【新体操】2019JAPANを締めくくるエキシビションで藤岡里沙乃と大岩千未来に注がれた喝采の意味

左:藤岡里沙乃 右:大岩千未来 のエキシビション演技は会場中から大喝采を浴びた

新体操では、10月に行われる「全日本新体操選手権」がシーズンを締めくくる大会となる。

もちろん、現役を続行する選手にとっては、次のシーズンでよりよいスタートを切るための大会でもあるが、今シーズン限りで競技生活を終えようとしている選手たちにとっては、まさに「ラストステージ」。

今年はとくに、そういう選手たちが多く、大会最終日の10月20日の千葉ポートアリーナは、「JAPAN(=全日本選手権の通称)最終日」ならではの独特な雰囲気に満ちていた。

個人総合種目別決勝で、おそらくこれが現役最後だろうという演技を終えた選手に対する、温かく長く大きな拍手。そして、仲間たちからかけらえる「おつかれさまー!」の声。

毎年同じ光景を見ているのだが、いつ見ても、胸が熱くなる。

今年は人数も多く、長く一線で活躍してきた選手が多かったので、なおさらだった。

この大会がいつまでも終わらなければいい、そんな思いを抱かずにはいられなかった。

そして、競技がすべて終了した表彰式前の時間を使って行われたエキシビションが、また感慨深いものだった。

最初に演技をしたのは、今大会での現役引退を表明していた藤岡里沙乃(ラヴィール/東京女子体育大学OG)。

競技ではおだんごにまとめていた髪を下ろし、ときには彼女を絶望の底に突き落としてきた手具から解放されて、まさに解き放たれたように自由に、のびやかに彼女は舞った。

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手具という、あえて動きを不自由にする枷を持ち、さらに近年はどんどん手具操作の高度化が求められる中で、高得点を狙うためには、表現する余地がどんどんなくなっていく、そんな新体操の世界にあって、最後まで「表現すること」をあきらめず、手放さず彼女が戦ってきたことを、そこにいるみんなが知っていたのだと思う。

自由になって、フロアの中で踊る彼女を、みんなきっと幸せな気持ちで見ていた。

もう新体操選手としての藤岡里沙乃を見ることができないという喪失感はあったが、それでも、こうして観客を釘付けにできる、素晴らしい踊り手が、新体操から旅立っていくのだから。

彼女の踊りが素晴らしければ素晴らしいほど、そんな彼女を育てたのは、紛れもなく「新体操」という競技なのだということを、新体操関係者は誇りに思えるはずだ。

新体操の世界では、大ベテランと言われる24歳だが、まだ十分に若い。

この先もきっとどこかで、競技を離れてさらに洗練された彼女の踊りを見る機会はあるに違いない。

そう思わせる演技を、最後の最後まで藤岡里沙乃は見せてくれた。

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どんどん技を詰め込み、表現が犠牲になるようなルールになっても、それでもわずかばかりの隙をぬって表現もあきらめたくない、と多くの新体操選手や指導者が思うのは、こういう選手がいるからだ。海外にもその範になる選手はいるが、日本にもいるということが、どれほど多くの後進たちの希望になっていたことか。

ルールがテクニカルに振れれば振れるほど、藤岡里沙乃の存在は際立ち、貢献してきた。

苦しかった時期もあると思う。それでもよく新体操から離れずに、そこにとどまり続けてくれたことには、感謝しかない。

だからこそ、この日、この場に居合わせた観客は、出来る限りの拍手喝采で彼女を送り出したかったのだ。

そして、エキシビションの最後を締めたのは、先日の世界選手権に日本代表選手として出場し、種目によっては皆川夏穂をも上回る得点をマーク。伸び盛りの日本期待の星・大岩千未来(イオン)の演技だった。

世界選手権と同じ、クラブの演技は、日本ではビールのCMで有名な「Volare」。イタリア語で「飛ぶ」を意味する言葉で、夢の中で大空を飛んだときの爽快な気分を歌っている曲だそうだ。

このウキウキする曲にのせて、大岩は、今までに見せたことのないような笑顔でフロアで躍動した。会場からは、自然に手拍子が起き、演技が終わるまでそれは途切れることがなかった。演技をしている大岩も、そのあまりにも会場全体が後押しするような雰囲気に、笑顔にならずにはいられなかったように見えた。演技用の作り笑顔ではない、きっとこの日のこの90秒間は、彼女の今までの新体操人生の中で、もっとも幸せな90秒ではなかったか。

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大岩千未来は、素晴らしい素質をもった選手だ。

線の美しさや身体能力の高さは、近年の日本のトップ選手たちの中でもナンバーワンと言ってもいい程で、そこは海外でも高く評価されている。

しかし、はじめから順風満帆だったわけではない。小学生のときには、クラブチャイルド選手権で入賞したりしていたころから、素質では突出した存在だったが、それが開花するまでには紆余曲折があった。ジュニア時代、強化選手に選ばれてからも、コントロールシリーズでの演技がボロボロだったり、演技中あまりにも無表情だったり、「本当にこの才能が開花する日は来るのか?」と案じられたこともあった。

それでも、この大器をつぶさぬように、日本の新体操界は、有形無形の協力体制をとってきた。

さらにさかのぼれば、団体の代表が選抜制(フェアリージャパン)になったときからずっと。

それまでは、各所属の手柄争いにもなっていた「日本代表」を、本当の意味で「世界に通じる選手を」という一点では、協力し合ってきた。もちろん、そうとは言い切れない面も残ってはいるだろうが、10年前、20年前とは雲泥の差だ。

大岩千未来にしても、今のフェアリージャパンのメンバーたちにしても、ただ所属の中の「期待の星」だったら、そこ止まりになったかもしれない。しかし、そうはさせなかった。日本の新体操界の努力が実ったんだ、とこの日の大岩選手の演技を見ながら思った。

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だから。

きっとみんなこんなに彼女の演技に応援できた。手が痛くなるまで手拍子を送った。

所属が同じわけでもない。出身が同じわけでもない。

それでも、「日本」が育てた選手だから。その選手がこうして世界レベルと思える演技を輝く笑顔で見せてくれていることが嬉しくて、誇らしかったからだ。

藤岡里沙乃は、新体操の世界から飛び立っていった。

みんなはその旅立ちを祝いたくて、喝采を送った。

大岩千未来は、新体操の世界の中で、さらなる高みに昇ろうとしている。

その未来には、まだ難関が多く険しい道ではあるだろうが、それに立ち向かう彼女を励まし勇気づけたくて、みんな喝采を送ったのだ。

心から「この先が楽しみだ」と思える選手が、日本にいるということが誇らしくて、みんなが笑顔で彼女の演技を見守っていた。

2020東京五輪でも、きっと会場は一体となってこうして日本の選手たちを応援するのだろう。

その日はもうそこまで来ている。

<写真提供:清水綾子>