【男子新体操】シルク・ドゥ・ソレイユに旅立つ栗山巧(福岡大学)の「尊すぎて泣ける最後の4本」

個人総合4本、種目別決勝4本の演技を終えてこの笑顔

今年、大学4年生になり、学生としての最後のシーズンを迎えた栗山巧(福岡大学)。

8月25~27日に、北九州市立総合体育館で行われた第71回全日本インカレで彼が見せた4種目×2本(個人総合、種目別決勝)の演技は、素晴らしかった。

いや、素晴らしいという言葉では足りない。

それは、今風に言えば「尊い」と表現するに相応しい演技だった。

まずは、その演技を見てもらいたい。

栗山巧は、佐賀県出身。

3人兄弟の末っ子で、兄たちも男子新体操をやっていた。

兄たちの影響で小学1年生から新体操を始め、小学生~中学生と、神埼育ち。

末っ子らしく、生粋の負けず嫌いだった。

新体操を始めたばかりのころは、他の子ができて自分にできないことがあると、悔しくてできるまで練習し続ける、そんな子どもだったという。

そして、なによりも小さいころから「人に見てもらうのが大好き!」な性格だった。

九州には、男子新体操の強いチームが多いが、なぜか団体志向が強い。

神埼清明もその例にもれず、団体では常に日本一を競うチームだが、高校生の間は個人競技にはあまり力を入れていない。

ジュニアではなおさらだ。

毎年夏に行われる九州小学生大会でも、男子は団体競技のみで個人競技は行われていなかったが、栗山が小学4年生のときに、個人競技も行われることになった。そのとき、神埼のジュニアには5,6年生もいたが、個人競技への出場希望者はいなかった。そこに「僕、出たい!」と威勢よく手を挙げたのが4年生の栗山巧だった。

そして、彼は4年生にして、九州小学生大会初の男子個人チャンピオンになり、そのまま3連覇してしまう。

中学生になってからも、中学3年で全日本ジュニア個人総合2位、神埼清明高校に入ると1年生のときに団体優勝、3年生のときは個人で2位と輝かしい実績を残してきた。

しかし、彼のすごさはその実績だけではない。

「自分はけっこう飽きっぽいんで」

という栗山だが、新体操だけは飽きることがなかったという。

なぜなら、次から次へとやってみたいことが出てくるから、使ってみたい曲が出てくるから。

結果、栗山はかなり頻繁に演技を変える選手で、完成度を上げきれずに試合でミスして負けるということも少なからずあった。

が、それだけに、「見ていて一番面白い演技をする」「1位にはなれなくても一番好きな選手」という人が多かった。

そのくらい、彼の演技はいつも魅力に満ちていた。

そして、その彼が、今大会で見せた4つの作品は、どれもかつてないほどの完成度で、圧倒的な「伝える力」を持っていた。

それは、持ち前の表現力ゆえかと思っていたが、それだけではなかった、と後で知った。

彼は、この大会での計8回の演技で、全身全霊を込めて「さようなら」と「ありがとう」を言っていたのだ。

大会後に話を訊くと、

「今までずっと、日本一になりたい! という思いでやってきたんですが、今回はそれよりも、見ている人に感動してもらえたらいいな、という気持ちが強くて。これまで見てきてもらい、たくさん支えてもらってきたことへの感謝の気持ちも演技で伝えられたら、と思っていました」

と言う。個人総合4位ならば、当然、10月の全日本選手権にも出場するだろうに、と怪訝に思っていると、彼はこう続けた。

「自分にとってはこれが最後の試合でした」

9月からは、大学を休学して、シルク・ドゥ・ソレイユのラスベガス公演にパフォーマーとして参加することが決まっていたのだ。

もとより表現力に長け、観客の心をつかむ演技をする選手だった。

しかし、やはり、今回のあの8演技は、「特別」だったのだ。

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スティックは、以前使っていたピアノ曲がとても気に入っていて、彼には珍しく、なかなか変えなかった。しかし、大学3年になる前に聴いた久石譲の「Asian Dream Song」に、かつてないほどの感動を覚え、これで演技したい! と思ったという。

「羽生結弦選手がFSで使っていたのを聴いて、これだ! と。この曲は何回聴いても飽きないし、毎回感動するんです。この壮大さを演技で表現できたら、と思いました」

高校時代は、団体の厳しい練習後に、すかさず個人を練習しようとしては、中山監督から「個人もすっとか」とよく言われていた。団体でミスすれば、「個人はやらんでいい」と脅かされたりもした。

が、彼はずっと「やっぱり個人が好き」だったという。それでも、高校時代の団体で鍛えたタンブリングの強さは、個人選手としての彼の武器でもある。スティックでは、その滞空時間の長いタンブリングが、この壮大な曲に負けない迫力と、味わいを演技に加えている。

「個人がやりたいのに」と思いながら、団体で培ってきた力は伊達ではないのだ。

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リングは一転して、ニーノ・ロータの「ロミオとジュリエット」。

これも大学3年生のときから使っている曲だが、初めて見たときに「よくもまあこんなロマンチックな曲を!」と驚き、苦笑いしたことを思い出した。

栗山は、「永遠のやんちゃ坊主」という印象の選手で、まさかこんな曲をもってくるとは予想していなかったのだ。が、それも2シーズン目になるとすっかり板につき、本当に彼はロミオなんじゃないか? と思えてくるから不思議だ。

「最初はちょっと照れもありましたが、映画を見たり、ずっと曲を聴いて、その世界に入り込むようにしていきました。」という栗山に、

じゃあ、演技しているときはロミオになっているつもりで?

と訊いてみると、「えっ? ロミオですか~」と笑いながら、「そうですね、ロミオです」と一応同意してくれた。

そして、「リングの色を左右で変えているんです。薄いピンクがジュリエットで黒がロミオです」と教えてくれた。

演技中は、2本のリングはまとめて片手で握ったり、同時に投げたり、ときにはどちらかがどちらかを追うように動かしたりする。

手具も含めて、彼は「ロミオとジュリエット」の世界をフロア上に描き出していたのだ。

昨年まで、前半種目はよくても後半種目でミスが出たり、点が伸びない傾向にあった栗山は、今シーズン、後半種目にはとくに力を入れて練習してきたという。そして、後半2種目はどちらも曲と構成を変え、彼の良さを圧倒的に伝えられる作品を作り上げてきた。

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ロープは、映画「座頭市」のゲタタップの曲だった。2003年の映画だが、この曲は今もまったく色褪せることがない名曲。新体操ではよく使われるが、「座頭市に駄作なし」と言い切れるくらいに素晴らしい演技が過去にもたくさん演じられてきた。が、栗山が演じたこの「座頭市」は、今までに見た数多くの演技の中でも最高レベルだった。

「構成はあまり前と変えていないんですが、曲をこれに変えたら、自分でもビックリするくらい、音に動きがはまるようになって」

と彼自身も言うように、「栗山巧と座頭市」この組み合わせは運命に導かれたもののように感じた。

彼のキャラクター、能力がもっとも引き出されたこの1本は、最初から最後までワクワクさせられるエンターテインメントであり、一緒に体が動いてしまうほど楽しいのだが、なぜか泣けてくる。

おそらく、彼がここまでの演技をするようになるまで、新体操を続けてくれたこと、この作品にたどり着き、それを見せてくれたということに対する感動。だから泣けてしまうのだと思う。

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そして、最後の種目・クラブには、本田美奈子歌唱の「アメイジンググレイス」をもってきた。

この選曲は、本当にズルい。どうやっても感動してしまう。

「この曲を選んだのは、クラブが多分、自分の新体操人生最後の演技になると思っていたからです。最後の大会でしっかり演技をやり切れば、種目別決勝最後の種目であるクラブが自分の最後の演技になる。だったら、自分の新体操人生を振り返るような気持で演じられる曲にしたいと思いました。本来は、神に対する祈りの曲ですが、自分にとっては新体操に対する思いや感謝の気持ち、そういうものを込めて踊ることができました」

この大会で彼が見せた「アメイジンググレイス」は、見ているうちに、彼のこの先の人生に幸あれ、と祈らずにはいられないような、そんな崇高なものだった。

栗山巧は、男子新体操選手としては、非常に恵まれたスペックをもった選手だった。

タンブリングも強く、柔軟性もあり、表現力に長け、手具操作も器用だった。

小さい頃から、きっといろんなことが人よりもできる、それが楽しくてやっているような子だったんじゃないかと想像する。

しかし、できるからこそ、より上を目指すようになったとき、生来の器用さや能力の高さが仇になる時期もある。

コツコツと努力を重ね、ミスをなくす、といったタイプではないだけに、思うような結果には恵まれない時期も少なからずあったように思う。

しかし、大学2年の全日本選手権のときに、直前の公式練習で負傷し、棄権を余儀なくされたことがあった。

あそこを境に彼は変わった。

それまで当たり前のようにできてきたこと、フロアの上で演技し、それを見てもらえることがどんなに貴重なことかと思い知ったのではないかと思う。

そこからの彼の演技には繊細さや丁寧さが加わり、ミスも減ってきた。

そして、その全てが、この大会での演技につながった。

「新体操だけは飽きなかった」と栗山巧は言った。

「はじめは自分の頭の中にぼんやりとあるものが、だんだん形になっていく感じや、なかなかできないことも、やっているうちにできるようになってきて、イメージに近いものができてくる、その仕上げていく過程も楽しいし、それを見てもらったときにみんなが喜んでくれたり、感動したりしてくれるのがまた楽しくて。振り返ればいつも楽しかったです」

「ずっと日本一になりたかった」と言った栗山巧は、結局、優勝はできなかった。

が、間違いなく今大会で「日本一心に残る演技をした選手」になった。

そして、今日(9月3日)。

彼は、佐賀空港から韓国経由でラスベガスへ向かう。

シルク・ドゥ・ソレイユという新しいステージでも、きっと彼はたくさんの「楽しさ」に出会い、表現の幅を広げてくれるだろう。

<写真提供:岡本範和>