【男子新体操】体育館が被災、部員の半数が自宅も被災した芦北高校(熊本県)男子新体操部の再出発

予選演技撮影を終えての集合写真

2020年8月12日。

芦北高校男子新体操部は、男子新体操オンライン選手権に出場するための演技動画の撮影を行った。

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7月4日の豪雨で芦北高校は被災。

新体操部が練習していた体育館も床上浸水し、フロアマットはダメになった。

新型コロナの影響による緊急事態宣言を受けての休校中はもちろん部活はできなかった。

休校が明けたのが6月1日。

やっと練習も再開でき、9月に行われる新体操フェスタ岐阜への出場を目標に、今年のチームで始動したばかりだった。6月23日の練習を最後に、ちょうど定期考査のための部活休みに入っていた期間に起きた災害で、芦北高校新体操部はフロアマットも手具も失った。

さらに、そこから2週間は再び休校に。8月1日には熊本県学年別大会(代替大会)も予定されていたが、その出場もなくなった。

すでにインターハイの中止が決まり、2人だけの3年生は引退し、現在の部員は団体が組めるギリギリの6人になっていた。その6人のうち3人は自宅も被災。休校期間は、水と泥に蹂躙された自宅のかたづけに追われた。体力のある男子高校生でも炎天下での泥出し作業は堪える。それでも「やるしかない」状況だった。

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例年よりもずっと早い3年生の引退を受け、新キャプテンを任された岩永京大は、芦北で明治時代から続いている老舗醤油店の息子だ。4人兄弟のうち3人が男子新体操をやっているという新体操一家の末っ子で兄たちの影響で小学生のころから芦北ジュニアで練習に励んできた。

ジュニア時代には、JKA芦北ジュニア新体操クラブの団体メンバーとして全日本ジュニアにも出場し、全国トップレベルのジュニア達と競い合った。現在はチームメイトの森園滉己は、ジュニア時代は鹿児島県のクラブ所属で、全日本ジュニアには一緒に出場していた仲だ。個人選手としてもジュニア時代から頭角を現しつつあった森園が入り、岩永の他にも芦北ジュニアから2人、昨年は全日本ジュニア団体3位と勢いのある水俣ジュニアからも2人と、部員は6人しかいないものの、経験豊富なメンバーが揃った今年の芦北高校は、インターハイが開催されれば、上位グループに割って入る可能性も秘めているチームになりつつあった。

しかし。

インターハイは中止。さらに水害が追い打ちをかけた。

「飛躍の年」になるかもしれなかった2020年、芦北高校は練習場所にも事欠く事態に陥ってしまった。

水害後の初練習は7月23日だった。

最初の週は、水俣高校の体育館を借りて練習させてもらった日もあったが、たいていは学校内の外や校内のホールで、動きを合わせる練習をするのがやっとだった。

男子新体操オンライン選手権のエントリー締め切りは、7月31日。

予選用のビデオ提出締め切りは8月16日。その日までに団体演技の動画撮影をできるようになるとはとうてい思えない状況で、牛迫監督の胸中は複雑だった。

「選手うち3人は、自宅も被災している。オンライン選手権に出場しないか、と声をかけるのも憚られる雰囲気だった。」

それでも、いざ選手に打診してみると、選手には迷いがなかった。

「出ます! 出たいです。」

9月の新体操フェスタへの団体での出場はすでに断念していた。だからこそ、オンライン選手権には! と選手たちの出場への思いは強く、監督は背中を押される格好になった。

2週目になり、校舎3階にある総合学習室を練習に使わせてもらえるようになった。フロアマットの下に敷くスポンジマットを敷き詰め、わずかではあるが足への衝撃を抑えられる環境もできた。

それでも、競技で得点を稼ぐためには必要なタンブリングは、まともにやれる環境ではない。

本来の演技内容よりもかなり難度を落とす必要があり、2日間で演技を作り変えた。

「できる技の難度には限界がある中で、少しでも見映えのいい作品になるように、と考えた。」

8月12日に予選用のビデオ撮影をすることを決め、10日には水俣高校の体育館を間借りし、フロアマットでの練習も行い、「今できる最大限の演技」を追求した。

そして、この日。

8月12日 午前10時50分。

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芦北高校3階の総合学習室で、芦北高校は本番演技を迎えた。

同校の教員3名が彼らの演技を見ようと駆けつけていたが、観客はそれだけ。

保護者さえもいない。応援のコールもない。

それでも。

演技前に一列に並んだ彼らの表情には良い緊張感が漲っていた。

演技の前に岩永キャプテンが、カメラを見据えて「たくさんの励ましに感謝しています。今できる精一杯の演技をします。」とコメント。

撮影を任されたマネージャーからも選手さながらの緊張が伝わってくる中で演技はスタートした。

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ノーミス、ではなかった。

本来の彼らの実力が100%出せた演技ではないとは思う。

それでも、3バックも入っていたし、宙返りでのひねりを見せた選手もいた。

採点してしまえば、高い得点は望めない演技だったかもしれないが、多くのものが伝わってくる演技だった。まさに「この環境でできる精一杯の演技」を見せてくれた。

選手たちは高校1~2年生だ。ここが終わりではない!

ここが彼らの再出発の第一歩なのだ。そんな覚悟がにじみ出ていた。

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撮影を担当したマネージャーも、「撮影していても、すごく緊張しました。一発で決めるという、みんなの気持ちが伝わってきました。」と言った。

撮影しながら泣けたんじゃない? と聞くと、

「泣いたら、うまく撮れないので。」という答えが返ってきた。彼女もまた「今できる精一杯」をこの3分間にぶつけたのだった。

演技を終えた選手たちは、口々に

「大会で演技するのと同じように緊張した」

「カメラの向こうに自分たちの演技を観てくれる人がいることを意識できた」

「練習で通しを撮影するときの緊張感とは全然違った」と声を弾ませた。

ことによっては、本当に「何もなかった夏」になるところだった。

それを思えば、オンライン選手権出場を決めてからのこの2週間。十分な時間も環境もなかったかもしれないが、きっと彼らは熱くなることができたのだ。

そして、この日、完全燃焼、とまではいかなかったかもしれないが、「2020夏」の彼らなりの痕跡を残すことができたのだ。

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牛迫監督は、「6人が並んだ姿を見たときに、彼らがそこに立てたことへの感謝の気持ちを持っていること、このつらい経験を乗り越える覚悟を持っていることが感じられた。」と、万感迫る表情だった。

オンライン選手権の決勝は、9月13日。ビデオ審査ではなく全国を中継で繋いで、リアルタイム配信で行われる。

予選参加23校中20位までが出場できる。タンブリングの難度を落とした芦北高校の演技で決勝に残れるかどうかはわからない。

しかし、この日の演技で彼らのオンライン選手権が終了となってしまったとしても、それは間違いなく再生への大きな一歩になる。

※男子新体操オンライン選手権公式サイト(エントリーチーム、近日公開!)

<写真撮影:筆者>