【新体操】東京五輪を目前に引退を決めた名選手たち。なぜ、今、舞台を去るのか?

テレビ信州杯でのエキシビション後ハイタッチ攻めにあう河崎羽珠愛

東京五輪を前に引退 「97年組」の決断

 東京五輪に向けて、新体操が勢いづいている。「メダル期待の種目」としてマスメディアに取り上げられることも多く、前回の2016年リオ、その前の12年ロンドンの五輪とは事前の扱いがまったく違う。リオ五輪では団体総合8位だったが、その後も継続してきた強化が実り、19年9月の世界選手権で団体総合銀メダル、さらに種目別「ボール×5」では初の金メダルを獲得した。

 団体だけではない。北京、ロンドンでは五輪の出場枠を逃していた個人競技も、リオ五輪に続き東京五輪も「1」枠をすでに勝ち取っている。特別強化選手の3人(皆川夏穂・喜田純鈴・大岩千未来)の誰が東京五輪の日本代表になるのかにも注目が集まっている。

 その一方で、高校~大学の7年間、日本の新体操を牽引してきた名選手たちが引退を決めた。

 彼女たちはなぜこのタイミングで現役引退を決めたのか。大学4年生の4人それぞれの思いを聞いてみた。

Case1●河崎羽珠愛(イオン/早稲田大学)

5歳のとき、イオン新体操スクールで新体操を始め、高1でユースチャンピオンシップ優勝、高2で全日本選手権初優勝。その後3連覇を果たす。2015年には世界選手権出場。2019年10月の全日本選手権5位。
5歳のとき、イオン新体操スクールで新体操を始め、高1でユースチャンピオンシップ優勝、高2で全日本選手権初優勝。その後3連覇を果たす。2015年には世界選手権出場。2019年10月の全日本選手権5位。

 

「東京五輪には自分が目指せる枠はない」と感じていた

 河崎羽珠愛(22)は、高校2年生から全日本選手権で個人総合を3連覇している。それほどの選手が、東京五輪を目前にして引退することへの迷いはなかったのだろうか。

 「膝の怪我がなければ、もう少し続けたかもしれません。でも、五輪は、そもそも自分がめざせる枠があるのか? と感じていました」

 2019年10月の全日本選手権は「五輪代表選考の一次予選」になっていた。それを河崎は5位通過。さらに、特別強化選手だけでも3人いる。一次予選を通過したところで、その先、代表決定の土俵に上がれるチャンスはないだろうと、彼女は悟っていたのだ。

2019年10月、最後の全日本選手権でのリボンの演技
2019年10月、最後の全日本選手権でのリボンの演技

「自分のペースで成長しよう」と基礎練習に明け暮れたジュニア時代

 現在、東京五輪の日本代表に一番近いところにいる特別強化選手の皆川夏穂(イオン/国士舘大学)とは、新体操を始めたときからずっと同じクラブの同期だった。1学年上には、リオ五輪のとき皆川と代表の座を争った早川さくらもいた。

 「ジュニアのころは、2人とは大きな差があると感じていました。私は中2でやっと全日本ジュニアに出ることができましたが、夏穂ちゃんは中2で優勝、中3で連覇でしたから」

 嫌になることはなかったのか、と聞いてみると、

 「ありました」と正直な答えが返ってきた。

「でも、やめたいと思うことはあっても、新体操をやっていない自分が考えられなくて。なので、自分のペースでいいから頑張ろうと考えるようになったんです。人と比べるのではなく、自分なりに成長していこうと」

 同じクラブに皆川、早川という有望選手がいたため、黙々と一人で練習するしかないーーそんな時期も長かった。

 「もともと器用ではないので、基礎にこだわって練習していました。基礎がしっかりできていないと、難しいことができるようにはならないと思っていたので。おかげで“手具操作が器用”と言われることも多かったのです。でも、先生(故・岡久留実)から初めて“器用ね”と言ってもらえたのは高校生になってからでした」

2014年、高校2年の河崎羽珠愛
2014年、高校2年の河崎羽珠愛

ユース初優勝から、全日本チャンピオン、日本代表へと駆け上った高校時代

 高校生になる直前に大きな転機が訪れた。皆川と早川が特別強化選手としてロシアでの長期合宿に入ると、それまで地道に積み上げてきた努力が一気に花開いていく。

 2013年、高校1年で挑んだ全日本ユースチャンピオンシップでいきなりの初優勝。

 それまではずっと皆川、早川の陰に隠れ「一番」には縁のなかった選手が、一度「勝ち」を味わうことで得たものは大きかった。この年の全日本選手権では個人総合3位まで駆け上った。

 高校2年のシーズン。河崎は、4種目(フープ、ボール、クラブ、リボン)すべて作品を変えた。フィギュアの有名選手が使っていた「鐘」や「道」など。曲を聴いただけでその世界観が浮かぶような、ドラマチックな曲に挑戦したのだ。

 「岡先生が選曲してくださいました。あのころの自分に欠けていた表現力を伸ばすための作品だったと思います。フィギュアの動画もたくさん見て、表現の勉強をさせてもらいました」

 この年、ユースチャンピオンシップを連覇。その勢いのまま、全日本選手権も初優勝する。高校3年になると、2015年4月の代表決定競技会で皆川を上回る2位に入り、世界選手権に早川、皆川とともに出場した。

 「世界選手権に出ることが決まってから、それまでにない練習量をこなして、世界選手権本番でもミスなくやれたこと。そして、世界の舞台で自分の演技を見てもらえたということは、自信になりました。夏穂ちゃん、さくらちゃんと一緒に試合に出るという夢も叶いました」

 さらにこの年の全日本選手権では連覇達成。まさに快進撃の高校3年間だった。しかしその裏で、世界選手権前の猛練習の際に傷めた右膝が、治りきれずにいた。

2016年、3連覇を達成した全日本選手権での演技
2016年、3連覇を達成した全日本選手権での演技

故障、ミス・・・苦しみながら「自分の新体操」を追求した大学時代

 2016年、早稲田大学に入学する。しかし、1年生の間はずっと膝の痛みに悩まされた。それでも全日本選手権では3連覇を果たし、意地を見せた。

 「大学2年になって、膝の痛みはとれてきましたが、試合では、まさかというようなミスが出るようになりました。痛みを抱えたままやってきた間に感覚が狂っていたのか、練習ではベストと思える演技もできていたのに、どうしても試合にピークを合わせることができなくなっていました」

 しかし、一方で、かつては苦手意識をもっていた表現にはこだわりが出てきた。

 「ずっと岡先生から言われていた“フロアでは自分が主役”“私は女優!”という感じで演技することが、やっとわかってきて、演じる楽しさを感じることができるようになってきました」

 2017年の全日本選手権では、個人総合3位。2018年になると、ルール改正によりD得点の上限がなくなった。

 「Dの上限がなくなったときに、追いつけなくなったと感じました。膝に古傷もあり、より高難度の演技にしていくのはかなり厳しいと思ったのです。

 もちろん、競技を続ける以上は頂点を目指しますが、そこにこだわり過ぎないようにしようと思うようになりました。少しでも点数を上げるために、予定していた技を全部やらなければ、と考えすぎると体がうまく動かないこともわかってきていたので、結果ばかり求めるのではなく、その時のベストを出していくこと、を求めるようになっていきました」

 勝負を諦めたわけではない。ただ、何かが変わった。

 そして、そのころから観客の変化を実感できるようになった。

2020年1月、テレビ信州杯でのエキシビションでも、ミステリアスな演技で、観客を魅了した。
2020年1月、テレビ信州杯でのエキシビションでも、ミステリアスな演技で、観客を魅了した。

「自分にとってのゴール」を目指して走り続けた17年

 「大学3年ころから、試合の時に、一人じゃないんだ、と感じられるようになりました。演技を見てくれた人達から“すてきだった”“よかったよ”と声をかけてもらうことが増えてきたんです。クラブの先生方や仲間はもちろんいますが、基本的にはずっと自分は一人だと思っていたので、そういう言葉が本当に嬉しくて。

 投げ出さず新体操を続けてきたからこそ、自分の良さもわかってきたし、新体操の面白さもわかった気がしています。ジュニアまででやめていたら、こんなに新体操を好きになれなかったと思います。」

 17年間の新体操人生の中では、ひどく落ち込むこともあった。でもそんなときは、「ここがゴールではない」と思い、気持ちを切り替えてきた。彼女が目指していたゴールとはなんだったのか。

 「勝つことばかりを目指していたら、自分らしさがなくなってしまう。自分らしい、自分にしかできない演技をして、見ている人たちに楽しんでもらう。それが自分にとってはゴール、だと考えるようになりました」

 引退を決めたのは、昨年4月のアジア選手権の代表選考会。フープとクラブでのミスが響き8位に終わり代表の座を逃した、その後だったという。

 引退を決めてからの半年間は、「自分の目指すゴール」に向かって、走ってきた。だからだろう。2019年に河崎が見せた演技は、どれもしっかり印象に残り、観客を味方につける魅力をもっていた。そして、最後の試合となった10月の全日本選手権では、心から楽しんで演技していることが伝わってきた。

 「とくにクラブのときの会場の盛り上がりは、忘れられません。本当にここまでやってきてよかったと感じながら踊ることができました。自分を出し切れた、悔いはない、と思えた全日本でした」

 清清しい笑顔で、彼女はそう言った。

「観客に後押しされている、と実感できた」最後の全日本でのクラブの演技
「観客に後押しされている、と実感できた」最後の全日本でのクラブの演技

 17年間、同じクラブの同期だった皆川夏穂は、どんな存在だったのだろうか。

 「夏穂ちゃんは、目標になる存在で励みになっていました。小さいころから一緒にやってきていたので、自分の気持ちを吐き出せる相手でもあって、支えてもらった部分も大きいです。私は、あまり感情を表に出せなくて、溜め込んでしまう性格なので、一人だったらずっと前に自滅していました。夏穂ちゃんがいてくれたから、自分も頑張ってこれたと思います」

 大学卒業後も、おそらく新体操には関わり続けることになると言う河崎。

 東京五輪に皆川が出場するとしたら、一番身近で、一番熱く、支え、応援することになるに違いない。

                                           

<写真提供:清水綾子/末永裕樹>

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