【男子新体操】美しすぎる演技で満員の観客のハートをわしづかみにした「井原高校2019」の全貌

基本がしっかりした体操と破格の柔軟性で度肝を抜く演技を見せた井原高校

1週間前、全国高校総体男子団体で優勝した井原高校の演技動画が公開された。

大会本番のものではなく、高校の練習場で撮影されたものだが、演技の全貌をこちらで見ることができる。

「井原史上最高」との呼び声も高い珠玉の演技をぜひ見てほしい。

全国高校総体の約2週間前。

7月20日に、井原高校の練習を取材したときに、印象的だったのが、長田京大監督が体育館の2階から見下ろす位置に椅子を置いて演技のチェック、指導をする姿だった。

「観客席からどう見えるかは重要」と長田監督は言う
「観客席からどう見えるかは重要」と長田監督は言う

本番まであと2週間といえば、ほぼ仕上げの時期だからではあろうが、審判の目線よりも、より観客席に近いところからの見え方を入念に確認し、納得のいくまで修正を重ねるその姿には、「男子新体操部の監督」というよりは、「舞台監督」という趣きがあった。

全国高校総体は、新体操の大会の中でもっとも観客の多い試合だ。

新体操は決してメジャーとは言えないため、男子はおろか女子でさえも、ほとんどの大会の観客席で空席が目立つ。

「こんな豪華な出場者なのに!」と思うような試合でもそうだ。

そんな中、全国高校総体だけは、ほぼ毎年観客席が埋まる。立ち見も出るし、ときには中に入れない人も出る。

今年も、入場が抽選制となり、団体競技の日は抽選にもれて入場できない人がいた。

その超満員の観客を味方につける、長田監督はそれを意識していた。

もちろん、採点するのは審判だ。観客に受ければ高い点数が出るわけではない。それはわかっている。

が、わかったうえでなお、「観客の目」を意識する。それが長田監督の美学だ。

真正面の顔の表情までわかるような審判席から見たときにだけ「最高!」に見えるのではなく、

観客席のそれも後ろのほうからでも、上のほうからでも。

さらには横から見ても、後ろから見ても「いいな~」「美しいな~」と思える作品を彼はいつも追求している。

「どこから見ても美しい新体操」を長田監督は求めている
「どこから見ても美しい新体操」を長田監督は求めている

今大会での井原高校の優勝が決まったあと、普段は男子新体操なんぞ見たことがないという報道陣も長田監督の元に集まっていた。中には、「こんなに感動したのは初めて!」と自らの興奮を熱く語る記者もいた。

彼らは、長田監督がどうやってああいう作品を生み出すのか、を知りたがっていた。

どこからインスピレーションを得るのか?

何をテーマにしているのか?

しかし、長田監督の答えはじつにシンプルだった。

「毎日、練習を見ることになるので、自分が見て美しいなぁと思えるものにしたいと思っています。」

キャプテンの有田海音に、大会後に話を訊いた。

「優勝を目標にするのではなく、自分たちが納得できる演技をしろ、と先生からいつも言われていました。

そして、本番でそれができたので、結果にもつながったと思います。

本番の出来は、今までやってきた中で一番良かった、そのことにとても満足しています。」

演技終了直後、選手たちは達成感で満ち溢れていた
演技終了直後、選手たちは達成感で満ち溢れていた

年に1回の全国高校総体という大舞台で、「今できること」を100%出すのは、かなり難しい。

だから、緊張して練習ほどにはできなかった、80%の出来だった、としてもそれでも勝てるようにする。

昨年、一昨年と連覇していた神埼清明高校や、今年の高校選抜、男子団体選手権と2冠を達成していた青森山田高校の勝ち方は、そのセオリーにのっとっているように見える。だから、彼らの強さには揺るぎないものがある。

対して井原。

勝つときは、有無を言わせぬ勝ち方をするが、危うさも併せ持つ、それが井原だ。

つまり、それだけ井原はいつも「ギリギリ」まで攻めてくる。

有田は言った。「本番が一番よかった」。

練習ではおそらくノーミスはほとんど出ていないのだ。

それが、本番にピタリとすべてが噛み合った。

そして、それだけ「ギリギリ」の演技だからこそ、観客を圧倒するのだ。

毎日2時間半かけるトレーニングでこの柔軟性を獲得してきた
毎日2時間半かけるトレーニングでこの柔軟性を獲得してきた

2019年8月7日の鹿児島アリーナのあの3分間。観客の多くは息をするのも忘れていた。

ただただ、フロア上の6人に目が釘付けになり、感嘆のため息をもらすばかりだった。

あのとき、あの会場中の誰もが、たった6人の選手たちが描き出す世界に飲み込まれていたのだ。

演技が終わったときの、歓声、拍手には、圧倒的なものがあった。

鹿児島開催だったので、地元の人気チーム・鹿児島実業や、九州の雄・神埼清明に対する拍手ももの凄かったが、それでも、井原への拍手が一番凄まじかったように感じた。

点数や順位をつけるのは審判であって、観客ではない。

が、あれだけ観客を熱狂させれば、井原より後に登場したチームに対しては「よほど」のことがなければ、井原より高い点数は出しにくい。

まさに、井原は観客を味方につけたのだ。

それは、常に観客目線で演技を練り上げてきた長田監督の美学の勝利だったと言ってもよいだろう。

もっとも苦労したという肩上倒立の組み技
もっとも苦労したという肩上倒立の組み技

有田に、今年の作品について、見どころや、苦労した点なども訊いてみた。

「今年の作品では、井原の大きくて深い演技、他のチームではやっていない組み技などをとくに見せたいと思っていましたが、見せ場はどこか? と訊かれても1つあげるのは難しい、全部が見どころだと思います。

 一番苦労したのは、中盤での組み技『3人で投げ上げた選手が肩上倒立を超える技』です。そこが練習でもなかなかはまらず苦労しました。井原の特長のひとつは柔軟性だと思いますが、今年は、誰か一人だけではなく全員でできる柔軟のレベルを上げてきました。柔軟を含め毎日のトレーニング(体作り)は、2時間半、鏡を見てチェックしながら徹底してやっています。正規の部活の時間では足りないときは、自主練という形でやっていました。」

次の目標は、10月に行われる全日本選手権になるが、そこでの抱負を訊くと、

「大学生に負けない演技をしたいです。」と力強い一言が返ってきた。

長田京大のことを、「天才」という人がいる。

たしかに稀有なクリエイティビティをもった監督であることは間違いない。

が、その天才的な発想を体現するのはティーンエイジャーの選手たちだ。

遊びたい盛りだろう年頃の選手たちが、自主練までして、なんとか長田監督の望むレベルまで自分を引き上げようと毎日、研鑽している。

ときには、「これくらいやれば十分じゃないか」と言いたくなることもあるだろうが、妥協を許さない長田監督だからこそ、選手たちは心酔し、努力を重ねることができるのだ。

今年のメンバーは、3年生が3人、2年生が1人、1年生が2人だった。

しかし、下には全日本ジュニアで活躍してきた強い1年生がまだまだ控えている。

「過去最高」を今大会で更新したかのような井原だが、まだまだ更新の余地はあるようだ。

この先、全日本選手権、そして来年の高校選抜、高校総体も。

井原はどこまで進化してくれるのか、楽しみは尽きない。

※高校総体本番での演技が見たい! という方は、こちらの申込書でブルーレイの注文を! 9月15日締め切りとなっているのでお忘れなく。

<写真提供:清水綾子> ※練習風景のみ筆者撮影