NHK連続テレビ小説『おちょやん』、そして現在は大河ドラマ『青天を衝け』に出演している、眉毛が特徴的な注目女優・仁村紗和(にむら・さわ)さん。表参道を歩いていたところ、スカウトマンが次々と集まって長蛇の列を成し、結果、芸能事務所20社以上からオファーを受けたという逸話の持ち主でもあります。そんなスカウト現場の裏側をはじめ、現所属事務所「サンミュージックプロダクション」に決めた理由まで、語りつくしてもらいました。

―芸能界に入ったきっかけは?

 スカウトです。高校3年生の夏に、東京・国立代々木競技場で開かれたフェスを大阪から観に来たんです。ライブまで時間があったので買い物しようと思って、近くの原宿や表参道を散歩していました。

 そうしたら、人がたくさん集まってきて。表参道の大通りにいたんですけど、勢いに押されて路地に入ったらそこに列ができて、十数人は並んでいて次々と来るんです。終わる頃には、渡された名刺が束になっていました(名刺2箱分くらい)。

 芸能事務所とか美容院とか、いろいろな名刺がありました。ホテルに戻って母に見せたら大笑いしていましたね。今でも、その列に並んでいた美容師さんの1人に、髪を切ってもらっています(笑)。あの時の私はどんな風だったのか聞いてみたら、「もう時間がないんです!大阪に住んでいます!」と、すごく怒っていたらしいです(笑)。

—芸能事務所からのスカウトは、どれくらいあったんですか?

 表参道だけじゃなくて、トータルすると20社以上から名刺をもらいました。「モデルをやってみませんか」とか「お芝居や芸能界に興味はありますか」みたいな話をされたのですが、いろいろスカウトしてくれた中で、今の事務所は両親に手紙をくれたんです。両親もそれを読んで「この事務所だったら預けられる」ということで、ここ(サンミュージックプロダクション)に決めました。

—芸能界に興味はあったんですか?

 ダンスをやっていたので、体を使って何かを表現したいという気持ちはありました。高校を卒業して東京に来ることになり、芸能の分野でダンスを活かせたらいいなとは思っていました。

 私がやっていたのはストリートダンスです。ポッピンというジャンルで、アニメーションっぽいロボットダンスが得意です。中学・高校と6年間やっていましたが、当時は女性もいなくて、年齢層も私より上の人ばかりでした。

—東急電鉄のCMは、ダンスがカッコイイと評判でしたね。

 本当はダンスパートはなかったんですけど、「踊れるんだったらやってみようか?」という感じで、当日決まりました。その場で振りを全部覚えて、大変でしたけどダンスをやっていてよかったと思いました。あのダンスのインパクトが強くて、未だに言ってもらえるのですごくうれしいです。

—「女優でいこう」と思ったのはいつでしたか?

 それが“ぬるっ”としているんですよね。実はオーディションの打率がめちゃくちゃ高くて(笑)。1年半でCMが15本決まりました。最初は「100本は落ちるくらいの気持ちで行こう」とマネジャーと励ましあっていたんですけど、受ければ受かるという感じで、必然的にお芝居をする機会も増えて“ぬるっ”と始まりました(笑)。

 自分の芝居の出来上がりを見ると、「もっとああすればよかった」とか思うけど、何が正解かも分からないし、特にレッスンを受けたわけではなかったので最初はお芝居が全く分からず、やる度に「知りたい!」という欲が出てきて、それがずっと続いている感じです。

—眉毛が印象的です。

 高校生の時は眉毛がコンプレックスで、剃って細眉にしていた時期もありました。“仁村ギャル期”です(笑)。今は“眉毛の人”と覚えてもらえるのもうれしいです。上京した時は失うものが何もなかったので、コンプレックッスを個性に変えて、無敵モードでした。“謎の自信”みたいなものがあったのでよかったのかな…と思います。うまくいくだろう、大丈夫だ、という、本当に謎なんですけど(笑)。

—よく“昭和感”があると言われませんか?

 言われます!古着やヴィンテージが好きだし、昔の映画やミュージックビデオも見ますね。チャップリンの『モダン・タイムス』が好きで、「無声で、こんなにも社会のことを丸ごとユーモアに変えて伝えられるなんて、この人すごい!」と思いました。マイケル・ジャクソンもすごく好きでした。学生時代は、朝起きたら姉と一緒に、マイケルのDVDを15分間見てから学校に行く生活をしていました。

—女優の仕事を始めて大変だったこと、驚いたことはありますか?

 大変だったことは、関西弁を直すこと。今でも、普段は関西弁でしゃべっちゃってるんですけど、常にイントネーション辞典を持ち歩いて、すごく苦労しましたね。

 撮影を始めた頃は、朝は早いし、夜も髪を洗いに家に帰るだけの日々が続いて、こんなにきついんだ…と思っていたら、スタッフさんは、朝から晩まで働いたうえで飲みに行ったりしていたから、タフだなとビックリしましたね。私は、休みの日はずっと寝ています。

—今まででうれしかったことは?

 作品が評価されることもうれしいですけど、現場でスタッフさんや皆が同じ気持ちになった瞬間が、最高に気持ちいいですね。

 例えば、「今のシーンよかったね」と余韻に浸りながら監督やキャストで話している時とか、カメラさんもそれをちゃんととらえられたとか、それぞれが一致した瞬間が一番好きです。最初は分からないことばかりでしたけど、プロの人たちと仕事をして、最近やっと責任感を自覚するようになりました。普段は能天気で少年みたいだと言われます。

—大河ドラマ『青天を衝け』の現場は、どんな雰囲気ですか?

 良い意味でピリッとした緊張感がありますね。所作(しょさ)や方言指導の方、撮影部・技術部のスタッフさんなど、昔から大河をやっていらっしゃる方が多いので、“プロ”って感じで、すごく緊張しました。

—同ドラマでは、渋沢栄一(吉沢亮)のお妾(めかけ)さんという難しい役でしたね。

 監督からは、現代の感覚とは違うから“おくにさん”を悪者に見せたくない、と言われました。私も、お妾さんというよりは、この時代の女性の生き方を意識して演じました。この時代は、女性は自分でお金を稼いで子供を育てることができないから、こういう生き方があったんだ…ということが伝わったらいいなと思っています。

 私は、渋沢栄一の本妻の千代(橋本愛)さんにフォーカスしていました。本妻とお妾さんが一緒に住むんですけど、妻からすれば、昔も今もこんなことは嫌だろうと思う反面、同じ女性として、絆みたいなものもきっとあったのではないかと思います。

 千代さんは、いろいろな角度から物を考えられる強い人だと、私は勝手にリスペクトして絆を感じていました。自分がもし奥さんの立場だったら、こういう顔をされたら嫌だな…とか考えながら、難しかったけどすごくやりがいがある役でした。

—今後やりたいことや夢はありますか?

 目標とかですよね?やりたいことはもちろんありますけど、イメージとしては、太陽に向かって伸びていく植物みたいに、振り返ると大きな木になっていた…みたいな。そういう感じで伸びていけたらいいなと思います。女優としての目標というより、人間としての目標ですね。

【インタビュー後記】

不思議な空気感をまとった人でした。写真や映像からは、クールで個性的な印象を受けましたが、実際にお会いした仁村さんは、裏表のない無邪気で明るい人。古参のスタッフにも、入ったばかりの若手にも、全く同じ態度で接します。スタッフさんが小さな声でつぶやいた「よくぞサンミュージックを選んでくれました」には笑ってしまいました。これだけ多くのスカウトの目に止まった逸材が、今後どう輝いていくのか、楽しみです。

■仁村紗和(にむら・さわ)

1994年10月13日生まれ、大阪府出身。特技はダンス(POP、LOCK、JAZZ)。20社以上からスカウトされて芸能界入り。ドラマ、CMに多数出演。映画『無伴奏』『地獄少女』で存在感を示す。NHK連続テレビ小説『おちょやん』(2020年11月~2021年5月)で節子役、大河ドラマ『青天を衝け』には大内くに役で出演中(第30~38話)。