだん「本当にそうなの?」と。女優さんとはめったに芝居しないので、肩を抱いたり抱きしめたりする加減が分からないんですよ。「このくらいで大丈夫?」と聞くと「大、丈、夫!!」と言われて(笑)。

—失敗はありましたか?

 いっぱいあります!NGは絶対出さないように、セリフは完璧に覚えて行くつもりでしたが、自分が映らないシーンでもちょっと噛んだりすると「ごめんなさい!」と謝っていたんです。そしたら、息子の宗時役の片岡愛之助さんから「お兄さん、大丈夫です。今は相手役を撮っているので、お兄さんが間違えても前に録音したセリフを使うから、そのままで大丈夫ですよ」と言われて「そういうこと~?」とビックリ。いろいろ教えてもらっています。

 家内も大河を見てくれているんですが、「普段と一緒じゃない。あなた芝居してるの?」と言われるんです。「俺は俺で一生懸命やってるんだよ!」と言ってますが、ポンコツなところが同じみたいです(笑)。

—そんな思い出深い大河の撮影も終わりが近づき、7月からは舞台『風の谷のナウシカ』で歌舞伎に復帰ですね。

 今まで1年以上も歌舞伎の舞台を休んだことないですから、どうなるのか...お客様を目の前にしたら感動して泣き出すんじゃないかと思って、怖いですね。しかも『風の谷のナウシカ』は僕にとって初めての演目で初役です。「ユパ」という剣の達人をやるんです。年齢が上がってきたからといって、立ち回りで動きが鈍く見られるのは嫌ですから、キレよくやりたいですし、高いところから飛んだりすることがあるかもしれないので、ケガをしないように、体力面でも気をつけようとは思っています。ジムでのトレーニングはずっと続けていますけど、最近はいつもよりハードにしています。あと、元々、飲む&食べるのが大好きでね、甘いものや炭水化物は多少減らして、ビールも糖質ゼロを飲んでいます(笑)。

—今後やりたいことは?

 歌舞伎を世界に広めたいです。いくら日本で「歌舞伎はおもしろい」と言ってもなかなか広がりにくいのが現状。世界で広まれば、外国でこんなに人気があるのかと、逆輸入的な感じで興味を持ってもらえるんじゃないかなと。浮世絵と同じで、一度海外へ出て評価されて日本でも興味を持たれる、という感じですかね。

—だから英語・仏語が堪能なんですね。

 ウィキペディアに“語学堪能”と書かれていますけど、あれは間違いですよ(笑)。僕、特別な英語の勉強していないですし、日常会話は海外公演に行くようになって覚えたものです。なぜかワインを飲むと話せる気になるんですよ。ワインという翻訳機を使ってやっています。海外の方に対してだけじゃなく、とにかく、歌舞伎には恩返しをしたいんです。歌舞伎俳優になってなかったら、今の僕はいないでしょうし、どうなっていたかも分かりません。歌舞伎には、これからずっと恩返しをしていかなきゃいけないと思っています。

【インタビュー後記】終始にこやかな表情で、『鎌倉殿の13人』で見る父上そのものでした。年齢・キャリア問わず、誰に対しても尊敬の気持ちを忘れない謙虚な姿勢は、本来お持ちの性格もあるのでしょうが、初舞台が遅くて勉強が足りないという思いが今も影響して、常に学ぶ意欲にあふれているところからも来ているように感じます。こんなに真剣に仕事に取り組まれているのに、どこかクスッと笑ってしまう、不思議な魅力の方でした。

■坂東彌十郎(ばんどう・やじゅうろう)1956年5月10日、東京都生まれ。銀幕スターでもあった坂東好太郎の三男。屋号は大和屋。1973年に歌舞伎座『奴道成寺』で坂東彌十郎を名乗り初舞台。二代目市川猿翁に師事。十八代目中村勘三郎が立ち上げた平成中村座にも数多く参加し、幅広い役柄をこなす。平成中村座ニューヨーク公演や、長男・坂東新悟と自主公演でヨーロッパ公演を行うなど、国際的な活動も多い。歌舞伎座「七月大歌舞伎」(7月4~29日)では『風の谷のナウシカ』、「八月納涼歌舞伎」(8月5~30日)では『新選組』『安政奇聞佃夜嵐』に出演する。

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