2020年は中止、2021年は無観客開催となっていた男子新体操団体選手権は、今年、3年ぶりの有観客開催となった。昨年、人気となったアニメ「バクテン!」の影響もあり、男子側観客席はほぼ満席というかつてない盛り上がりの中、小学4年生~高校3年生による14チームによって競われた今大会で鹿児島実業高校が初優勝を果たした。

鹿児島実業高校といえば、男子新体操を知らない人でも聞いたことのある名前だと思う。この20年近く、アニソンや歌謡曲など普通、男子新体操では使わないようなユニークな選曲とコミカルな振り付けで、ある意味、男子新体操でもっとも知名度の高い人気チーム。それが鹿児島実業高校だ。

インターハイでは毎年、そのコミカル演技で会場を沸かせる鹿実だが、競技成績はいつも下から数えたほうが早い順位が定位置になっている。コミカル演技ゆえに減点にあたる部分があることは否めないが、近年の鹿実は実力もかなり上がってきていたにもかかわらず、点数は常に抑えられていた。

その鹿児島実業が、今回はなぜ優勝というサプライズを起こすことができたのか、以下の動画を見てもらえば理解できると思う。

そう。

今回、鹿実は「笑いを封印し真面目な演技をした」のだ。

そして、その演技はじつに精度が高く、引きどころがなかった。

その結果が優勝、だったのだ。

念のため、例年の鹿児島実業の演技がどんなものか。知らない人にはぜひこちらも見てほしい。

これは、昨年の11月のイベントで披露された演技だが、このときのメンバーのうちの3人は今年の優勝メンバーにも入っている。「名探偵コナン」の衣装をつけ、スケートボードにのっていても、実力はあったのだ。

多くの人からは「なぜ急に強くなったのか?」と思われそうだが、じつは急に強くなったわけではない。鹿実は、2013年あたりから「じつは強い」年が多かったのだ。もちろん、その年のメンバーにもよって浮き沈みはあるが、ジュニア時代からの経験者が多く、「このメンバーならまじめにやればかなり勝負できるんじゃないか」という年も少なくなかったのだ。

それでも、樋口靖久監督は、「うちの使命は観客を笑顔にすること」と譲らず、唯一無二のコミカル路線を貫いてきた。

が、2020年1月。

樋口監督は初めて「今年の九州大会はまじめな演技でいくかもしれない」と言った。九州は男子新体操の強豪校が多く、インターハイ出場権を得るための予選となる九州大会をコミカル演技で勝ち抜くことは難しくなってきたという判断だった。

手始めに2020年3月に予定されていた高校選抜でまじめな演技を披露する予定だと聞いていたが、このときの高校選抜は新型コロナ感染拡大のため中止になった。

さらにその1年後の高校選抜で、今度こそまじめな演技を披露しようと練習を重ね、仕上がりも上々となっていたところ、大会直前にメンバーの一人が骨折。急遽、前年やっていた「ドラゴンボール」で高校選抜には出場した。

全国大会でのまじめ演技披露は2度流れてしまったが、昨年の鹿児島県インターハイ予選、九州大会ではついにまじめな演技を大会で披露し、高い評価も受けた。が、インターハイではきっちり笑いをとりにいった。そのときの演技が、「名探偵コナン」だったのだ。

そんな鹿実が、ついに今年は、まじめ演技で男子新体操団体選手権に出場してきた。狙いは、11月に行われる全日本選手権への出場権獲得だ。今大会の上位3チームには出場権が与えられるが、3月の高校選抜時点で、上位常連校がかなり苦しんでいることがわかっていた。強豪校は8月のインターハイまでには力を上げてくることは想定内だが、5月の団体選手権時点ではまだ仕上げきれていない可能性がある。対する鹿実は、九州大会突破のための演技が十分に仕上がっていた。

「史上最強の鹿実」の呼び声も高い現在のメンバーで勝負を懸けるならここ!

そう判断したのだと思う。

それでも本番で思わぬミスが出るのが新体操であり、団体競技だ。

まじめ演技を選択したからといってうまくいく保証はなかった。

しかし、彼らはその選択を悔いのないものにするために、本番で最大限の力を出し切った。

この勝負強さにはおそれいったが、そういえば彼らは「カジツ」だった。

この2年間は機会が激減していたとはいえ、人前で演技披露する機会が多く、そこで観客に満足してもらうための練習は他の強豪校に負けないくらいやってきたのがこのチームだ。しかも、この2年間は新型コロナのため演技会などのイベントが減り、基礎練習に割ける時間が飛躍的に増えたという。現在のメンバーはジュニアからの経験者が多いが、高校から始めた選手でも、3年間で飛躍的に力をつける。そんな練習を積んできていたのだ。

テレビ番組などで取り上げられるのは、監督の前で選手たちが「ネタ出し」をするといったコミカルな鹿実らしい風景だったりするが、じつはその練習ぶりは普通にキツイ。いやここ数年は見るたびに強豪校並みにハードな練習をこなしてきていた。(2021年に公開された日本ビデオアルバム協会の「新体操NAVI」でその練習ぶりを見ることができる)

その成果が存分に発揮されたのが、今回の初優勝だった。

あっぱれ! というしかない。

もともと鹿児島実業高校は、男子新体操の強豪だった。

しかし、部員不足などで上位をうかがうことが難しくなり、ときには団体が組めない時期もあり、廃部の危機もあったと聞く。

そこから、全国屈指の部員数を誇るまでに人気を回復し、人数が多くなれば部内での切磋琢磨が起き、選手たちの力も底上げされるというじつに健全な復興を遂げたのが鹿児島実業だ。10数年にわたる地道な努力と工夫があったからこその初優勝は、多くのチームにとって希望となるに違いない。

<写真提供:Gymlove>撮影:清水綾子