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“ミュージカル界のプリンス”井上芳雄がデビュー20年で分かったこと

島田薫フリーアナウンサー/リポーター
「プリンスがあってよかった」と語る井上さん(撮影:すべて島田薫)

 ミュージカルの聖地とも言える帝国劇場で、大学生にして「エリザベート」で鮮烈デビューした井上芳雄さん。デビュー20周年を迎え、センターに立ち続ける“プリンス”が、1つの道を貫く厳しさ、コロナ禍でできること、家族への思いを語ってくれました。

ー遅ればせながらデビュー20周年おめでとうございます!

 あ〜!すみません。そんなこと言ってられない1年でしたから…。デビュー日が6月6日なので、今年の6月5日までは20周年だと言い張って、延期した20周年コンサートもやる予定なんです。今のところ。

ー20年を振り返ってみていかがですか?

 20年前から見ると、自分もミュージカル界も想像だにしない状況です。まず、自分が今も続けられていること。最初はミュージカルだけできればいいと思っていたら、「それだけやるには、こんなにいろんなことをしなければいけなかった」というのが分かった20年でした。

 ミュージカルだけやって、お客さんに来てもらうのはなかなか難しいことが分かって、映像の仕事とかラジオとか、いろいろやらせてもらいました。その中では、司会が一番向いてました。努力せずに褒められたのは、歌以来です(笑)。普段は何もしなくていいと言われると、本当に何もしないで「チーン」としてるんで。

 でも、やはり人を喜ばせたい、楽しんでもらいたいという市村正親さん的なサービス精神は僕にもあるので、とにかく楽しませたいという気持ちでやってます。

ー20年をグラフにするとどうなりますか?

 最初はロケットスタートでした(大学生でオーディションに合格し、「エリザベート」で鮮烈デビュー)。次々と新しい役をもらえて、ずっと高止まり状態。仕事がなくなることもなかったし、ケガも病気もない。誰も気付いていないけど、僕、20年間で1回も休んだことがないんですよ。

 外から見れば順風満帆と言われがちですけど、気持ちの上では20代はつらかったです。経験や実力が見合っていないと自分で分かってからは、お芝居が思うようにいかなくて。人様にお金を払って観てもらうだけの自分ではないと沈んでいました。

 30代半ばくらいから、結婚(2016年に知念里奈さんと結婚)して生活の変化があって、少し楽になりました。家族ができて、何のために頑張ってるのかがはっきりしましたから。

ー…で、何のためなんですか?

 家族と一緒の人生を保つ、守るためです。それまでは1人だったので、経済面でいえばそんなにお金が必要なわけでもないから、仕事の目的もお金じゃなかった。今は家族のために仕事をして、これだけの対価があって、たとえきつくてもしょうがないと思えるようになりました。「オムツ代のために」みたいなね。

 苦手な仕事は、結婚してからやるようになりましたよ。バラエティーとか最初の頃は断っていました。「階段をミュージカルっぽく降りてきてください」と言われるのも嫌で。でも、そんなことも言ってられないな、何でも頑張らんと…と思えるようになったんです。実際やってみたら全然嫌じゃないし、意外と楽しかった。別に何かを失うわけでもないと気付きました。

 結婚は俳優にとってリスクでもあるとは思うんです。ただ、自分のためだけに何かを頑張るのは限界があるというか。結果、自分の可能性も広げてもらって。それもありがたいことの1つです。何が功を奏するかは分からないと思います。

ー辞めたいと思ったことはありますか?

 「この作品を降りたい」と思ったことは、いっぱいあります。なんなら毎回思う。毎回稽古場に行くのが怖いし、それはずっとです。克服するには、毎日自分なりのテーマを持って、小さなことでも発見して、喜びを感じて乗り越えています。

ープリンスと呼ばれることはいかがですか?

 最初の頃は、「プリンスなんてやめてもらっていいですか」って感じでした。レッテルを貼られると、その後の役に影響するだろう、プリンスしかやらないわけじゃないのに…と思ってたんです。

 今は「プリンスがあってよかった」と思ってます(笑)。「ミュージカル界のプリンス、井上芳雄さんです!」と紹介されると、「プリンスやらせてもらってま〜す」と“つかみ”になる。本当にありがたいと思うようになりました。

ー今後、挑戦したい作品はありますか?

 昔は「オペラ座の怪人」とか、よく言ってました。「マイ・フェア・レディ」のヒギンズもいいなと思う。ほとんど歌わないんですけど。「レ・ミゼラブル」に出たいとは言い続けています。実は(主役の)ジャン・バルジャンがやりたい。もっと言えば、(敵役の)ジャベールも。両方やってきた先輩方もいますし、僕も両方やりたいです。

ー今のミュージカルブームについてどう感じますか?

 ありがたい。皆が頑張ってやったことです。山崎育三郎はすごく頑張って土壌をどんどん広げてくれている。ミュージカル俳優がドラマにも出るし、バラエティーにも出るというのが当たり前になってきたのは、すごいことだと思う。

 自分も一端を担ったとは思うけど、育三郎や浦井健治は近い世代なので、「負けないぞ」みたいなところはあります。「悔しい」と思うこともあるので、自分はどうするのか、何ができるのかを考えます。

ー今、ミュージカル俳優はどのくらいいるんですか?

 え〜?どうなんだろう?役名がもらえてコンスタントに出ている人でいうと、100人もいないでしょうね。ミュージカル俳優は、なるのも難しいけど、続けるのはもっと難しい。10年経つと顔ぶれがガラッと変わるんです。半分以上がいなくなるんですよ、特に30代。女性は結婚してお母さんになっていたり、男性は結婚してこれでは食べていけないと転職したり。もちろん、頑張ってやってらっしゃる人もたくさんいますけど、淘汰(とうた)されていく世界でもあるので、続けるのは大変です。

ーミュージカル俳優が存在するためには?

 教育じゃないですか。今、韓国がすごいですよね。エンタメ全般ですごい。韓国のミュージカル俳優にも知り合いはいっぱいいるけど、話を聞くと、皆、大学でしっかり学んでる。ミュージカル科のある大学がたくさんあって、就職先が足りないぐらいなんですって。ちょっと前までは日本のミュージカルの方が進んでいる感じだったんですけど、今は敵にもならない。

 日本の国立大学でミュージカル科はどこにもないです。自分も歌、踊り、演技は別々に学んできました。向こうの学校の見学に行ったら、ちゃんと歌って踊ってお芝居する授業があるんですよ。ドッキングされてるんです。

ーそんな中、また緊急事態宣言が出ました。

 必要性はもちろん感じているし、あった方がいいと思うけど、とにかくつらいです。バイトを始めた俳優がたくさんいます。ミュージシャンやスタッフは辞めた人もいます。

 (前回の)自粛中は家で家族と過ごしていましたけど、明けてからはすごく動きました。そんなに自分から交流を求めていくタイプではないんですが、今までになく、人と連絡を取りました。

 同業者や俳優仲間とのネットワークができて、基金を作ろうという動きもあったり、歌の企画に参加する話が出たり、情報交換、補償の有無から、自分たちには何ができるかという話まで、今までになく話し合いました。飲み会はできなくなったけど、本当に必要な話は前よりできています。

ー今できることは何ですか?

 去年の秋に、僕が「ミニミュージカルを作ったらおもしろいんじゃない?」って話をしたら、ずっと一緒にやってるピアニストや作家さんも乗ってくれて、オリジナルで新作を作って配信することになりました。

 当初は、延期になった20周年コンサートができる日まで、皆と一緒に楽しめることを考えようって軽い気持ちだったんです。そしたら100人くらいのスタッフが集まって、セットを作ったり、撮影してくれたり。そんな大掛かりなつもりじゃなかったと今でも思ってるんですけど(笑)、やるしかないからやりますけどね!

ーそのミュージカル「箱の中のオルゲル」は生配信ですね。

 よく考えたらアーカイブもあるし、生配信にする必要はないんじゃないかと。でも、ライブというか、“事件性”みたいなものが多少あったほうが共有してくれるんじゃないかと思って。ブラッシュアップして、次は劇場で…という展開があるといいんですけどね。

ー生涯ミュージカル俳優ですか?

 う〜ん、そうありたいなと思います。でも、帯のワイドショーのオファーが来たら、そっちにいっちゃうかもしれないですね。そんなことないか(笑)。帯のワイドショーに出たら、舞台は出られなくなりますよね。早朝だったら兼業できるかもしれないけど、体力が…。(乗り気の事務所スタッフを見て)いや、あくまでもミュージカルを続けるためにはどうしたらいいかっていうことを考えてるんです。

【インタビュー後記】

品のある人だと思います。どんな役をやっても品を失わない人。でも、もう1枚奥の顔はなかなか見せてくれません。写真撮影の時に楽しそうな笑顔だったのでそう伝えると、「『人のことを悪く言ってる時が一番いい顔してる』って言われます」とニヤリとしたり、インタビュー後半には「何か飲まなくて大丈夫ですか?」と、なぜか小声で聞いてくれたり。何度取材をさせてもらっても、その全貌はなかなか見えてこないのです。ただ今回は、プリンスから一国一城の主になったような頼もしさを感じました。「日々、考えてることは変わりますよ」とのことだったので、これからもマメに取材は続けていきたいと思います。

■井上芳雄(いのうえ・よしお)

1979年7月6日生まれ。福岡県出身。東京藝術大学音楽学部声楽科卒業。大学在学中の2000年に「エリザベート」の皇太子ルドルフ役でデビュー。ミュージカルを中心に舞台で活躍しながら、テレビ・ラジオ・コンサートと幅広く活動。2016年に歌手で女優の知念里奈と結婚し、2児の父親。昨年12月にデビュー20周年記念著書「夢をかける」を発売。オリジナル配信ミュージカル「箱の中のオルゲル」は1月17日午後7時から生配信(1/31までアーカイブあり)。

フリーアナウンサー/リポーター

東京都出身。渋谷でエンタメに囲まれて育つ。大学卒業後、舞台芸術学院でミュージカルを学び、ジャズバレエ団、声優事務所の研究生などを経て情報番組のリポーターを始める。事件から芸能まで、走り続けて四半世紀以上。国内だけでなく、NYのブロードウェイや北朝鮮の芸能学校まで幅広く取材。TBS「モーニングEye」、テレビ朝日「スーパーモーニング」「ワイド!スクランブル」で専属リポーターを務めた後、現在はABC「newsおかえり」、中京テレビ「キャッチ!」などの番組で芸能情報を伝えている。

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