東京五輪1日目。

「団体金メダル」が期待される体操競技男子では予選が行われた。

この予選競技は、団体決勝、個人総合決勝の予選を兼ねており、同時に、種目別で出場している選手たちにとっての予選でもあった。

日本から種目別で出場していたのは、内村航平(鉄棒)と亀山耕平(あん馬)だった。

内村選手のまさかの予選落ちについては、すでに多くのメディアが伝えているので割愛するが、亀山選手は、まさに「会心」と言える1本を通し切り、15.266をマーク。種目別決勝への進出を決めた。

亀山耕平。

この選手には、かなり思い入れがある。

それだけに、この東京五輪の舞台に彼が上がれただけでも、かなり感無量だった。

そして、試技の直前に彼が見せた、すべてのものが吹っ切れたような表情に、なにか「今日はいけるのでは」という予感はあった。

この日、テレビで解説をしていた米田功氏(亀山が所属する徳洲会体操クラブ監督)は、彼のことを指して「1つ成功したら2つ失敗するような」と表現していたが、たしかに私が亀山選手の存在を意識し始めた2013年からの8年間だけを見ていてもそうだった。

だから、その「いい予感」も、あっさり裏切られることもあり得る、とは覚悟のうえで、彼がやっと手に入れた「五輪での時間」を楽しもうと思った。

2013年。

ほとんど新体操の記事ばかり書いていた私が、当時、運営していたブログ「新体操研究所」に珍しく、体操の記事を書いた。それが以下の記事だ。

●2013年7月1日「新体操研究所」の記事

気になる選手「亀山耕平(徳洲会体操クラブ)」

この2日間、全日本体操種目別選手権にどっぷり浸っていたので、今日は、ちょっと体操選手の話題を。

今回の大会で、今年9月30日から開かれる世界選手権の代表選手が決定したわけだが、男子6名の中に、今回が初めての世界選手権出場という選手が2人いた。

1人は、弱冠16歳! 日本男子の世界選手権代表選手としては史上初の高校生! 白井健三(岸根高校)だ。「これを超えたら世界でもトップを狙える」という超難関の派遣標準得点を、ただ一人突破した、ゆかのスーパースペシャリスト。彼の演技は、たしかにすごかった。

はじめから会場がどよめいた。ゆかのラストはまさかの4回ひねり!!! 内村航平をもってして、「見ていて気持ち悪い」と言わせるまでの高速ひねりで、着地までぴたりと決めた演技は、圧巻だった。

最年少代表らしく会見での受け答えも初々しく、かつ堂々としていて、じつに楽しみな選手だ。

そして。もう1人。

今回、初の代表入りを果たしたのが、亀山耕平選手だ。

亀山選手は、田中和仁と同じ徳洲会体操クラブ所属の24歳。

内村航平や山室光史と同じ年だ。

2009年の全日本種目別選手権で、あん馬では優勝したこともある、あん馬のスペシャリストである。

とは言え、体操取材歴は、新体操よりずっと浅い私は、申し訳ないが、先日のNHK杯までこの選手のことを知らなかった。

なにしろ体操は、ほとんどの大会が、全種目同時進行なので、有力選手が集まる1班中心に見ていると、それ以外の班の選手までカバーするのはとても難しいのだ。

亀山選手は、6種目で競う個人総合では、1班に入れるような成績ではなかったらしく、今まで私が見てきた試合では、おそらく1班にはいなかったように思う。

ところが、NHK杯の公式練習を見ているとき、

たまたま記者席があん馬の一番近くにあったため、なんとなくあん馬の練習を見ていると、ひとり、バレエダンサーのようにとがったつま先の選手が目についた。

あん馬は、6種目の中でもっとも足の美しさが目立つ(当然、汚さも目立つ)種目で、新体操観戦歴の長い私は、けっこう好きな種目なのだが、そのあん馬で、圧倒的に美しい足先、脚のラインをもっていた選手が、この亀山選手だったのだ。

2013年NHK杯での亀山選手。つり輪の写真はレア!
2013年NHK杯での亀山選手。つり輪の写真はレア!

NHK杯でも、亀山選手は1班ではなく、4班だったため、彼の演技を見落とさないようにするのはなかなか難儀ではあったが、なんとかほとんどの種目を追うことができた。足先の美しさを見せることのできるつり輪、平行棒などもなかなか美しい演技をしていたし、ゆかでも、倒立の美しさにはほれぼれした。

それでも、やはりあん馬の美しさは、圧倒的なものがあり、たしかNHK杯1日目ではトップの成績だった。

その亀山選手が、今回の種目別選手権で、あん馬だけに出場していた。あん馬での優勝と、派遣標準得点突破での代表入りと同時に、ポイント制で選出される可能性にも懸けての出場だった。

「代表入り」を懸けた渾身のあん馬は、終盤まで本当にすばらしい演技だったが、おり技に入る直前で、体が器具にふれてしまい落下。14.200で7位に終わってしまった。

これで代表入りはなくなったかな・・・と思っていたのだが、派遣標準得点をクリアした選手が1人しか出なかったため、残り3名が全日本選手権、NHK杯の種目別ポイントによる選出となり、亀山選手はそれで選出されたのだ。本来なら、あん馬での優勝と、派遣基準得点突破で代表を勝ち得たかったのではないかとは思うが、初めての代表入りは、うれしかったに違いない。

今回、亀山選手について少し調べてみたところ、出身は宮城県。

高校は埼玉栄高校だが、大学は地元の仙台大学だ。

徳洲会のHPのプロフィール欄の、「代表経験」を書く欄には、「これから入ります」と書いてある。きっと、そういう経過をたどってきた選手なんだろうと思う。

24歳。

同じ年齢で、内村航平は、「世界の内村」になっている。

新体操の世界に置き換えれば、大舌恭平や北村将嗣と同じ年だが、彼らはすでに新体操からは退いて、次の世界で活躍している。

2014年全日本種目別選手権での亀山選手
2014年全日本種目別選手権での亀山選手

しかし、亀山耕平は、「これから」なんだ。

自分でそう信じているんだ。

いや、少なくとも信じようとしているんだ。

もとはといえば、「つま先に惚れた」選手だ。

今までの実績も人柄もほとんど知らない。

だけど、あのつま先が、彼の「あきらない気持ち」を、代弁していたようにも思う。だから、あんなにも輝いて見えたのだ。

新体操では、24歳なら引退している人が多いが、

体操競技ではまだまだ、なんだ。

そう思わせてくれたという意味でも、亀山選手には感謝したい。

これからも、少しでも長く、あの美しいあん馬の演技を、

あの美しい倒立を見せてほしいと願わずにはいられない。

そして、初めての世界選手権を心から楽しんで、

のびやかに美しく、演じてきてほしいと思う。

2014年種目別選手権での亀山選手
2014年種目別選手権での亀山選手

この記事を書いたのが8年前。

そして、亀山選手はこのとき初出場した世界選手権でなんと金メダルを獲得。

あん馬の世界チャンピオンになった。

2016年のリオ五輪には、貢献度枠での選出もあるか?

と思われたが、なにしろあん馬はデリケートな種目で、なかなかコンスタントに結果を出すことができなかった。

そして、2016年6月の全日本種目別選手権では、限りなく完璧に近い演技をしながら、リオ五輪代表には選手されず。

おそらくこれで引退なんだろうな、と思わせる発言もあった。

そのときに書いたのが以下の記事だ。

※2016年6月、リオ五輪代表を逃した全日本種目別選手権での亀山耕平の記事。

しかし、米田監督から「もったいないやろ」と、慰留され亀山選手は、現役を続行。

今回もコロナ禍によって2年にも渡った種目別代表選考レースを最後の最後に勝ち抜き、東京五輪出場を果たしたのだった。

「出ているだけで十分」

そう思いながら、見ていた亀山選手のあん馬だが、この日はいちだんと美しさが際立っていた。この選手の存在を初めて意識したときから目についてたまらなかった「つま先の美しさ」はもちろんだが、男子選手としては稀有なほどにすべてが柔らかく、しなやかなだった。

ミスなく演技を通しきって、彼は、両方の拳をぐっと握り、目を閉じた。

「この瞬間のために生きてきた」

そんな風に感じているのではないかと思った。

そう感じていてくれたらいいなと思った。

もちろん、まだ決勝がある。

しかし、そこにはまた新たな気持ちで向かえばよい。

今はとにかく、求め続けてきた五輪という舞台で会心演技ができたという、その達成感に浸ってほしいと思った。

種目別決勝「あん馬」は、8月1日に行われる。

亀山耕平は、さらにのびやかに、さらに研ぎ澄まされた演技を、見せてくれるに違いない。

<写真提供:末永裕樹>